復讐はドブの香り!?
勢いよく自分の部屋のドアを開ける。
「ただいま!」
「――あ、おかえりなさい。ゼンジさん」
壁の向こうからリンの声が聞こえる。
帰ったら出迎えてくれる声がある。素晴らしいよね!
誰かいるっぽいけど、声色は普通だ。
危険な相手じゃないってことだ。
リンは絡まれやすくて、悪い虫がつきやすい。
第二のストーカーが現れても不思議じゃないからな。
気が休まらぬ!
俺は壁の穴からリンの部屋へと急ぐ。
そこへ男の声がかかる。
「おう、兄ちゃん!」
大河さんだ。
挨拶するように手を上げている。
その隣では長身の女性が俺に目を向けている。
え!? なんでいるの!?
リンは少し困ったような表情で俺を見ている。
表情から察するに、険悪な状況ではない。
説明求む!
「人の家でずいぶんくつろいでますね大河さん、と……?」
俺は長身の女性に目をやる。
彼女はひらひらと手を振って答える。
「犬塚だ。邪魔してるよ」
「黒烏善治です」
犬塚さんは髪がかなり短い。ベリーショートってやつだ。
顔だちは中性的で整っているけど、キツめの印象を受ける。
ダメージジーンズに革ジャンという出で立ち。
カッコいい系だな。
大河さんが言う。
「俺たちが来たのは聞きたいことがあったからだ。それはもう嬢ちゃんから聞いた。ほら、兄ちゃんにも聞いた下着泥棒の件だよ」
「ああ……あの件。言えない事情があって黙ってました。すみません」
「いや、別にいいぞ!」
トラック事故のあと、ついでに聞かれた話だ。
大河さんはちょっとしたバイトで、痴漢や下着泥棒を探していると言っていた。
俺はストーカーを思い浮かべたが、知らないと言ったんだ。
大河さんみたいな普通じゃない人が探している犯罪者。普通じゃないだろう。
関わりたくなかった。
リンに関わりのあるストーカーを説明するのは面倒だからな。
こっちの正体……ダンジョン保持者だとバレてしまう。
あの時点では正体バレは禁則事項で追放されると思っていた。
俺は知っていることを言わなかった。
でも、大河さんは気にしていないみたいだ。
大河さんは朗らかに笑っている。
細かいことは気にしないってやつかな。
リンがすまなそうな顔で言う。
「ストーカーさんのことは話しちゃいました。でも、大河さんたちが探している人とは違うみたいです」
俺は頷く。
リンは悪くない。
いまなら話してマズイこともない。
「そっか。――なんで大河さんたちは下着泥棒なんか探しているんです?」
ストーカーは探している相手じゃなかった。
痴漢や下着泥棒なんか探してどうするんだ?
犬塚さんが語気を強めて言う。
その声には怒りがにじんでいる。
「探してるのは下着泥棒じゃない。隠密使いだよ!」
「……隠密?」
俺は隠密使いだ。ついでに公儀隠密だ。
俺のことじゃないよな?
何の縁もゆかりもない。追われるようなことはしていない。
痴漢でも下着泥棒でもない。
それに俺の【隠密】……【隠術】はレベル2だ。
現実世界では使えない。
「あんたからはコソコソした匂いがするねェ。でも違う。アタシが探しているヤツとは違う!」
「……そりゃよかった。俺は痴漢や泥棒じゃない!」
謎の釈明。
やってないけど、疑われると妙な弁護が必要になるな。
「アタシが探しているのは殺して犯して姿を消すヤツだ! ただ消えるだけじゃない。匂いも辿れない。だから隠密使いを探しているのさァ!」
「俺は隠密使いだけどダンジョンの外じゃ使えない。姿や匂いを消すスキルは存在する。ストーカーは外でも使ってた。だけど……なんで違うとわかるんだ?」
犬塚さんは鼻にしわを寄せて不快そうな顔をする。
俺に向けての怒りじゃないんだろうけど、コワいよ!?
「ドブくせえ匂いッ! 変異したヤツの匂いだ! アタシの姉と動物を食い散らかした奴の匂いを忘れられるわけないねェ!」
どんと叩かれたテーブルが揺れる。
姉と動物を食った……?
犯して、殺した。そして姿を消した。
そういう異能者……いや、変異者がいる。
つまり、ダンジョン保持者の犯罪者ってことだろう。