曖昧で、秘密で、非公式な組織について聞いてみた!
先に歩いていたトウコへ走って追いついた。
「店長、なんか顔が赤いっスね? リン姉と行ってきますのチューでもしてたっスか?」
「してねーわ!」
おしい! ハグならしたけどね!
トウコの家にたどり着く。
ドアの鍵は開いたままだ。
トウコが元気よく玄関を開ける。
俺も後に続く。
「どうせ誰もいないけど、ただいまーっス」
「おじゃまします」
すると、キッチンから予想しない声がかかった。
御庭の声だ。
「ああ、おかえり。クロウ君、トウコ君。おじゃましているよ」
「ええっ!? なんで人の家で優雅に朝ごはん食べてるっスか!?」
トウコが御庭を指さしながら言う。
御庭は長い脚を組んでサンドイッチをつまんでいる。
その正面にはすまし顔のスーツ美人が紅茶を飲んでいる。
イケメンと美女の朝食風景。
なにしてるんだろう、この人たち……。
「人の家でずいぶんくつろいでますね、御庭さん……」
「君と話したいと思って待ってたんだ。ここなら落ち着いて話せるからね。トウコ君の両親には修理の件で連絡しておいた。こちらに来る予定はないそうだよ」
「……そっスか。でしょーね」
トウコはつまらなそうな顔で言う。
トウコの家庭は複雑だ。両親はほとんど家に帰ってこない。
育児放棄もいいところだ。
ダイニングキッチンはきれいに掃除されている。
中庭の窓は割れたままで、まだ直っていない。
「修理は今日中に終わるから、今晩には使えるようになる。迷惑かけるね」
「――それで、本題は?」
俺は雑談を切り上げる。
修理の話をするために来たわけではないだろう。
「話が早くて助かるね。本題を話そう。もちろん、スカウトの件だ。前向きに考えてくれたかな?」
「ああ、考えたよ。条件を話し合いたいと思っている。……トウコは、学校へ行け」
俺は手持ち無沙汰にしているトウコに言う。
「え? あたしもいたほうがよくないっスか?」
「まあ、大人の話し合いだからな。ほれ、遅刻するぞ」
「……学校なんて、つまんないだけっスけどねー」
「ふつうの生活ってのは大事だと思うんだ俺は。つまんなくたっていいんだよ」
ダンジョンみたいな特殊な状況に浸りすぎるのは、選択肢を狭める。
とくに冷蔵庫ダンジョンみたいな、特殊なやつに深く関わったあとは普通の生活も大事だ。
すぐに自分の頭を撃ち抜くような異常な環境にずっといるのは、ダメだ。
トウコはなんだかんだ言ったって、まだ子供だ。
ダンジョンだけの人間になってはいけない。
「なんか店長、説教くさいっス! でもまあ、行ってくるっス!」
「おう。行ってきなー」
「行ってらっしゃいのチューはないっスか?」
トウコが頬を寄せてくる。
俺は手をひらひらと振って言う。
「ねーわ! はよいけ!」
「へーい。いってくるっスー!」
トウコがバタバタと家を出ていく。
御庭は食事を終えて、ナプキンで手を拭いている。
スーツの女性が食器を下げる。
「なんだか、君たちは微笑ましいね」
「そりゃどうも。――さて、お待たせしました。で、前提を確認させてもらいます」
俺は口調を改める。ビジネスだ。交渉だ。
御庭はにこやかにうなずく。
「どうぞ」
「御庭さんたちは特異対策課だ、と名乗っていました。――公儀隠密として働いてほしいとも。どういう組織なんですか?」
ちょっと曖昧な質問だけども。
公儀隠密だとすれば、忍者とか隠密の組織のように思える。
政府の非公式組織だというけど……。
知らないことは聞くしかない。
「組織についてだね」
「ええ、まずそこから教えてください」
自分がスカウトされている組織のことを知らずに返事はできない。
「ではまず組織名から。特異対策課と言う。ここにはいくつかのチームがある。僕のチームは公儀隠密を名乗っている。僕らの担当はダンジョンと異能者だ」
ん……?
特異対策課のなかに、公儀隠密が含まれるのか。
ちょっと想像と違った。
「公儀隠密という組織ではないってことですか?」
「そうだね。特異対策課の成り立ちを遡っていけばかつての公儀隠密の流れを汲んでいるが……今現在はそういう組織ではない、ということだよ」
御庭は肩をすくめる。その口調は少し悲し気だ。
公儀隠密をもとにした組織だが、いまはそうではない?
御庭が続ける。
「諜報・防諜組織として続いてきた公儀隠密だけど、時代とともに姿を変えてしまった。忍者の時代ではなくなった。今の姿は警察や自衛隊、公安や政治……いろいろな派閥の寄せ集めといったところだ」
現代まで脈々と続く忍者組織、ではないと。
まあ、この現代日本に忍者組織があるとは思えないしね。
ちょっと納得がいくと同時に、寂しさもあるな。
「……警視庁公安部みたいなものですか?」
公安部は公共の安全……国の治安を守るものだ。
実在の組織だと、それが近いように思える。
御庭は首を振る。
「かなり違う。まず、僕らは公務員じゃない。国のために働きはするけど、身分は保証されない。前に非公式組織だって言ったけど、そのままの意味だ。僕らの存在は知られていない。認められていない」
「認められていない組織……?」
俺は首をかしげる。
「どこの省庁にも属さない。秘密組織。だけど、完全に独立しているとも言えない。政治家や自衛隊、警察、マスコミ……それに古い家柄の人たち。さまざまなところにメンバーがいる。全体像を知る人はいないんじゃないかな」
省庁に属さない。全体像を知られていない。
それって、非公式とはいえ政府とか国の組織と言えるんだろうか。
組織として大丈夫なのかね?
「なんだか、曖昧な組織ですね」
「そうだね。でも、曖昧さが大切なんだ。政治や個人に仕えるわけじゃない。僕らはこの国の人々を守るためにある!」
御庭は語気を強める。
よくわからない組織。
だけど、一応は人々のための組織であるらしい。