刺激的で生温かい経験!? 見なければよかったかも……?
自律分身の記憶が再生される――
前半は飛ばして、ボス戦に意識を合わせる。
顎をナタでカチ割られながらも料理人ゾンビは絶叫する。
――咆哮だ!
「――ウゴオァァァァァ!」
二発の銃声。
トウコが両耳から血を流して、ふらついている。
本体が耳を塞ぎ、分身の壁に隠れてこちらを見ている。
リンは目を閉じたまま、俺の指示を待っている。
無防備だ。
俺はとっさにリンの両耳を塞ぐ。
「えっ――!?」
俺よりもリンだ!
すでに限界。これ以上は耐えられないだろう!
俺は歯を食いしばって、咆哮に備える。
気を強く持てば……!
「――ォォォォォォァァァ!」
恐怖が俺を襲う。
「ううっ!」
――そしてリンも。
耳を塞いだくらいじゃ、防げない!
「ひぎっ!?」
リンがびくりとのけぞる。
俺たちはそろって床にへたり込む。
「イィィィィトォッ!」
料理人が大包丁を振りかぶってこちらに投げようとしているのが見えた。
だが俺は……動けない。
リンがいやいやと頭を振って嗚咽を漏らす。
「あ……あぁ……いやぁ……」
ちょろちょろと流れてきた生温かい液体が俺に触れた。
……湯気が立ち、少しの刺激臭。
リンはがくがく震えながら失禁している。
……え?
心の中で二つの感情がせめぎあう。
そして困惑が恐怖を塗りつぶした。
俺は恐怖の呪縛を逃れて立ち上がった。
料理人が投げた肉切り包丁が風を切って迫る。
トンファーを握って、両腕を上げる。
ボクシングのガードのようにしっかりと構えた。
鈍く鋭い金属音。
目の前で火花が飛び散る。
「うぐおっ!」
トンファーがひしゃげ、意思に反して手を離れる。
両腕がしびれたように痛む。
強烈な衝撃に耐えきれず、俺は吹き飛ばされた。
料理人がこちらへ向かってくる。
転がっていた肉切り包丁を拾い上げ、振り上げる。
俺は立ち上がろうとして――腕に痛みを覚えてバランスを崩す。
くそ……折れたか!?
とっさにポーション手拭いを取り出そうとし――
……いや、俺はスキルを使えない!
ダメだ、やられる!
そして銃声が響く。トウコだ!
「――うららあっ!」
料理人が不快そうな表情を浮かべ、トウコのほうを向く。
そして突進していく。
「グアォォ!」
トウコと料理人が戦い始める。
リンは呆然とした様子でぶつぶつと呟いている。
俺はなんとか身を起こし、リンの前に回る。
「リン! 大丈夫か!?」
「ああ……あ……」
覗き込んだ目は見開かれている。
まるで俺が見えていないようだ。
恐怖に呑まれている!
瞳は焦点が定まらずにゆらゆらと揺れている。
目の端にたまった涙があふれて頬を伝う。
口が開いて、よだれが滴る。
「リン! 気を強く持て! 戦え!」
「あ……はは……そう、です。戦えば……消しちゃえばいいんだ……!」
リンの口の端がつり上がる。
笑っているのか?
「リン?」
「そうだわ……燃やしちゃえば……」
リンはぶつぶつと呟いている。
――壁に叩きつけられたトウコが起き上がる。
そこへ料理人が突進していく。
俺は警告の声をあげる。
「――おい、避けろ!」
本体が槍を突き出して突進を受ける。
トウコがショットガンで料理人の腕を吹き飛ばす。
それでも料理人は倒れない。
本体とトウコが危ない!
リンがふらふらと立ち上がる。
そして手をつきだす。
「ふふ……あはは……! 消えちゃえ……!」
「グォァァァ!?」
料理人が燃え上がる。
リンは更に火勢を強める。
「――全部燃えちゃえー!」
「グ……ァ……」
「リン! もう充分だ!」
「あはは……」
俺の呼びかけにリンが首だけで振り向く。
満面の笑み。もう恐怖はどこにもない。
「リン、聞こえるか!? 火を消せ!」
「あっ……は、はい!」
リンが手を振るとすぐに火は消えた。
料理人はとっくに燃え尽きている。
「大丈夫か……?」
「はい! もう大丈夫ですよ! 悪いゴブリンさんは燃やしちゃいましたー!」
まるでゴブリン――なんでもないザコ敵を倒したようなさっぱりした口調。
さっきまでと違って、リンは目を開いていた。
しっかりと料理人ゾンビを見ながら、ゴブリンとして扱っている……?
自分で暗示を……フィルターをかけたのか。
都合の悪いこと、怖いことをスルーしたんだな。
俺は平静を装って笑いかける。
「……ああ、そうだな。もう安全だ。よくやったぞ!」
「はいっ!」
リンは明るく答える。
――意識の再生が終わる。
「おおっ!?」
おもらし……だと!?
たしかに、刺激的な記憶だった!




