幸せの匂いとおもてなしの心
ごはん回
部屋に戻った俺は、サンドイッチを前に座る。
「ちょうど腹も減っている……いただきます!」
パンには耳がついた状態だ。
パンを斜めに二等分した、三角形だ。
具はハムとレタス。
それとタマゴサンドの二種だ。
ハムの赤、野菜の緑、タマゴの黄色。
色鮮やかで、目を楽しませてくれる。
パン独特のいい匂いがふんわりと鼻腔をくすぐる。
焼きたてではないけど、しあわせな匂いがする。
先に食べるのは、ハムレタスサンドだ。
ひとくち目を、口に入れてかみしめる。
「……うまい」
新鮮なレタスのシャキシャキとした歯ごたえ。
口内から響く爽快な音が食欲をかきたててくれる。
ハムはごく普通のものだ。
そこにピリッときいたマスタード。
辛すぎず、アクセントを加えてくれる。
脇役に徹した香辛料が、具を引き立ててくれる。
一つ目のサンドイッチはすぐに食べきってしまう。
……次は、タマゴサンドだ。
「見た目は……普通だ……いや?」
サンドイッチの断面からのぞくタマゴは固ゆでタイプ。
しかし、黄身はしっとりとした水分を保ちクリーミーだ。
ぱさぱさではない。
白身はある程度の大きさを保っている。
……タマゴをまるごと潰しただけではないな。
しっかりとした下ごしらえをしているのだろう。
手が込んでいる。
思えば先ほどのレタスも、水につけるなどの下ごしらえを行っているんだろう。
パンの耳が切られていないことにも意味がある。
パンの耳がさながら城壁のように、具材を守っている。
手に持って食べるときにこぼれにくいようになっているのだ。
時間の約束をしていなかったから、時間をおいても食べやすいように考えられているのかもしれない。
食べる人のことを考えて作っているんだろう。
計算しつくされたこだわり……思いやりだ!
「ううむ、気を使わせてしまっている……!」
口に運ぶと、これもまたうまい。
大きめの白身が、噛み応えと舌ざわりを与えてくれる。
程よい水分の黄身が、白身とよく絡みパンにうるおいを与える。
口の中の水分を奪わず、のどに詰まらずに最後まで食べることができる。
素材を生かした味付けで、主張は小さい。
それだけに、どんどんと食べ進めることができる。
「うますぎるだろ……。明日タマゴ料理つくると言ってしまったが……。ハードルが高いぞ」
俺は飲食店で働いていたので、料理はできる。
メインのキッチンスタッフが居ないときは俺もキッチンに入る。
料理には自信があるほうだ。
しかし、このサンドイッチ。
レベルが高すぎる。
オトナシさんの料理の腕は一流の料理人のようだ。
……これ以上美味い料理なんてできるはずもない。
まあ、料理対決をするわけではないんだ。
毎日作ってもらうばかりだと、心苦しいからお返しがしたいだけ。
気持ちが伝わればいい。
それだけじゃなくて、タマゴには別の使い道もあるしね。
「ふう……。ごちそうさま!」
完食。
うるおいの会話とおいしい食べ物で、元気が補充された。
とはいえ、そろそろ寝なくては。
昨日の朝からダンジョンへ潜りっぱなしだった。
やることがたくさんある。
気になることが多すぎる。
一つずつこなしていかないとな。
そして、休みもしっかりとらないと。
「寝る前に……例のサイトに質問を投げておこう。モノリスの件は情報通りだったし、あてになりそうだ」
WEBサイト「リアル・ダンジョン攻略記」を開く。
ここに書かれている内容は、俺のダンジョンと似ている。
まるで本当にダンジョンに潜っている人が書いているかのようだ。
レベル、スキル、頭の中に響くアナウンス、モノリス……。
もちろん、俺のダンジョンと違っている部分もある。
すべてのダンジョンが同じルールではないのかもしれない。
モノリスの件ではこのサイトを参考にして攻略を進めた。
それもあって、俺はこのサイトは「ダンジョンを知る人」が書いているのではないかと考えている。
俺はダンジョンのことを人に知られたくない。
普通の生活を送れなくなってしまうからだ。
このサイトの管理人も、似た考えを持っているのかもしれない。
だから「実在しないゲームを攻略する」というまわりくどい書き方をしているのではないか。
「掲示板へ質問を投げてみるか。……「リアル・ダンジョン」をプレイしているテイで質問すればいいんだったな」
自分のダンジョンでの知りたいことを、架空のゲームへの質問であるかのように書いて投稿した。
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初めまして。面白いサイトですね。
攻略ブログ、楽しく読ませていただきました。
魔石やダンジョン産のアイテムは持ち出せないと書かれていますね。
では、ダンジョン内の物を食べたらどうなりますか?
ダンジョンに閉じ込められたりしませんか?
薬草やポーションを使っていると書かれているので、大丈夫だと思うのですが……。
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よし。投稿した。
知りたいことはダンジョン内の食べ物、特に治癒薬が安全かどうか。
俺のダンジョンと同じという保証はない。
ただの似た情報が書かれた関係のないサイトかもしれない。
それでも、ある程度は信じられると思っている。
返事が来るのが楽しみだ。
さて、あとは……。
メールにはバイトからの質問や着信がある。
もうやめた仕事の内容だ。
無視したってかまわない……はずだ。
それでもやっぱり、放っておくことはできない。
わかる範囲で回答を送信する。
いまでも「戻ってきて!」という内容もある。
それをみて、何も感じないわけではない。
バイトのみんなは気のいい奴らだ。
俺との関係は悪くなかった……はずだ。少なくとも俺はそう思っている。
結局、上司に認められなかったというだけのこと。
まあ、もしオーナーが戻ってきてと言っても、それは断るけど。
今はやることがある。
俺はダンジョンへ潜る。
そしてやりたいことをやるのだ。
まだ朝だが、徹夜した後さらにダンジョンへ潜るのは危険だ。
もっといろいろとやりたいことはある。
しかし限界だ。寝るね!
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