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新しい日常……引き寄せて吸着して反発する朝!?

日常回

 リンの草原ダンジョンで早めの朝食を終えた。


 今日は月曜日なのでトウコは学校だ。

 なんだかんだあったけど、日常生活は続く。


「ほれ、早く準備しろ」


 俺が急かすと、トウコは不満げに口をとがらせている。


「えー学校なんて行かなくていいっスよー!」

「そうもいくか! ちゃんと行け!」


 俺だって、店に顔を出す予定だ。

 ダンジョンだけ潜って暮らすわけにはいかないのだ。

 リンも大学のオンライン授業がある。


「今日は私も授業あるから、またあとでね!」

「あとで!? ……今日もごはん食べに来ていいってことっスか?」

「もちろん、いいですよー!」


 リンはにこにこ笑っている。

 やったね! 今日も晩飯会だぜ!


「やったー! じゃあそれを楽しみに学校で寝てくるっス!」

「いや、真面目に勉学に(はげ)めや!」

「学校辞めてダンジョンで暮らすっス……!」


 俺のダンジョンは金を生まない。


 中のものを持ち出して売るなんて金策はできないのだ。


 魔石でモノリス交換すれば食料が出せる。

 食うには困らない。生きていくことはできる。


 だけどダンジョンの入り口であるアパートの家賃は払わなきゃね。


「冷蔵庫ダンジョンで暮らすのか……? マゾいな」


 トウコのダンジョンなんて、まったく住むには適さない。

 ゾンビと暮らしてもなあ。

 料理人(ボスゾンビ)にご飯作ってもらうんだろうか。


「リン姉のダンジョンに決まってるっス! 楽園じゃないっスか!」


 スライムにやられかけてたくせに……。

 リンのいる場所が楽園になるだけなんだぞ。


「さてと、俺はトウコを送っていくかな。そのあと、店に顔出して書類作業とリモートワークの準備だ」

「えっ? 送ってってくれるんスか!? 送り狼!?」

「ちげーわ! ぶっ壊れた部屋がどうなったかを確認するついでな」


 昨日の騒動で、トウコの家はひどい有様になった。

 窓が割れているから防犯や風雨が心配だ。


 御庭(おにわ)が窓や部屋の修理をかって出てくれたので、もう直っているかもしれない。

 そうでなければ、最低限の片づけくらいしなきゃな。


 トウコの両親がいきなり帰ってくるとは思えないけど放置はできない。



「じゃ、行ってきまーす! リン姉、またあとでっス!」


 トウコはアパートのドアを開けて階段を駆け下りていく。

 静かに降りてくれ。苦情来ちゃう!


「んじゃ、リン。行ってくる! 夕方には帰るつもりだ」

「あ、行ってらっしゃい……」


 リンが玄関まで送ってくれる。

 少し、声が硬かった気がするな?


 俺はドアをくぐりかけて、振り返る。


「ん。リン、どうした?」

「えっ? その……」


 リンは言いよどむ。

 俺はその顔を覗き込む。


「うーん。その顔はなにか悩んでいる感じだ。気になることがあるなら言ってくれ」


 リンはため込むタイプだからな。

 言いたいことが言えないことがある。

 自分のことを後回しにしてしまう。


 リンが、思い切ったように言う。


「……相談したいことがあります。トウコちゃんのことと、もうひとつ。帰ってからでいいので……」

「いや、いま聞くよ。まとまってなくてもいいから」

「えと……」


 アパートの外からトウコが叫んでいる。


「店長ー! まだっスかー?」


 やめて、苦情が来ちゃう!

 俺にも世間体があるんだよ!

