VSボス戦! イメージトレーニングと固定砲台!?
部屋の外からの先制攻撃作戦は失敗に終わった。
食堂の奥、厨房から恐ろしい声が響く。
ボス――料理人ゾンビだ!
「――グォォォ!」
迫力ある怒号に空気がびりびりと震える。
「ひっ……!」
リンはびくりと肩を震わせると、後ずさる。
俺はリンの肩に手を置く。
「落ち着け! 落ち着いて集中するんだ!」
「はあっ……はあっ……ひゅー」
リンは胸元を押さえて呼吸を整えようとする。
過呼吸のように、うまく息が吸えていない。
料理人ゾンビが厨房に続く扉から食堂へと現れた。
その手には巨大な肉切り包丁が握られ、脂ぎった刀身には血肉がこびりついている。
逆の手には大きな皿。
その上には得体のしれない肉が乗っている。
こちらに血走った目を向けると、にたりと笑った。
「イィィィィトォォォ!」
料理人は手にした皿をこちらへ投げつける。
「きゃぁぁ!」
リンは目をつぶって座り込む。
自律分身がリンをかばうようにトンファーを構える。
トウコが動く。
「うらっ!」
拳銃を発射。空中で皿を撃ち落とす。
皿が砕けて中身が宙を舞う。
目にも止まらぬ早撃ち! 神業か!
トウコが前へ出る。
拳銃を構えて不敵に笑う。
「リン姉……大丈夫。今度はあたしが守るっス!」
そして食堂へと飛び込んでいく。
判断が早い!
拳銃を連射。狙いは正確だ。
しかし料理人は巨大な肉切り包丁を体の前に掲げて防御する。
金属が銃弾をはじく音が響く。
俺も呆けている場合じゃない!
予定とは違うが、このままやるしかない!
俺も続いて食堂へ踏み出していく。
「あ……ああ」
リンはおびえて動けずにいる。
自律分身がリンに言う。
「リン! 大丈夫だ! 落ち着いて目を閉じるんだ。そして想像しろ! ――ここは俺のダンジョンだ」
「えっ!? ゼンジさんのダンジョン? ……は、はい!」
リンは戸惑いながらも目を閉じる。
「目の前にいるのはゴブリンだ。いいね? いつも通り指示する!」
「は、はい! あれはゴブリンさん……」
俺のダンジョンでは、都度指示するかたちで戦ってきた。
それを想像上で再現するつもりだな!
ナイスアイデアだ、自律分身!
リンと自律分身が会話している間にも戦闘は続いている。
料理人が大包丁を振り下ろす。
トウコが後ろに飛びのいて躱す。
包丁が床に打ちおろされ、激しい音をたてる。
トウコは後ろに飛びながらも銃弾を放つ。
着地して転がり、リロード。
――自律分身はリンの背後にまわり、そっと抱くように体を支える。
手を添えて、料理人のいるほうへ向ける。
リンは力を抜いて身をゆだねている。
「ここは六階層だ。むこうから盾持ちゴブリンが来ている」
「はい……来ました」
リンの表情は落ち着きを取り戻している。
「ちょっとデカいが、なんてことはない。引きつけてから撃つんだ!」
「はいっ! ……引きつけて……」
リンの手の中に火の玉が生まれ、大きくなっていく。
一方、俺は料理人ゾンビへと駆けていく。
手に握っているのはナタだ。
すれ違うように切りつける。
防御膜に防がれて、手ごたえは浅い。
ヒットポイント――耐久力だ!
「ファストスラッシュ!」
切り付けたナタを返すようにしてもう一撃。
素早く鋭い斬撃が打ち込まれる。
浅いが、何度も打ち込めば効果はある!
