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探す。倒す。脱出する! ……脱出?

編集履歴 2022/09/16

表現やジェスチャーの追加(内容は同じ)

 悪性ダンジョンの潰しかた。


 囚われた人を救出する。

 ダンジョンの中のボスを見つけて倒す。

 脱出する。


 手順はこれだけ。



 ダンジョン保持者のなれの果てはボスモンスターになる。

 これはもう、助けられないものと割り切る。


 悪性化する前なら助けられる可能性はある。

 だが条件は厳しく、成功の保証はない。


 これも、命を投げうって助けることはしない。

 できる範囲、死なない範囲でやる。



 御庭は真面目な顔で言う。


「悪性ダンジョンを潰すのが僕らの使命だ。僕らは命を賭けて戦う。だけど無理はしない。生きて帰る前提で戦うんだ」

「生きて帰るまでがダンジョン攻略ですからね。当然、そうすべきです」


 命は賭ける。最善を尽くす。

 でも命を賭ける以上は勝つ。負ければ次はない。


 いつものダンジョン攻略と変わらない。

 俺の方針はいつでも安全第一である。


 御庭が意外そうな顔になる。


「クロウ君はもっとみんな助けることにこだわるかと思ったけど……わかってくれたかな?」

「いや、俺も自殺願望があるわけじゃないんで。自分や大切な人の幸せが一番大切です。それ以外の人を助けることを諦めるわけじゃないけど……」


 諦めはしない。

 最初から行動しないわけじゃあない。

 でも、無理なものはムリ。

 できないことがあることくらい、わかっている。


 俺はストーカーよりも弱かった。

 必死に戦えば勝てるとは限らない。それは身をもって知っている。


 正義は勝つとか、努力は報われるとか……そんなに都合よくないんだ。

 でも努力をしなければ、はじまらない。

 報われるためには努力をするしかない。


 勝てるだけの強さ……全員を助けられるだけの強さ。


 俺にそんな力はない。

 ――いまは、まだ。


無謀(むぼう)と勇気は違う。忍者は現実主義者(リアリスト)じゃないとね!」

「死んだら誰も助けられない。元も子もないんですよね」


「そういうこと! だから、僕らは逃げる。勝てないときは撤退する。助けられる人のことだって、ときには見捨てるんだよ。汚いかもしれないけどね」


 御庭は真面目な顔で言う。

 わざわざ、それを言う。


 これは俺のためにわざと言っている。

 憎まれ役を買って出ているんだ。


 部下を危険にさらさない。

 人を助けるために、人を見捨てる。


 全体を救うために一部を見捨てる。

 これは薄情(はくじょう)に見えてしまう。


 でも違う。

 百人を救える異能者を死なせないってことだ。

 そうすれば千人でも万人でも救えるかもしれない。


 命を選ぶ権利なんてない。

 だけど、選ばなければ多くが失われる。


 単純な計算だ。

 命を数字で測ることなんてできないけど、数えるまでもない。


 非情に思えても、多くを救うほうがいいに決まっている。


 俺もいい年だ。

 おっさんに片足を突っ込んだ大人なんだ。


 割り切れなくても、割り切る。

 かけがえのない命を、できる範囲で救う。

 そのための足しになるなら、俺は戦う。

 引き際は見誤らない。


 妥当とか並みの方法でやるんじゃない。

 最善で、最適で、結果の得られる方法でやる。


 現実的に、容赦なくやる。

 奇跡や博打じゃない。

 運を天に任せても、どうにもならない。


 だから逃げる。だから見捨てなければいけない。


「……さすが忍者、汚い。でも、それでいい。俺たちは忍者だ。逃げてもいい。サムライじゃないですからね」

「腹を切っても敵は倒せないからね。卑怯でもズルくても敵を倒す。それが最善の行動だよ」


 御庭が悪い笑顔を浮かべる。

 俺も笑う。汚い笑みを浮かべる。


「なるべく助ける。だけど無理なら逃げることにしますよ」


 俺もわざわざ、それを言う。


「うん。それでいい。上司である僕が許可する。推奨する。で、悪性ダンジョンの対処についての最後、脱出について話すよ」

「はい」


 脱出――逃げる算段についての話だ。



 御庭は真面目な顔で続ける。


「悪性ダンジョンにはボスがいる。悪性化の中心になる個体。倒すべきモンスターだ。でも倒せなかったら逃げる。一目散(いちもくさん)に壁の外、ダンジョン領域の外へ逃げるんだ」

「逃げましょう。帰りましょう。でも……悪性ダンジョンは広がっていきますよね。そのままだとヤバいんじゃないですか?」


 悪性ダンジョンはどんどん広がっていく。

 潰すことができずに逃げたら、どうなる?


