人手不足の解消と認識阻害者の苦難!
トウコは人手不足の店のために人材を求めた。
御庭は認識阻害を受けた人を紹介してくれると言う。
お互いメリットがある話だ。
俺は考えても答えの出せなかった問題について、御庭に聞いてみた。
「なあ御庭。記憶を失った場合、どの程度影響を受けるんだ? 消えた記憶を思い出そうとしたときはどうなる?」
認識阻害で記憶を失うのは、なにもパージが起きた場合だけじゃない。
異能やダンジョンについて知った場合にも、記憶を消されてしまう。
たとえばシモダさんはリンのストーカーによってダンジョンやスキルについて知ってしまった。
そしてストーカーの存在やダンジョンのことを忘れた。
ストーカーはシモダさんにとって他人だ。
ダンジョンやスキルのこともムリに思い出そうとすることはないだろう。
だから、今もこれまでと変わらずに生活できている。
いわば、軽度の症状である。
数分程度の記憶を失って、その整合性を合わせるように記憶が改ざんされただけ。
御庭が答える。
「影響は人による部分が大きいんだけどね。多くの場合、思い出すこと自体が阻害される。失った記憶が重要でない場合はそうなりやすい」
シモダさんはこのパターンだ。
「じゃあ重要な記憶……家とか家族だとどうなる?」
「思い出そうとすると激しい頭痛などの症状が現れる。さらに続けると、関連する記憶を奪われることになる」
リンが愕然としたように言う。
「それって……! もし大事な人のことを忘れたら、思い出そうとしますよね? そうしたら、もっとたくさん奪われちゃうってことなんですか!?」
「それが隠蔽の恐ろしさなんだよ、リン君。思いが強ければ思い出せるとか、そういうものではないんだ。容赦なく消される。世界はこれからもなにごともなく、ダンジョンなんてなかったみたいに続いていくんだ!」
御庭は悔し気に、吐き捨てるように言う。
「そんな……!」
そう言うと、リンは首を振って考え込んでしまう。
これは、思ったよりもひどい。どうしようもない。
……たとえば、会社で働いているとき、自分の家が切り離されたとする。
仕事が終わればいつも通り、どこかへ帰ろうとするだろう。
パージされた場所以外の記憶は残っている。
毎日の通勤ルートまで忘れるわけじゃない。
駅からの家路。毎日通った曲がり角。よく使うコンビニ。
そういうものは覚えている。
そうして、パージされた領域、家があった場所に近づいていく。
でも、家はもうない。
その場所は空間ごと詰められてしまっている。
切り離された土地や空間がどう繋がるのかはわからない。
おそらくは、周囲の土地や道がうまく接続されるんだろう。
歩いていくと道は家を越えて向こう側へ繋がってしまう。
まるでよそ見をしていて、気づいたら目的地を通り過ぎていたかのように……。
そして引き返す。
だけど家はない。また通り過ぎる。
いつまでも目的地にたどり着けない。まるで迷子になったかのように。
何度かそれを繰り返して、なんとか思い出そうとするだろう。
帰るべきどこか、失われた家や家族のことを必死に考える。
見覚えのある道とそうでない場所。行ったり来たりして、考える。
――あの角を曲がれば……どこかへたどり着けるはずだ!
すると頭痛が起きて……今度はさっきまで覚えていた道すら忘れるんだ。
消されていない記憶を頼りに思い出そうとすると……今度はその記憶も消される。
辿ろうとする繋がりすら連鎖的に消されていってしまう。
――あれ? あの角って、どこだったっけ?
――なんでこんなところを歩いてたんだっけ?
そんなことを繰り返したら、どんどん記憶は失われてしまうじゃないか!
疑問に思うことがなくなるまでずっと失われ続ける……。
もちろん、地図や書類や契約関係も不備が生じる。
でも、それらに気づいて疑問に思えば、またその記憶は消される。
じゃあ、人が消えた場合は!?
ある日、家族や同僚、友人が消える。
親が子を、夫が妻を思い出すことすらできなくなる……。
改めて考えてみても、理不尽だ。
俺は思わずうなるような声を上げる。
「どう考えても、どうしようもないな……」
「だから、僕らはダンジョンを潰す。それしかないんだ。隠蔽が起こって認識阻害者が出てきたら保護する。なるべく正常な環境に置いて、新しい生活を始めてもらうしかない。悲しいけど、すべてを忘れて別の暮らしをするしかないんだ」
トウコが机をたたいて立ち上がる。
「そんなのひどすぎるっス! 居なくてもいい人なんていないっス!」
リンは決然と言う。
「大事な人を忘れさせることなんて、させません……!」
御庭が言う。
「だから、君たちがいる。僕らがそれを阻止する。困った人たちを助けるんだよ!」
俺も同意する。
「そうだ。それが俺が公儀隠密で働く理由でもある! 俺たちで少しでも、被害を防ぐんだ!」
世界を救うんじゃない。
ダンジョンから人々を救い、世界の隠蔽からも人々を守る。
「よくわかったっス!」
「私たちも……できる限りのことをしましょう!」
リンとトウコにも充分に理解が広がった。
公儀隠密で働くのは、条件や希望を聞いてもらえて俺たちにとって都合がいい。
それに賃金だって悪くない。
だけど、金のために戦うわけじゃないんだ!