トウコがショットガンを放つ。
「うらあっ! ひき肉になれっ!」
散弾が料理人の太った腹に命中する。
大きく腹をたわませ、血肉が飛び散る。
「グゥォオ!?」
苦痛か驚きか……料理人が声をあげてよろける。
だが倒れない。
銃で撃った割にはダメージが小さい。
防御膜に軽減されてしまっている。
料理人がよろけながら大包丁を振るう。
「グォォォ!」
「食らうかっ!」
トウコは後ろへ跳び、からくも回避する。
「リロっ!」
ショットガンを折って排莢する。
新たなショットシェルを素早い動作で込める。
リロードの隙を埋めるように自律分身が叫ぶ。
「今だ! 放てっ!」
「ファイアボォール!」
リンは手を突き出す。
そして力強い火球を放つ。
バランスを崩している料理人は反応できない。
直撃。
料理人が炎に包まれる。
「グォァァァ!」
料理人が苦しみもがく。
だが、炎はすぐに消えてしまった。
いつもは敵を焼き尽くすまで消えないのに……!
「なんだ? これもヒットポイントのせいか!?」
「そうかもっス! 銃弾もやたらと弾かれるッス!」
リンが不安げな声をあげる。
「あれ……? 外れちゃったんですか?」
目を閉じているリンは周囲を把握していない。
俺たちの驚いた声が届いてしまった。
とっさに自律分身が方向修正する。
「いや、問題ない! 盾で防がれたが効いている!」
「はいっ! 効いてますね……!」
「そうだ。もう一度集中して――放て!」
「――ファイアボール!」
再びリンが火球を放つ。
今回もちゃんと発動した。
リンと自律分身のペアはうまく動けている!
いけるぞ!
火球が炸裂し、料理人はよろめく。
炎はまた消えてしまったが、体勢は崩した!
「今だっ!」
俺はこの好機を逃さず、さらに攻める。
壁を蹴って跳びあがり、よろけている料理人の頭部へナタを振る。
しかし――料理人は無理やり身をよじり、俺に血走った目を向ける。
あの状態から動けるのか!?
「――グオアァ!」
空中の俺に向けて肉切り包丁が突き出される。
「させないっス!」
トウコがショットガンを放つ。
激しい金属音を鳴らし、包丁の軌道がそれる。
俺は隙だらけの料理人にナタの峰を向ける。
身をひねって全力で横なぎに振る。
「――フルスイングッ!」
ナタが頭部にめり込む。
生み出されたノックバック効果に、料理人はたまらずに倒れる。
料理人が叩きつけられ、床板が軋む。
大きな音とともに埃が舞いあがる。
「ウグオァァ!」
床に倒れた料理人が包丁を振るう。
「おっと!」
足を薙ぎ払おうとするそれを、空中に跳んで逃れる。
飛び退きながらナタを投擲。
弾かれたナタを手元に引き寄せながら着地する。
料理人が上半身を起こし、にたりと笑う。
トウコがショットガンをつきつけて引き金を引く。
「うらあっ! そのまま寝てろっス!」
散弾の直撃を受けた料理人が再び床に倒れる。
だが、また身を起こす。
「寝つきが悪いゾンビっスね! 寝かしつけてやるっ!」
もう一本のショットガンを撃ちこむ。
再び料理人が床に叩きつけられる。
至近距離からの散弾が頭部の皮膚を吹き飛ばす。
血肉が飛び散る。
ヒットポイントはもう残り少ないようだ。
いけるぞ!
「ウガァァァッ!」
だが、料理人はひるまずに肉切り包丁を振り回す。
「うわっと!」
「あぶねっ!」
俺とトウコは大きく飛び退く。
料理人が立ち上がる。
自律分身がリンに言う。
「今だ! 盾を下げたぞ! 焼き尽くせ!」
「はいっ! ファイアボォール!」
火球が放たれる。
料理人が包丁を構えてそれを防ぐ。
だが、炎が膨れ上がり料理人を包む。
「グォォォ――」
そのとき、料理人が大きく息を吸ったように見えた。
まずい! これは――
俺はとっさにナタを投擲する。
勢いよく回転しながらナタが飛ぶ。
狙いは顔面。
咆哮を阻止するんだ――!
――よし! 命中!
狙い通りに顎を砕いた!
しかし――料理人はひるまない――!
「――ウゴオァァァァァ!」
料理人ゾンビは恐ろしい叫び声を上げた。