「そりゃヤバイさ。倒せないくらい強いボスのいる悪性ダンジョンは大きく広がる。だけど、いずれその浸食(しんしょく)は止まる。人間の手で倒せない敵だ。強大な異物だ。さて、異物はどうなるかな?」

「排除される……世界によって。切り離し(パージ)――追放ですね!」


 御庭は胸の前で手を合わせて押し合うジェスチャーをする。


「そう! 世界は悪性ダンジョンの拡張を押しとどめる。だんだん押し返して、そのまま切り離すんだ。僕らが何もしなくても、世界は勝手に対処する。放っておいてもね」

「その場合、ダンジョン領域内にいる人々はどうなるんですか?」


「人も建物も、全部まとめて切り離される。この世界から捨てられて、なにもなくなってしまう」

「なにもなくなる?」


「きれいさっぱり消え去る。ごっそりと地図から消え去る。荒れ地になるとか人が消えるとかじゃない。空間ごと、建物ごとぱちんと消える。そんな場所は最初からなかったみたいに周辺が詰まって、隙間は無くなる」

「……空地になるんじゃなくて、空間ごと詰まる?」


 指先を合わせて、手のひらで小さな空間を作る。

 それをぴたりと閉じる。ぱちんと音が鳴る。


「そう。デリートボタンとかバックスペースしたときの文字みたいにね。ピタッと消えて、記憶にも残らない。そして誰も気づかない」

「そんな……じゃあ、出かけている間に自分の家が……家族が消えてしまったらどうなるんですか?」


 帰る家がなくなる……そんな簡単な話じゃない。


 帰る家があったことを忘れる。

 家族がいたことを忘れる。

 何年も、何十年もの記憶が書き換えられることになる……?


「運よく家にいなかった人は……むしろ運が悪いかもしれないね。もはや人格を保てないほどに記憶を改ざんされて記憶喪失や廃人になってしまう」

「それは……ひどいな。領域内にいなくても、無事ではすまないなんて」


「だから悪性ダンジョンは早めに対処する。世界が消し去ってしまうまえに、潰す必要があるんだ。でも、無理なときは脱出する。領域内にいると僕らもまとめて切り離(パージ)されてしまうからね」

「探す。倒す。脱出する、ですね。でも、どのタイミングで脱出するんですか?」


「広がっていく悪性ダンジョンが押し戻されたときは感覚でわかる。ダンジョン領域が押されるような感覚だ」

「感覚……? そんな曖昧な基準じゃ、見逃してしまうんじゃないですか?」


 よくわからないまま、パチンと消えるのはごめんだ。

 なんとなくじゃ不安だな。


「それは大丈夫。かなり明確にわかる。気圧の変化みたいな感じかな。体感でハッキリわかるものだ。圧迫感みたいなもので、見逃す心配はない」

「そうですか。体験してみないとわからないけど……」

「その状況になれば本能的にわかるよ。ここに居てはヤバいって感じがするからね」


 明確な感覚があるんだな。

 【危険察知】のような感覚だろうか。


「あんまり味わいたくない感覚なんでしょうね。まあ、そうなる前にボスを倒すのが一番ですね」

「そうだね。そして勝てないときは救助を優先する。なるべく逃がして、さっさと退却するのさ」

「でもこの場合、逃がした人たちはどうなるんですか? 住む家も、その記憶も失ってしまう」


 御庭は悲しげな顔で首を振る。


「正常な生活は望めない。特異対策課の別部門でフォローをすることになるけど、元の暮らしはできないね」

「でも、命は助かる。そうですよね」

「そうだよ。できる限りのことをする。なにもしないよりはずっといい」


 消えてしまって、誰の記憶にも残らない。

 そんなのは嫌だ。


 命があれば、先がある。

 やり直すチャンスはあるんだ。



 悪性ダンジョンは思っていたよりも複雑だった。そして凶悪だ!


 さらに世界の隠蔽する力、切り離しと認識阻害は思ったよりも強い。

 容赦がない力。


 この二つはどちらも人間にやさしくない。

 その中で俺たちは、できることを精一杯やるしかないんだ!

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