逆転生活! 人に合わせなくたっていい……はずだ! 【装備】
よく寝た。
もう夜だ。すっかり生活が狂ってしまった。
「……生活のリズムをちゃんとしようと思っていたのに、早くも逆転している!」
朝起きて夜寝るバランスのいい生活をしようとか息巻いていたのに。
ダンジョンが現れて一週間足らずでこれだ……。
俺はどうも、目の前に積まれた仕事をやり続けてしまう癖がある。
効率よくやろうと思うが、どうしても入れ込んでしまうな。
「ダンジョン関係のこともあるが、とりあえず買い出しだ」
営業時間ぎりぎりに滑り込んで買い物を済ませる。
ついでに【忍具作成】の素材になりそうなものも買っておく。
マスクやトイレットペーパーはあいかわらず品薄だ。
マスクは売っていなかった。
トイレットペーパーは1パックだけ買えた。
ダンジョンと自宅を往復してばかりの毎日だったから、人がいることが新鮮に思える。
街に以前ほどの賑わいはない。
それでも人間がいて、生活をしている。
俺がダンジョンに潜っていても、世界は変わらない。
人々は当たり前に生活している。
そんな当たり前の生活が、俺には遠いものに感じられた。
必要なものを買うと、すぐにアパートに戻る。
やはり我が家はいい。
できれば一歩も出ずに暮らしたい。
通販だけでは手に入らないモノや割高なものがあるから、家から出ないわけにはいかない。
外出は最小限に。人々とは距離を取って。
もはやダンジョンで過ごすことが普通だ。
外に出ることが特別なことになってしまった。
普通の生活に逆らうように、俺はダンジョンへ潜る。
今朝届いたばかりの地下足袋を履いてみる。
ファスナータイプで装着も簡単。
フィット感もいい。
足裏が柔らかいので、不安定な洞窟を歩くにはいいだろう。
足袋は、足に衝撃が伝わりやすいため疲れやすいらしい。
運動靴になれている俺には、どうだろうか。
エアー入りの底は少し分厚いから、マシなはずだ。
……調子はいい。
洞窟の床は平らで、壁ほど起伏はない。
歩いても痛みはない。
洞窟の壁はデコボコが多い。
壁を歩くには……いい!
かたい靴底の運動靴に比べると、しっかりと壁に密着できる感じがする。
【壁走りの術】によって張り付く力が、より活きる。
床だけであれば運動靴でも十分かと思ったが……これは採用だな!
モノリスに、狩ったモンスターの魔石を投入する。
コウモリの牙、皮をポイントと交換した。
これを使ってクラフトするつもりだ。
だがその前に……。
せっかく二階層へ来たのだ。
コウモリ対策の効果を軽くテストしておく。
三階層では危険だが、二階層なら安心だ。
天井で休んでいるコウモリの群れを発見。
スキだらけだ。
初手の棒手裏剣で、多数を仕留める。
残ったコウモリは数匹だ。
数が少なければ【暗視】【回避】で見切ることはたやすい。
すでにこの階での攻略法はできている。
「よっ、と」
コウモリの攻撃を余裕を持って避ける。
あえて回避に専念して、たなびくマフラーの効果を確認する。
飛来したコウモリは当然、俺を狙ってくる。
その標的にはマフラーも含んでいる。
俺の体か、マフラーかをコウモリは判別できていない。
尻尾のある動物を攻撃するとき、尻尾も敵の体と考えるのと似ているのではないか。
コウモリから見れば、スキだらけで美味そうなエサに見えるかもしれない。
俺が動けば、マフラーも動く。
そのマフラーをめがけて、コウモリが飛び掛かる。
爪がマフラーの先端を捉える。
「キキッ!」
マフラーはたやすく切り裂かれてしまう。
コウモリは俺に攻撃が命中したと思ったか、少し勝ち誇ったような声を上げる。
「よし、想定通り!」
マフラーは壊れるのが想定通りの結果だ。
あえて、壊れやすいイメージで作ってある。
引っ掛かって首が締まったり、引っ張られてバランスを崩すことはない。
「んじゃ、とっとと始末してしまうか!」
ピロピロとたなびくマフラーのおかげで、コウモリの攻撃精度は甘い。
これまでよりもたやすく回避することができる。
それは回避に使う体の動きが小さくすむということ。
つまり攻撃のために動くことができる!
