事実は小説より奇なり! 現実はファンタジーより幻想なり!
四階層から三階層への階段を下る前に、一つやる事がある。
「この水晶……取れないかな?」
壁から露出している輝く水晶に近づいて観察する。
内側から柔らかい光を放って、周囲を照らしている。
触っても熱はない。
鉄鉱石がアイテムとしてあったんだ。
この水晶も持って帰れるかもしれない。
隠密中は敵にバレてしまうので、持ち歩くつもりはない。
何に使うかと言えば、拠点のライトアップだ。
【暗視】は目が疲れるので、拠点くらいは明るくしておきたい。
一階層は【暗視】なしでも過ごせるけど、薄暗いんだよね。
ナタでこじってみても、水晶は壁から取れない。
なら、割ってみるか?
強めにナタを打ち付ける。
かたい手ごたえ。
きいいいん、と高音が洞窟に響く。
柔らかい光を放っていた水晶が震えて、光が強まる。
――水晶は強い光を放ち、粉々に砕け散ってしまう。
「うおっ! まぶしっ!」
カメラのフラッシュを直視したときのように、一瞬視界が白飛びする。
水晶は砕けて、塵となってしまった……。
まあ、そうなる気はしていた。
たぶん、このダンジョンでは採集のようなことはできないんだ。
一階層にある発光植物やキノコも、むしり取ると塵になってしまう。
しばらくするとまた生えてくる。
水晶も生えてくる……のか?
たくさんあるうちの一つなので、生えなくてもいいけど……取り返しのつかない要素だったらいやだなという感じ。
観光地にしたいくらいキレイな景観だからな。
他の階層みたいに薄暗くなってはつまらない。
「……しかし、壊すと強く光る性質は使えそうだな」
自分は光を見ないようにして、モンスターの視界を奪うとかね。
持ち出せなくても、そこにある状態で使うことはできる。
さて、今の光や音でモンスターが集まってくる前に帰ろう!
四階層から無事に撤退した。
三階層も交戦を避けて、来た時と同じルートで帰る。
行きに倒してあるので敵には出会わずにすんだ。
拠点へ帰りついた俺は、装備を外して一息ついた。
宝箱の中身は鉄鉱石だった。
今は腰袋の中だ。朝の用事が済んだらじっくり調べよう。
「宝箱から出た割にはイマイチ地味だけど……いい傾向だ!」
このダンジョンは魔石しか手に入らないのかと思っていた。
輝く水晶も持ち運ぶことはできなかった。
魔石を集めてモノリスで交換する以外のアイテムの入手方法があるというのは朗報だ。
宝箱は探せばもっとあるかもしれない。
たとえば、マップを埋め終えていない三階の中央と右手側のルート。
左側の壁沿いしか探索していない。
一階層と二階層はくまなく捜索してマップは埋めてある。
二階層にモノリスがあった以外、なにもなかった。
今度、三階層を探索してみよう。
鉄鉱石も地味とはいえ、使い道はある。
鉄鉱石はおそらくクラフトの素材にするものだろう。
【忍具作成】で使えるはずだ。
クラフトする場合に、ダンジョンから手に入れた素材を使えば違いがあるかもしれない。
普通の金属と、ファンタジーの金属による違いだ。
この石も勝手に鉄鉱石と呼んでいるだけで、未知の鉱物かもしれない。
銀鉱石なのかミスリルなのか、アダマンタイトなのかも見分けはつかない。
俺は鉱物に詳しいわけじゃないからな。
ゲームでよく見る鉄鉱石っぽいと思っただけだ。
ネットで調べてみよう。
アパートの部屋へ戻って時計を見る。朝七時。
間に合っている。
風呂に入って身支度を整えて、清潔感はクリア!
続いて料理の仕上げだ。
仕込みは終わっているので、盛り付けるだけ。
昨日サンドイッチをいれてもらった弁当箱は、もちろん洗ってある。
そこに卵料理を詰めてお返しする。
味玉の盛り付けのテーマは鳥の巣。
千切りにしたキャベツとニンジンで、三個の味玉を丸く囲う。
小枝を集めた鳥の巣のように見えなくもない。
ポン酢、焼き肉のたれ、塩味の三種類だ。
塩味だけは白色で、他は茶色に染まっている。
色は少しまだらだけど、味は問題ない。
長方形の弁当箱の空いたスペースには玉子焼きを入れる。
今は亡き玉子焼き用フライパンの最後の作品だ。
よし、完成!
まだ少し時間に余裕があるから、コーヒーを淹れておく。
手間をかけて淹れたコーヒーはうまい。
小さめの水筒に入れて、これも弁当と一緒に渡そう。
好みがわからないからブラックのままで。
そろそろ八時になる――
――ぴんぽーん。
時計の針が八時になったと同時にチャイムが鳴る。
約束の時間ぴったりすぎる!
もしや、ギリギリまでドアの前で待機してたのか……?
俺は深呼吸をしてゆっくりとドアを開ける。
ドアは外開きだから勢いよくあけると危ない。
「おはよう。オトナシさん」
「お、おはようございます。クロウさん!」
そこには、両手に鍋を持ったオトナシさんが居た。
戸口で、少し寒そうにしている。
今は冬で、朝はひえこんでいる。
オトナシさんの吐く息が朝日を浴びて白く輝く。
いつもと違って、今日は長い黒髪を後ろにまとめている。
料理をしていたからかな?
どんな髪型でも似合うなあ……。
オトナシさんの持っている鍋からは蒸気が立っていて、できたて熱々のようだ。
俺も両手に弁当箱と水筒を持っているので、受け取りにちょっとまごつく。
「あ、できたてで熱いので良ければ運びましょうか?」
「じゃあお願いします。そこの……キッチンに置いてください」
空のキッチンのコンロに、鍋を置いてくれる。
「毎回、鍋ごとですみません。ちょうどいい入れ物がなくて……」
「あ、それで鍋ごとなんですね。もしかして自分の分、食べてなかったりしませんよね?」
……オトナシさんはちょっと天然ボケ気味のところがあるから、自分の分まで渡しちゃったりしてそう。
「ちゃんと味見はして、食べる分はよそってあります。自分の分は少しでいいので、どうせならクロウさんにいっぱい食べてもらいたくて……もしかして多すぎます?」
心配になったのか、少し潤んだ上目遣いでこちらを見つめてくる。
もちろん、多くても大歓迎だ。
「一食で食べるには多いけど、残った分は次の食事で美味しく頂いてますよ!」
「よかった。調子に乗って作りすぎて迷惑だったらどうしようかと……」
オトナシさんはほっと胸をなでおろす。
おっと、視線気をつけろ俺!
「ぜんぜん……めいわくだなんて! なんなら三食でも食べられますよ!」
「それは……うれしいけど、分量、考えておきますね」
そういえば、鍋の分量は二人で食べても充分ありそうだ。
なんだったら、部屋にあがったついでにこのまま食べていけばいいのにと思う。
でも、そんな誘いは……踏み込み過ぎだ。
一緒に部屋でご飯食べるとか……。
とても正気では誘えないよな。
「あ、オトナシさん、朝飯まだですよね? よかったら、一緒に食べませんか?」
ぐあ、口が勝手に!
正気じゃないのか俺!?
「えっ?」
ほら、オトナシさんも困っ――
「はいぜひ!」
――困ってない!
驚いたリアクションを早口ですかさず打ち消してきた!
むしろ喜んでいる!?
「じゃ、じゃあ、むさくるしいところですが……」
「おじゃまします!」
なぜか、一緒に朝ごはんを共にする運びになった。
誤字報告助かります!




