チラ見……。ちょっとだけ! ちょっとだけだから!?
もうちょっとだけの誘惑。
壁を使おう。
三次元に動ける利点を生かしての奇襲だ。
足場の悪さも関係ない。
壁を登って、ゴブリンの視界の外に張り付く。
上方を確認して、コウモリが乱入してこないかを確認する。
見える範囲にはいない。ヨシ!
「ギギっ!」
「アギアギ……」
ゴブリン達は不気味な鳴き声を発しながら、無警戒に通り過ぎる。
縦に並んで一列で歩いている。
足場は狭く、かろうじてすれ違える程度だ。
数は四匹。腰布を巻いたゴブリンだ。……腰ミノはいない。
手にはナイフやナタをぶら下げている。棍棒もいる。
見た目は三階層と変わりない。装備品も大差ない。
数が多いだけだ。
いけるだろう。
まずは初手で数を減らす!
壁から手を放し、自由落下の勢いを乗せたナタを振り下ろす。
最後尾のゴブリンの頭部を強打し、ゴブリンが塵となる。
着地の音も立てない。
空中に生まれた魔石を回収する。
続けて、背中を向けている二匹目のゴブリンの肩口へナタを打ち込む。
ゴブリンの肩と首の間にめり込んだナタは、肉を切り、骨を砕く。
しかし鈍いナタの切れ味では絶命には至らない。
「グッ!」
ゴブリンの発した苦悶の声に、前を行くゴブリンが振り返る。
「ギァ! ギギヤア!」
「アギャアア!」
こちらに向けて威嚇の声を上げるゴブリン。
ナタをひねり上げながら、ゴブリンの背を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたゴブリンは、後続のゴブリンにぶつかると、絶命して塵となって消える。
「ふっ!」
俺はその隙に、大きく踏み込む。
バランスを崩しているゴブリンにナタを叩きつける。
ゴブリンはこれに反応できない。
頭部に裂傷を負って倒れる。
その間に体勢を立て直したゴブリンが、棍棒を振るう。
苦し紛れに繰り出したような攻撃で、大ぶりだ。
避けるのはたやすい。
かわしながらゴブリンの喉を切り裂く。
血が噴き出し、のどを押さえたゴブリンはそのまま崩れ落ちる。
「よし、制圧!」
死に体のゴブリンにとどめを刺して、魔石を回収する。
数が増えた分、ちょっと手間はある。
それでもやっぱりゴブリンには楽勝だ。
「やっぱり、狭いと戦いにくいな」
左を壁に進んだ状態からゴブリンの背後に回り込んだので、今は壁が右だ。
そうすると壁が邪魔になって狙える位置が限定される。
位置取りが重要になってくる。
【壁走りの術】で壁に張り付く力は、武器を振るうには心もとない。
走りながら攻撃はできても、壁に直立して攻撃するような使い方はできない。
すれ違いざまに一撃がせいぜいだな。
「とりあえず、様子見はこんなもんで帰るかな……。ん?」
岩陰から出たことで視界がひらけた。
遠くにコウモリが飛んでいる。
やっぱり、この階層にも居たか……。
俺が注目したのはその下、崖に突き出すようになっている場所だ。
箱のようなものが見える。
あれは……宝箱か!?
「魔石しかないと思っていたが……宝箱があるのか!」
本来は様子見のつもりだったが……。
あれは欲しい!
時間的には……間に合う。
余裕を持って帰る予定だったから、ちょっと余裕が減るだけだ。
壁に身を寄せて、距離を詰める。
少しでも探知を遅らせるためだ。
箱が置かれているのは、地底湖側に張り出した足場の上だ。
足場の広さはゴブリンと戦ったあたりより広く、大人が十分にすれ違えるほど。
しかし、箱は湖に突き出した位置にある。
視界が開けていて隠れる場所がない。
飛んでいるコウモリは数匹だが、見つかれば仲間を呼ぶだろう。
狭い足場で戦うのは避けたい。
普通にいけば、簡単に見つかってしまうだろう。
……まあ、普通には行かないわけだが。
「分身の術!」
おとりとして、コウモリから発見されやすい位置に分身を出現させる。
分身を出せる距離は数歩先までだが、出現させてしまえば、かなり離れることができる。
しかし、持続時間は一分ほどなので遠くへ行かせることはできない。
操作の精度も落ちる。
少しの間コウモリの気を引いてくれればそれでいい。
目立つように手に持ったバットを大きく振りながら、壁沿いを走らせる。
その隙に、宝箱を確認して来た道を戻るというプランだ。
「キッ!」
コウモリの一匹が分身を発見し、警告のような声を上げる。
集まってきたコウモリが分身を追う。
分身に全力で走るように指示して、俺は宝箱へと走る。
近くで見れば、やはり宝箱だ。
素材はおそらく木で、四角い。上部のフタが開くタイプ。
鍵穴や南京錠のようなものは見えない。
「罠があったらいやだな……」
足場は普通の岩で、崩れそうな亀裂などはなさそうだ。
爆発したり、何か飛び出してくるとか?
箱はシンプルな作りで、仕掛けはなさそうに見える。
……あまり考えていると分身がもたない。
バットの先端でつついてみるが、宝箱は反応しない。
叩けば箱は開くのかもしれないが、中身が壊れると困る。
「迷っていてもしかたない! オープン!」
宝箱の側面から、ふたを開ける。
正面に立たないのは気休め程度の安全策だ。
――罠はないようだ。
ふう。心配し過ぎたかな?
宝箱は無事に開いた。何事も起こらない。
箱を覗き込み、中身を確認する。
「中身は……石? いや、鉄鉱石か?」
中身はコブシ大の鉱石だ。
黒っぽい石に、銀色……鉄色に輝く部分がある。
手に取るとずっしりと重い。
「調べるのはあと! のんびりしている場合じゃないな!」
走らせた分身が倒され、霧散する。
コウモリ達が、次の獲物を探すように飛び回る。
コウモリがこちらに気づく前に撤退しなければ!
「分身の術! レベル2!」
この場に分身の術を出しておく。
省エネのためにレベル2だ。
移動させる必要はないから、レベル3で出さなくていい。
持続時間も短くなるが、少し時間を稼いでくれれば充分!
さらに、チャフ玉とクス玉を投げておく。
空中高く投げ上げた玉を棒手裏剣で打ち抜く。
色とりどりのチラシ紙と、キラキラと光を反射するアルミホイル片が宙を舞う。
「おお、なかなかおめでたい! 初宝箱記念だな!」
コウモリのエコーロケーションを多少でもかく乱できれば御の字。
雨の日のコウモリは自由に動けないらしいので、一定の効果はあるはずだ。
効果を発揮したらしく、コウモリ達の動きがぎこちなくなる。
じっくり観察している場合ではないので、さっさと来た道を戻る。
追手はなく、無事に登り階段へたどり着いた。
あとは帰るだけだ!
鉄鉱石はなんぼあってもいいですからね!




