日常へ――新しい居場所と帰る場所!?
リンとトウコは笑いあっている。
俺はそれを眺めるだけで温かい気持ちになれる。
俺も仕事を失ったとき、居場所がなくなったように感じた。
ダンジョンがその穴を埋めてくれた。
俺の居場所、俺の生きがいだ。
ダンジョンのある生活が、俺を変えた。
リンを、トウコを変えた。
俺たちはこうして、無事に今日を生きている。
それでも、リンもトウコもギリギリだった。
駆け付けるのが間に合わなければどうなっていたか。
俺だってそうだ。
リンがいなければ、ひとりでダンジョンに入り浸っていただろう。
トウコがいなければ、店のことは考えないようにしていたかもしれない。
彼女たちがいなければ、俺はダンジョンだけにのめり込んでいたはずだ。
深く深く潜って……二度と出てこなかったかもしれない。
帰る場所があること。
居場所だ。……そして、外の世界との接点でもある。
禁則事項に触れて追放――黒いドロドロに飲まれたストーカーを考える。
彼も、救ってくれる誰かがいれば違っただろうか。
分かり合って寄り添ってくれる誰か。
リンが驚いたような声をあげる。
「あっ! いけない……事務所に行く予定でした!」
「俺が助けを呼んだからだな。ごめん」
予定も忘れてすっ飛んできてしまったんだな。
間に合うといいけど。
「いえいえ! ぜんぜん! 時間はまだ大丈夫です!」
「それはよかった。そういえば、俺も店に行かなきゃな。ずいぶん待たせてしまっている」
「そうっス! でもまだ間に合うんじゃないっスかね?」
リンはモデルの仕事で事務所に顔を出す予定だったらしい。
電話をして、これから行くことになった。
俺は店に連絡して、これから向かうことを伝えた。
「それじゃ、駅まで一緒に行きましょうね!」
「そうだな」
駅前でリンと別れる。
「じゃあ、行ってきます。ちょっと遅くなるかもしれないけど、晩御飯一緒に食べましょうね。トウコちゃん!」
「やたっ! 楽しみっス!」
「こっちも目途がついたら時間連絡するよ」
「はーい」
リンは名残惜しそうに振り返りながら、駅に入っていった。
「……涎でてるぞ、トウコ」
「あれ……? なんかさっきから口がゆるい感じっス!」
トウコが袖で口元をぬぐう。
「頭がゆるいのは前からだけどな」
「ヒドいっス!」
そういえば俺も腹が減ったような気がする。
晩飯には早いのだが、ダンジョン内で長い時間を過ごしたからな。
体感ではずいぶん食事をとっていない。
「あ、お前に何かあったって言って店を出てきたから……なんて言うか考えないとな」
「ガス爆発して家が大変なことになった、とかっスかね?」
たしかに、爆発したような惨状だけど。
「……そんなん、ニュースになっちゃうだろ! うーん。水道トラブルくらいにしておくか」
「そうっスね!」
俺たちも歩いて店に向かう。
勤務先のファミレス店は駅から近い。
くだらない話をしながら、店についた。
「戻ったぞー」
「お待たせしたっス!」
店に入ると、皆が出迎えてくれる。
オーナーはまだ来ていないようだ。
「あ、店長! おかえりなさい! トウコちゃん、先にはじめてるよー!」
「トウコちゃん。なんかあったって? 大丈夫かよ?」
キシダはとりわけ心配そうな顔でトウコに聞く。
「ああ、ちょっと水道がバーンって感じで大変な感じだったっス! 冷蔵庫も壊れたっス!」
「ええ? 大丈夫なのそれ……感電したりしない?」
変なアドリブいれんな!
どうでもいいところで疑われるだろ。
俺はなんとかごまかそうとする。
「とりあえず業者呼んだから、大丈夫なはずだ」
修理と片づけを手配してくれたのは御庭だけどね。
そういえば、家には誰もいないけど大丈夫なのかな。
勝手に片づけたり修理してくれるんだろうか……。
公儀隠密のお仕事に抜かりはないと信じよう。
逆に、それすらできない程度の組織だったら、どうなのって話。
……やってもらっといて、偉そうな感じになっちゃうけどさ。
いや、窓を銃撃でぶち割ったのはあいつらだぞ!
銃声は聞こえなかったけど、どっから狙撃してたんだろうな。
その辺も聞いてみたい気がする。
とはいえ今は、店の話だ。
「そうですか? 店長が手配してくれたなら間違いないだろうけど……心配だなあ」
あんまり納得していない感じのキシダ。
トウコがニヤニヤ笑いを浮かべて言う。
「そんなにあたしが心配っスかぁー? 気があるんじゃないっスかぁ?」
キシダはむっとしたような表情を作る。
「……なに言ってんだ? 気があるっつーより、気が気じゃないっつー感じだけどな!」
ツンデレ兄ちゃんである。チャラいようで、熱い男だ。
「トウコちゃんって、心配かけること多いよね。気を付けて!」
ヤマダさんは面倒見がいい。けど優しいばかりじゃない。
めっ! という感じでトウコに指を突き付けている。
「うっ! すいませんっス!」
トウコが素直に謝る。
頭を下げながらもその頬はゆるんで、うれしげだ。
ここが、この店がトウコの帰りたかった場所だ。
店を守らなきゃな!