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ブラック労働で店を支えている俺をクビ? 戻ってきてと泣いて謝ってももう遅い その3

一章、二章から続く話です。

微ざまぁを含みます。

 トウコの件で俺は中抜けしていた。

 その間も、スタッフのみんなは話し合いを続けていた。

 俺は進捗を訊ねる。


「さて、頼んでいた話し合いはどうなった? 話はまとまったか?」

「まずは給料を払ってもらうこと。そのために店長に復帰してもらうこと。待遇の改善と――」


 キシダから、みんなで話し合った結果を聞かされる。


 要所でヤマダさんが的確な補足を入れる。

 きれいな字で書かれたメモを見ている。マメだね。


「意見は出つくした感じですね。オーナーにも連絡しておいたから、そろそろ来るはずです。……あ、来ましたね。ドアの外でうろうろしてます。ちょっと呼んできますね」


 ヤマダさんがドアの外をうろつく不審なオーナーを発見する。

 まごまごしているオーナーを引き連れて戻ってくる。


 オーナーはこっちを見ない。

 無精ひげにたるんだ体つき。前に見たときよりも、さらに覇気がない。


「どうもオーナー」

「お、おうクロウ。……話は聞いたと思うが、どうだ?」


 給料不払い、ストライキ。

 ――店は分解寸前だ。


「話は聞かせてもらいました。()()って、具体的にはなんのことですか?」

「うっ……それは、アレだ。戻ってきてもいいんだぞ」


 オーナーは目をそらし、ぼそぼそと喋る。

 なに言ってんだコイツ。


「戻ってきてもいい、とは? 俺は今、有給消化中の身です。そうですよね?」

「有給? そんなこと言ってたが……」


 聞いてはいたのか。


「有給消化中でないなら、退職の手続きをしたんですね? 退職してるなら、手伝うなんてできませんね」

「ま、待てっ! 手続きなんて、していないぞ!」


 なんの手続きもしていないし、従業員の給与すら払っていない。


「じゃ、前に申し出た通り、俺は有給消化中です。そうですね?」

「……そう、なるかな」


 よし。認めた。


 オーナーは目が泳いでいる。

 前はもっと高圧的だったが……今の店の状況がおとなしくさせているのか。


「……で、戻ってきてもいいとは? 有給消化が終わり次第退職と申し出たはずです」

「いや、そこを戻って仕事をやってくれるって話なんじゃないのか?」


 オーナーは目をさまよわせ、助けを求めるように皆を見渡す。

 キシダはため息をつき、ヤマダさんはあきれ顔になる。


 トウコが言う。


「そんな都合のいいこと言ってないっス! 店長に戻ってきてもらうしかないって言ったんスよ! 頭を下げて戻ってきてもらえって言ったの忘れたんスか?」

「……そ、そうなのか」


 オーナーがぽかんと口を開ける。


 オーナーは都合のいいことしか聞いてないからな、いつも。

 都合の悪いことは気づかないというスキルを持っている。


「なにを待ってるんスか? 土下座っスよ! 日本の伝統的謝罪っスよ! すまないと思う心があればできるはずっス……!」

「ぐぬっ……! しかしだな……」


 なんかはじまった……!