 あと、いま大事な話だからね。


「後で追いかけるから先に行っといて!」

「リョーカイっスー」


 俺はドアを閉じる。


「で、トウコのことって?」

「ちょっと不安で。あ、トウコちゃんはいい子だってわかってるんですけど……なんだかゼンジさんが遠くに行っちゃったみたいな」

「え? 遠くになんて行ってないぞ。なにも変わらない」


 冷蔵庫ダンジョンの中に長く潜っていたとはいえ、外では半日程度の出来事だ。

 リンと離れていた時間は短い。

 心配かけたとはいえ……。


「そうじゃなくて……なんて言ったらいいのかな」

「トウコが間に挟まったから、距離がある?」


 俺は、気になっていることをハッキリと切り込む。

 あいまいにできない問題だ。


 リンが首を振る。表情は複雑だ。

 普通に考えて、トウコが俺たちの間にいるのはおかしい。


 俺とリンは付き合っている()()()()だ。

 やっと始まったところだ。

 そこにトウコという異物が入り込んでいる。


 トウコはふざけて愛人などと言っていたし、リンも受け入れていた。

 だけど、そんな簡単な話じゃないんだよな。


 そんなに簡単に割り切れる話じゃない。

 俺だって、うまく収められていない。


「そうじゃ、なくて。だけど、ゼンジさんが取られちゃうみたいな……そういうふうに考えちゃいけないんだけど。私はうまく、言えないから……」

「ああ、トウコはハッキリしてるからね。考えなしに行動して、言いたいことを言う。長所でも短所でもあるよな。リンは遠慮しすぎるところがあるけど、いろいろ考えてくれるのは助かるんだ」


 表裏一体(ひょうりいったい)、ままならぬ個性よ。


 リンはおとなしくて、引っ込み思案で、相手のことを考えすぎる。

 俺のことやトウコのことを考えすぎて、自分をおろそかにする。


 トウコが最初に押しかけて来たときも、身を引いてドアの陰に消えてしまいそうだった。

 自信を持ってほしい。


「昨日ゼンジさんが寝ちゃったあと、トウコちゃんといろいろお話しました。ゼンジさんがどんなふうに助けてくれたかって。トウコちゃんは……ね、熱烈に壁ドンしてくれたとか言ってました!」

「壁ドンて! あれは爆発するゾンビの爆風から守っただけだぞ」


 熱烈といえば、相当に激しい。

 爆発で吹き飛ばされながら激しく壁に押し付けたからな。

 そのダメージで俺は死んだくらいだし!


「だけど、私はそういうのしてもらってないなって……」

「したよ! 壁ドン! 壁ズドン! そこの壁をぶち抜いて助けに行ったよ!」


 俺は壁の穴を指し示す。

 心の壁、現代生活の孤立、俺と彼女の間の障壁を打ち砕いたつもりだったけど。


「あれは……かっこよかったです! だけど、そうじゃなくて……」


 まあ、違うか。

 一般的な壁ドンではないな。


「まあ、ロマンティックさに欠けたかなあ?」

「それに、トウコちゃんは自分のために死んでくれたって言ってました! そんなの、ズルいです……」

「ズルいって!? 助けるために死んでくれたとか自慢したの!?」


 そんなマウントある!?

 女子の世界、コワい!


「それはもう、うれしそうに……」

「ええ!? 実際に死ぬのは無理かと! ほら、ストーカーのときは命がけで助けようとしたでしょ!?」


 颯爽(さっそう)と助けに行ったあと、ストーカーにボコられて刺し殺されかけた。

 頑張ったよ俺。超がんばった。

 生き返れる打算もなかった。命がけだ。


 そのあとリンがダンジョンでポーション使ってくれなきゃ死んでたくらいだ。


「そう、ですよね!」

「そうそう! 負けてないよ!」


 リンがちょっと元気になる。

 なんだろう。このフォロー……。


 まだリンはもじもじしている。


「……それに、トウコちゃんはゼンジさんをその、た、食べたって……」

「それ、羨ましいかな!? ……え?」


 リンの目が熱っぽい。

 いやいやいや!


 食べちゃいたいくらいスキ、みたいな感じ?

 さすがに食べられたいとは思わないよ! コワいよ!?



 なんにしろ、不安にさせるのはよくない。

 俺はリンをじっと見つめる。


「とにかくさ、俺は変わってない。……リンが大切だ。そこは、自信を持ってほしい」


 でも、思っているだけじゃ伝わらない。

 行動で示さなくちゃな。


 一歩踏み込んで、驚くリンを引き寄せる。

 そして、優しく抱きしめる。


「えっ……あっ!?」


 リンの髪から、ふわりといい匂いが漂う。


「……んじゃ、行ってくる」


 俺は照れ笑いを浮かべると、ドアを開けようとする。

 その俺の背中に、リンが抱きついてくる。


 なにかがやわらかく吸着して、ふわりと反発する。

 温かい。


 そんなにくっつかれると、刺激が強くて弾けてしまいそうだ!

 忍べ俺!


「その……早く帰ってきてくださいね!」

「うん。行ってくる……」


 俺は顔を緩ませながら、外へと踏み出した。

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[一言] 虫歯が悪化したわ〜もうっ
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