初めての経験は甘酸っぱい!?
もう一度中に入って、巨大窓女を倒す。
あるいは窓女は無視してもいい。
ボスを倒せばダンジョンを出られる。
そう考えて、俺はダンジョンへ入ろうとする。
そのとき、冷蔵庫からリンが吐き出されてきた。
「――ああっ!」
俺はリンを抱きとめて、床に倒れないよう支える。
リンはがくがくと体を震わせて、床にへたり込む。
「あ……あああっ!」
リンはいやいやと首を振り、悲痛な叫び声を上げる。
「落ち着け、リン! もう大丈夫だ!」
そうは言っても、すぐに落ち着けるものじゃない。
リンが死ぬのは今回が初めてか……。
取り乱すのも無理はない。
刺激臭が鼻をつく。
リンのひざ元に温かい液体が広がって湯気を上げている。
よほど怖かったんだろう……無理はない。
俺だって最初の死では吐きそうになったし、逃げ出そうかとも考えたくらいだ。
死ぬってのは、軽いもんじゃない。
「あああぁ……ゼンジさんが死んじゃったあぁ……トウコちゃんも……!」
「おいリン! 俺は生きてる。復活してる!」
トウコはまだ出てこない。
……遅い。まだ無事なのか?
リンはうつろな表情でぶつぶつと呟いている。
「はあっはあっ……わ、私がなんとかしなきゃ……」
「リン……おい、リン?」
リンの目線は定まっていない。
目の前の俺すら見えていない。
「も、燃やさなきゃ……!」
ここはダンジョンの外だぞ!?
はやく正気に戻ってくれ!
「ちょ……リン! 目を覚ませ!」
俺はリンの肩を両手で揺さぶる。
だが……リンの手の中に炎が立ちのぼる。
「ふぁ……ファイアボール!」
「おおいっ!?」
しかし、リンの手から火球は放たれなかった。
――不発だ。
放たれなかった火球がはじけて、リンの腕が燃え上がる。
――暴発!?
「ああっ! きゃああぁ!」
リンが頭を抱えてうずくまる。
キッチンに炎が燃えうつる。
カーテンに着火してめらめらと燃え始める。
まずい! 家が火事になっちまう!
「はあっはあっ……うう」
まずは火を消すか!?
リンを落ち着かせる?
だが、リンはかなりマズイ状態だ!
リンの体が燃え上がり、床がくすぶりはじめる。
火を消す余裕はないし、消してもだめだ!
リンを中心に火の勢いが強くなっている!
「リン! おい……リン! ……くそっ!」
声をかけてもリンには届いていない。
正気に戻るには時間がかかりそうだ。
しかたがない!
俺はリンを抱きかかえると、冷蔵庫ダンジョンへと飛び込んだ。
暗転。
俺とリンはエントランスホールにいる。
俺の服は少し炎にあぶられて煙が立っている。
リンは【火耐性】のせいか外傷はない。
だが――
「ひっ!?」
「だ、大丈夫だ! リン! 俺を見ろ!」
リンはまだ正常な状態とは言えない。
極度の恐怖による錯乱状態だ。
ちょっと怖がりすぎだとも言えるが、これが普通だとも思う。
戦ったり死んだりすることが異常なんだ。
リンは普通の女子大生なんだ。
生まれついての戦士でもなければ、超人でもない。
普通の現代人なんだ。
平然とバケモノと戦うことなんてできない。
それは俺だって同じ。
落ち着いていられるのは生来の気質と、慣れのおかげだ。
だんだん慣れていくしかない。
俺はリンを強く抱きしめる。
「落ち着け……リン……落ち着け」
「えっ、あ……ゼンジさん?」
焦る気持ちを抑えて、やさしい言葉を心がける。
「そうだ。俺だ。もう大丈夫だよ」
「は、はい。ご、ごめんなさい。……私、死んだんですか?」
リンは自分の体を見下ろしている。
ケガはない。火傷はしていない。
服は汚れてはいるが、リンは気にしていないようだ。
「ああ。もう復活したから大丈夫だ」
「はい……」
俺は軽い火傷をしているが、ちょっと見ただけではわからない程度だ。
薬草で治る程度なので問題ない。
リンが気にするといけないので、俺は火傷が見えないように隠す。
「落ち着いたらトウコを探すぞ。まだ死んでいないはずだ」
なにかを叩きつけるような大きな音。
振動で建物がきしむ。
二階から銃声が響く。
「あっ! トウコちゃんの銃声じゃないですか!?」
「そうだな! 戦闘が続いているってことは、トウコはまだ生きている!」
自律分身も健在!
意識が戻ってこないから、まだ生存しているはずだ。
俺たちは階段を駆け上がり、寝室を目指した。
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