 いらんけど、そういうの。


 正直、おっさんの土下座なんて見ても嬉しくない。

 誰の土下座だって、見たくないが。


「オーナー、ちゃんと店長に頭を下げて頼んでくださいよ。俺らの給料、ちゃんとしてもらわないと困るんですよ!」

「それに店長がいないと、この店は持ちませんよ! 何回も説明しましたが、店長が人の何倍も働いてこのお店を支えていたんですよ!」


 キシダとヤマダさんがオーナーに詰め寄る。

 オーナーの顔色が真っ赤になる。

 俺のほうに向きなおり、浅く頭を下げる。


「その……クロウ。すまなかった。戻ってきてほしい」

「……」


 俺は目を閉じて考える。

 正直、オーナーの謝罪なんてどうでもいい。

 最初から期待していないし、たいして気分が晴れもしない。


 オーナーに腹を立てたこともある。

 クビの件では衝撃を受けもした。

 だけど、もう過去のことだ。こだわりはない。


 それに俺はもう、前ほどは仕事に興味がない。

 ダンジョンに潜って暮らす生活を楽しみたい。

 ブラック労働を続けていたおかげで、使う間もなく貯めていた金がある。

 当面暮らしていける。急いで復職する理由はない。


 金銭面で言うなら、御庭の申し出を受ければいい。

 悪性ダンジョンを潰す仕事で、危険はある。

 だけど、俺はどっちにしろ自分のダンジョンに潜るし、危険も伴う。

 趣味が実益を兼ねるなら、悪い話じゃない。


「ほら、土下座待ちっスよ! 今こそ泣いて謝るんスよ!」

「くっ……」

「待ってねえわ! へんに煽るのやめい!」


 俺は目を開いて、謎に(あお)りはじめるトウコに言う。

 あ、オーナーちょっと土下座しかけてるし。


「……いいのか、クロウ」

「よくありませんが、土下座はいりません。どっちにしろ給料の件は手伝うつもりで来てますからね」


 店とかオーナーはさておき、従業員の給料はなんとかしないといけない。

 今後も店を続ける気があるなら、待遇も見直しだ。


「それじゃあ……」


 オーナーが腰を上げようとする。

 俺はそれを冷たい目で見る。


「でも、店の皆(スタッフ)にはちゃんと謝罪してください」

「……みんな、すまなかった」


 オーナーが頭を垂れる。

 ぽたりと、床に涙が垂れる。悔し涙かもしれないが、なんにせよ頭は下げた。


 スタッフは微妙な表情でそれを眺めている。

 ほら、いい気分になんてならないよな。


 俺は手を叩いて、空気を変える。


「――というわけで、みんな。オーナーも頭を下げてくれたし現実的な話に戻していいか?」

「ちょっとヌルいけど、いいんじゃないっスかね?」


 トウコはもっと派手な謝罪を求めているらしい。


「ま、俺はかまわないけど……店長は戻ってくれるのか?」

「店長がいないと、無理ですよ! 戻ってきてください!」


 スタッフたちが俺を見る。

 オーナーが(すが)りつくように言う。


「たのむクロウ……戻ってきてくれ!」


 でも、俺が戻るのは別の話だ。

 最低限の手伝いはするつもりだけど、前のようには働けない。


 戻るだけじゃ、ダメだ。

 俺はそれを念頭に、言う。


「いまさら……ブラック労働に戻れと言われても、もう遅い!」


 前と同じ――ブラック労働に戻る気はない。

 それじゃ、いけない。


 スタッフがざわつく。


「えっ!? まじっスか!?」

「そんな……!」

「店長!?」


 オーナーは冷や汗を垂らして目をむいている。


「おい、クロウ!? な、なんでだ?」

「同じ条件じゃ、ダメです。()()()()()()()()()()()()()なんです。先に進まないと。改善するんです! 俺のことだけじゃない。みんなの働き方も含めてね!」


 ただ、今をしのぐだけじゃダメなんだ。


 スタッフの顔に理解が広がる。

 オーナーは理解できていない。


「それは……どうすればいい?」

「みんなの希望を聞くこと。話し合うことです。オーナーが来る前に、みんなで話し合って意見は出してあります」


 オーナーが苦い顔で頷く。


「希望、か。言ってみてくれ……」

「俺は、店長として戻るつもりはありません。ですが、経理や事務みたいな作業を手伝うくらいならできます。リモートワークでもできると思っています」


 トウコがあわてた様子で言う。


「ちょっ!? 店長が店長やらないで、誰がやるって言うんスか!?」


 ちなみに今、トウコは店長代理という謎の役職についている。

 実質はバイトリーダー的なものだ。

 女子高生のバイトに店を任せるとか、頭おかしい。


 ブラックどころか違法じゃないの。

 そういうのも是正しなきゃな。


 俺はヤマダさんを見る。


「店長はヤマダさんにやってもらうのがいいと思う」

「えっ!? 私ですか!?」


 ヤマダさんが驚いて目を丸くする。


「ほら、パートじゃなくて正社員にしてほしいって言ってたでしょ?」

「そうですが……でも」

「面倒見のいいヤマダさんならできるよ。オーナー、それでいいですか?」


 俺はオーナーを見る。

 オーナーが頷く。


「あ、ああ。それでいい。ヤマダ。やってくれるか?」

「は、はい。わかりました」


 ヤマダさんが頷く。


「よし! 俺もフォローはするから、よろしく」


 これで、俺は半分自由の身だ。

 全部を放り出してしまうことはできない。すぐには。


「今後も店を続けるつもりなら、待遇の見直しも必要です。いいですね?」

「ああ、できる限り聞くつもりだ。……このままじゃ、店はおしまいだ」


 オーナーは蒼い顔で頷いている。

 状況はわかっているらしい。


「じゃ、ヤマダさん。要望のリストを」


 ヤマダさんが、用意してくれた要望の一覧を渡す。

 オーナーが目を通す。


「……ちょっとよくわからんが、どうしたらいい?」


 おいっ! ちょっとは自分で考えろよ!

 経営者だろうに。


「書いてある通りですが……給料の支払いの遅れについては、このあと俺がやります」

「あ、ああ。頼む」


 手続きが遅れているだけで、お金そのものはある。


「待遇の改善と給料アップについては……そのまんまですね。細かい話はあとでヤマダさんと三人で詰めましょう」

「ああ……」


 たとえばキシダはバンド活動が忙しいのでシフトを減らしたいと言っていた。

 彼はバンドマンだ。売れてないけど……。


 そのためにはキッチンスタッフを募集して、層を厚くしなきゃな。

 営業時間を見直したり、いろいろとできることはある。


 パンデミックを乗り切るための策も色々、考えなきゃいけない。

 デリバリーをはじめるとか、持ち帰りの弁当を販売するとか……。

 前に提案して、オーナーが聞きもせず却下した策だけどな。


 さまざまな提案や改善案に、オーナーは頷いていく。

 資金面では問題ないはずだ。

 パンデミックで売り上げは落ちている。

 それでも、ダメージは最小限に留めてきたつもりだ。


 まだ、立て直せる。

 スタッフが協力してくれるなら、どうとでもなる。


 遅いことなんてない。

 なにかをはじめるのは、いつからだって遅くはないんだ!

ご意見ご感想お待ちしております! お気軽にどうぞ!

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ざまぁは取扱注意なので、強すぎず弱すぎずを心掛けました。

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