「うりゃっ!」
「ギッ!」
飛来するコウモリに合わせて、ナタを振るう。
今はバットのリーチは必要ない。威力もいらない。
慣れておくために、あえてナタを使っていく。
いずれは刀に乗り換えたいからだ。
ナタの刃が胴体を捉える。
鈍い切れ味でも十分な打撃力を持って、コウモリを叩き落とす。
地に叩きつけられたコウモリはそのまま塵となる。
「もう一匹ッ!」
二匹目の攻撃線上から身をそらしながら、ナタを置いておくようなイメージで振る。
刃がコウモリの翼をかすめ、飛膜を切り裂いて飛行能力を奪う。
「キィィ……」
悲しげな声を上げてコウモリが失速し、墜落する。
少し離れた位置に落ちたコウモリへ、手裏剣を打ち込む。
「よしっ! ナタも使いようにってはいけるな!」
当たりさえすれば倒すことができる。
コウモリはゴブリンよりも耐久で劣る。
不意を打たれる環境や数が多いのでなければ問題はない。
「マフラーも期待通りだ! ちゃんと効果がある!」
調べたとおり、デコイとしての効果がある。
俺自身の体を狙うこともあるが、攻撃が分散する。
マフラーを攻撃されても、俺は痛くもかゆくもない。
「すこし、傷んだな……」
マフラーの先端を手に取って確認する。
切り裂かれ、ほつれも目立っている。
しかし、消耗品だと割り切れば気にならない。
ダメージジーンズみたいでオシャレと言えなくもない。
多少ほつれてしまったが、このままでも何度かは耐えてくれるはずだ。
「それに……壊れたってちぎれたってかまわない。……【忍具作成】!」
痛んだマフラーをベースに、今倒したコウモリの魔石を使ってクラフトする!
【忍具作成】の発動には具体的なイメージが必要だ。
だがもう、手元に完成品がある。完璧なイメージがある。
そして、十分に役に立つと確信している。
マフラーは強い。頼れる。格好いい。
前向きなイメージを思い浮かべてスキルを発動させる。
「直った!」
スキルが放つ光が収まり、俺の首には新品同様のマフラーが巻かれている。
先ほどのマフラーよりも質が上がったと思う。
攻撃力や防御力のような、不思議な力が宿ったというわけではない。
より適した形状となり、しなやかさを増したように見える。
魔石の消費は三個。
最初に作ったときは七個使ったから、作り直す場合はコストも安くなる。
これは、ベースに近いものを作るからだろう。
残りの魔石は消えずに残っている。
どうやら、必要な分のコストだけが使われるようだ。
おつりがちゃんと来る。
当たり前だけど、よかった。
「しかし、便利だな【忍具作成】は! リサイクルし放題だ」
このスキルは発動に時間がかかる。完成にも時間がかかるし、その間はイメージを強く持っていないといけない。
戦闘中に使うことは難しいだろう。
だが、戦闘後にその場で破損した装備を直せるメリットは大きい!
「武器や装備が壊れるゲームはよくあるけど、こいつがあれば安泰だな!」
ゲームのように特定の場所――クラフト台――などでしか行えないという縛りはない。
素材と魔石とイメージ、そして安全に作業できる時間があればどこでもできる。
このあたり、ゲームとは違うところだな!
前回の三階層では手裏剣の残弾数不足の問題もあった。
これも解決だ。
コウモリの牙をベースとして、手裏剣を作る。
イメージするのはいつもの棒手裏剣だ。
重さや長さをより理想の手裏剣として想像する。
手になじみ、引っ掛かりがなくなめらか。
先端は鋭く、空気を裂いて敵へ一直線に飛ぶ……。
「……よし。手裏剣も完成だ。弾切れのときには使えるな!」
その時に素材があればだが。
普段からコウモリの牙を持ち歩くことはない。
コウモリから直接、牙がドロップするということもない。
このダンジョンでは今のところ、魔石しかドロップしない。
ドロップした魔石をモノリスで引き換えてアイテムを手に入れるようになっている。
ドロップ運みたいな不確かなものに頼らずにコツコツ魔石を集めればいいのだから俺向きだ。
欲しいものは必ず手に入る。
同じボスを何度も周回するゲームみたいな不毛なことはしなくてもいいんだ……。
とはいえ治療薬を引き換えるために魔石を百単位で集めるのも大変だけど!
魔石とモノリスがあれば、そこを中継地点にできる。
食べ物や治癒薬が体内に入れても大丈夫であれば……永住も可能だ。
「よし、一度拠点へ戻ろう。返事も気になるし、クラフトもしたい」
今回、コウモリの皮をいくつか引き換えてきた。
これでコウモリ革装備を作るのだ。
一度帰って「リアル・ダンジョン攻略記」に投げた回答が返ってきたかも見てみるつもりだ。
起きたときには、まだ返事は来ていなかった。
待ち遠しいぜ。




