二丁拳銃とグッドエンディング!?
「僕らも今日は引き上げる。スカウトの件、答えは今度じっくり聞かせてもらうよ」
「ああ……ちょっと考えさせてほしい」
御庭がスーツの襟を正して言う。
スーツの女性はすました顔で黙っている。
「前向きにね。あ、この部屋の修理と片づけはサービスで手配しておくよ」
「そりゃ助かる。……助かります」
御庭が軽い調子で言う。
それに俺は雑に答えかけて、丁寧に言い直す。
彼もさっきの状況で、一貫した態度を取っていた。
ちょっと頼りにならない感じもあったけど……。
「お、さすが礼儀正しいね。ここで冷たくされたら僕も悲しくて泣いちゃうところだった」
「いや……御庭さんの言っていた保護の件は本気だったみたいだし、ちゃんと考えますよ。前向きに」
「うん。伝わったようでよかったよかった。じゃ、あとで連絡する」
「はい」
御庭さんと連れの女性が玄関から出ていく。
すれちがうとき、女性が軽く会釈する。
俺は会釈を返す。
……すごい美人だ。
リンが俺を見ている。コワい。
二人が出ていくと俺はほっと息を吐く。
とりあえず、危機は去った。
「ふうー。疲れたぁ……」
「ゼンジさん。トウコちゃんは大丈夫なんですよね? なにがあったか、教えてください」
リンはトウコを胸の前で抱きしめたまま、俺に問う。
トウコは幸せそうな緩んだ笑いを浮かべている。
いや、お前が当事者なのにゆるいね!?
「あたしは大丈夫っス! へへへー」
「へへへー、じゃねえわ! ……ま、いいか。俺もよくはわかってないけど――」
俺はリンに知っていることをざっと説明する。
トウコのダンジョンのこと。
時間の流れが違うこと。
死んでも復活できること。
復活しても、中に引き込まれてしまうこと。
御庭が言っていた、悪性ダンジョンのこと。
何度も死にながらボスを倒したこと。
トウコが復活できなくなり、ダンジョン内でゾンビのようになっていたこと。
トウコに俺を倒させたこと。ここはマイルドに伝えた。
リンは話を聞きながら蒼白になったり、心配そうな声をあげたりしていた。
ところどころでトウコも大げさに脚色しながら話を補足した。
「……大変だったんだね、トウコちゃん」
「そうっス! 店長が来てくれなかったらヤバかったっスねー」
「ヤバいどころじゃないわ! 今度はもっと早く呼べよ!」
あのとき電話しなかったら、どうなっていたか。
すべては手遅れだったかもしれない。
もっと早く、助けを求めてくれればよかったんだ。
「そうよ、トウコちゃん。困ったらすぐ、言ってね。その……友達なんだし」
リンは顔を赤くしてごにょごにょと言う。
トウコは困った顔になっている。
「……だって、しょうがないじゃないっスか。言えないっスよ」
「妙な遠慮はするな。手遅れになったら、困るだろうが」
「そうだよトウコちゃん」
トウコはさらに困った顔になる。
「……店長のいるお店が、あたしの唯一の居場所だったっス。だけど、お店はもうダメで、どうにかしようとしたけどムリそうだったっス。それで店長の家に行けばどうにかなるかと思ったんス」
「そんなに店を大事に思ってくれてたのか、お前……」
トウコは家と学校に居場所がないと言っていた。
だからと言って、店がそれほど大事だとまでは思わなかった。
「お店、だけじゃないっス……。昨日店長の家に行って、お店はどうにかなるかなって思ったっス。だけど、二人はお似合いで、あたしが入り込める隙間なんてないって。あたしの居場所なんてもうどこにもないって思ったっス! だから邪魔しちゃいけないって……」
トウコの表情は悲しげに歪んでいる。
リンははっと、なにかを察したような表情になる。
「トウコちゃん……」
トウコの目に、大粒の涙が浮かんで、頬を流れる。
「お店のことだけは最後にちゃんとしようと思ったけど……家を出る前に冷蔵庫に引っ張り込まれて……。出ることもできなくなって、もう諦めようと思ったっス。だけど、店長から電話があって。店長は優しいからつい頼っちゃったっス」
「最後にって、お前……」
俺はぜんぜん気づけなかった。
そんなに追い詰められているなんて。
「だけど……リン姉は……あたしの友達になってくれるって……」
「うん……」
リンの頬を涙が流れる。
俺はなにも言えない。
「店長はにぶいから、リン姉を呼んだなんて言うっス。だけど、リン姉からご飯のお誘いの連絡が来てて……助けに来てくれるって。それであたしは思ったっス。あたしの居場所はあるのかもって。……店長とリン姉の間に入り込める隙間がないと思ったけど、その隙間こそあたしの居場所なんじゃないかって!」
リンの胸の中で、トウコが首をそらして振り返る。
リンは涙を流しながら頷いている。
「私も居場所がなくて、どこにも居たくなくて……消えちゃいたいと思ってた。だけど、ゼンジさんが道に迷っていた私を見つけてくれた。導いてくれた。それで、私は引っ越して、無理やり近づいて居場所をみつけたの。だから……トウコちゃんの気持ちはわかる。私にだからわかる。――トウコちゃんの居場所は、ここだよ」
そう言って、リンは俺のほうへ腕を差し伸べる。
迷いなく、リンの目が俺を射抜く。
俺は頷いて、その手を取る。
そして、二人をまとめて抱き寄せる。
「あっ!」
トウコが気の抜けた声を出す。
「お前の居場所はここだ。ここに居ていいんだ!」
リンと俺の間で、トウコが涙を流しながら不思議そうな顔をする。
「……いいんスかねえ? ずうずうしくないっスかねえ?」
「いいんじゃないの? お前どうせ空気読めないし今更だろ」
「ヒドい言いぐさっス!」
いまさら空気を読もうとしても、もう遅い!
俺だっていまさら、この手を離せない。
「リン姉もいいんスか? 邪魔じゃないっスか?」
「ぜんぜん! 私は大丈夫だよ。昨日は私が邪魔なのかなって思ったくらい……」
「リンは自信がなさすぎるよね!? 邪魔なわけあるか!」
そっちのほうが驚きだよ。
俺の中でリンは不動のヒロインだよ!
なんで伝わらないのか。口でも行動でも何度も示してるつもりなのに。
リンがやわらかく笑う。トウコも応えるように笑う。
俺も笑おうとして、トウコの発言に固まる。
「――じゃあ、あたしは二人の愛人ポジってことで……」
なに言いだしてんだ!?
それを聞いても、リンの目は優しい。
昨日はトウコが愛人だとか言い出したとき、すーんってなってたのに……。
天使か! 慈愛の女神なのか!?
二人の愛人ならいいの!?
ちょっと、リンの心境がよくわからないけど――
ともあれ、トウコの居場所ができた。
泣き笑いのトウコが、両手で銃の形を作る。
俺とリンの胸元に突きつけて、言った。
「店長、グッドエンディングっスよ!」