それドロップやない、魔石や!
「――トウコ、なに食ってるんだ!?」
トウコは大鬼の魔石を口に放り込むと、もぐもぐと口を動かす。
止める間もない。
「うまっ! なんスかコレ!? 口の中でとろけるみたいっス!」
「トウコちゃん……!? いま食べたの、魔石だよね? だ、大丈夫なの!?」
リンはトウコの肩をつかんで揺さぶる。
トウコはよくわかってない顔だ。
「うえぇ? なんかおいしそうな匂いがして……」
「ちょっと口開けろ!」
俺はトウコのアゴを掴んで口を開けさせる。
……口の中に魔石はない。かけら一つも残っていない。
もう飲み込んでしまったのか!?
「ちょ、店長!? 急にどうしたんスか? アゴクイっ!?」
トウコはけろりとしている。
腹を壊したり、体調が悪くなったりはしていないようだ。
「急にどうしたはお前だ! ……なんともないのか?」
「え? ……ちょっとドキドキするっス! 性的な意味で!」
トウコは目をそらして顔を赤らめた。
アゴクイじゃねーわ! 性的でもねーわ!
うーん。いつも通りのトウコだ。
いつも通り、おかしいだけだ!
先を歩いていた御庭が振り向いてこちらへやってくる。
怪訝な顔だ。
「クロウ君、どうしたんだい? トウコ君がどうかしたのかな?」
「いや……」
魔石を食った――なんて、言っていいのか?
正常な行動ではない。
当たり前だが、俺は魔石を見ておいしそうだとは感じない。
アメ玉のようだが、食べられそうもない。
トウコにはこれがおいしそうに見えた……!?
リンはあたふたと慌てながら言う。
「たいへんなんです! トウコちゃんが魔石を食べちゃって……! だ、大丈夫でしょうか!?」
「……え? 魔石を食べたって? な、なんでそんなことを?」
言っちゃったー!?
御庭からはいつもの余裕が消えている。さすがに驚いたようだ。
俺も驚いた!
せっかくハプニングなしで終わると思ったのに、なにしてんだ!?
「なあ御庭。魔石って食えるものか?」
御庭は顎に手を当てて思案顔になる。
「無理だろう。……いや、僕が知る限り食べた人がいないってだけだけど……。トウコ君、どうなんだい?」
「どうって……おいしかったっス!」
トウコは口の端をゆるめる。よだれをすする。
「味の感想じゃないわ! なんか、変わったことあるか?」
「えーと……あれっ! その……レベルが上がったっス!」
「え? 今か?」
トウコの様子は……なにかを隠しているな。
とはいえ、今は御庭がいる。
隠したままでいい。
レベルのことだけ触れておこう。
上がったのは、ボスを倒したからってことか?
俺は上がらなかったな。
「ちょっと前! 店長がアゴクイしてクチビルを奪おうとしたときっス!」
「してねえよ!?」
てことは、魔石を食べたときということだ。
それによりレベルが上がった?
【捕食】の効果か!?
「……!」
リンが思いついたように、なにかを探し始める。
……なにしてんの?
魔石か?
魔石を食べようとしているのか!?
そんなことしても、唇を奪ったりしないし……。
そんなことしなくても……!
「トウコ君、魔石を食べて経験値を得たのかな? 他に身体に変化は?」
「変化……? えーと……な、なんもないっス!」
トウコの目が泳ぐ。
うっわ、なんかあるわ! あからさまになんかあるわ!
ごまかせ! ボロが出る前に!
なにか言わなければ……!
「へ、へえー。魔石をかじると経験値がもらえるのか!」
そう言うと俺はとっさに、魔石を口に入れて、かじる。
ガリッとした歯ごたえ。口の中で魔石が砕け散る。
その瞬間、口の中に苦みとエグみが広がった!
「うっ……げほっ!?」
「ぜ、ゼンジさん!? 口の中からなにか……これは塵ですか!?」
味と言うか……感覚……?
苦しい! なんだこれは……!?
むせてしまって呼吸が……!
リンが俺の顔を両手ではさみ込む。
そして顔を近づけ――俺の口をこじ開けて――ふっーっと息を吹き込んだ。
塵が吹き散らされて、口の中から消えた。
「な、なんだ!? あ……楽になった!」
「よ、よかったです!」
リンはまだ俺の頬に手を当てて、じっと俺を見つめている。
「あー。ありがとうリン。助かったよ!」
俺は両手を取って、感謝の言葉を口にする。
変な雰囲気になってる場合じゃない!
「クロウ君!? なにをしてるんだ、君は……。いや、君たちは……」
御庭はあきれ顔で俺を見ている。
なにしてるんでしょうね……!?
俺にも分からない! 忍べていない!
リンがあわてて釈明する。
「口からなにか、あふれて苦しそうだったので……とっさに!」
「いや、リン君の行動はとがめていないよ。驚きはしたけど……」
御庭が調子を乱しているのを見るのはちょっと面白い。
いや、面白がっている場合じゃないか。
ナギさんの冷たい目線が痛いぞ。
これは引いてる……! アホだと思われてる……。
トウコは半笑いだ。
「ははっ店長! なにやってんスかー? 口からチリ吹いてたっス!」
「お前……」
面白がってる場合か!
なにって、お前の異常さをごまかそうとしたんだよ!
我ながら無茶したわ!
当たり前だが、魔石は食えない。
塵を吸い込むのは、体によくなさそうだ。
御庭はじっとこちらを見ていたが、首を振って出口へ向かった。
追及しないでくれるようだ。




