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殺伐! 三すくみはダイニングキッチンで! その2

「――うっ!?」


 そのとき、拮抗が崩れた。

 にらみ合っていた全員が、同時に動き出す。


 俺は倒れかけながら、それを見ている。



「らああッ!」


 長身の女がナイフを投げ放つ。

 勢いよく飛んだナイフが、スーツの女に迫る。


 スーツの女が構えていた手を動かす。

 ナイフが空中でぴたりと止まる。


 大河さんが俺のほうへ大きく一歩踏み出す。

 その表情は心配と驚きの中間だ。


 御庭の背後で、窓がびしりと音をたてる。

 窓に小さな亀裂(きれつ)が走る。

 ガラス片をまき散らしながら、なにかが飛来する。


 大河さんの足に命中したそれが硬い音をたてる。

 跳ね返ったなにか――おそらく弾丸――が食器棚に命中して粉砕する。


 リンが暗い覚悟の表情で手の中に炎を生み出して、俺の背後へ向けている。

 だが、その表情が驚きに変わる。手の中の炎が消える。


 俺は倒れかけながら身をよじり、手の中の包丁を――

 ――包丁は振り下ろせない。


 俺に組みついているのはトウコだ。

 口の端から涎が垂れている。


「ウ……」


 俺は床に倒れこむ。

 トウコが俺の首にかぶりつくように、抱きついてくる。


「うええぇー! 店長(てんぢょー)! 助かったんスよ! 出られたっス! あたし、覚えてるっス! 店長がしてくれたことっ! カタをつけてほしいって言ったのに! あ、あんなことされたらあたし……!」

「――と、トウコ!? 寝ぼけてんのか!?」


 俺は片手で受け身を取って衝撃を殺す。

 包丁を持った人にタックルするのやめて!?


「店長ーっ!」

「ちょっ! トウコ、おちつけ! みんな見てるし!」


 というか、リンの目線が痛い。

 驚きの表情から無表情に変わっていく。

 すーん、という感じになっている。コワい。


「みんな……? あっ! リン姉っ! 来てくれたんスね!」


 トウコが俺を離れて、リンに両手を広げて飛び込んでいく。

 リンはそれを受け止め、その背に手を回す。


「……トウコちゃん。無事でよかった!」


 リンの表情は安心と喜びに変わっている。

 ……なんか、胃が痛い。


 トウコはそこでやっと、部屋の異変に気付く。

 全員が動きを止めている。


「っていうか……え? この人たち誰っスか!?」



 空中で静止していたナイフがからんと音をたてて落ちる。

 亀裂の入った窓ガラスが崩れ落ちてガチャガチャと音をたてる。


 大河さんが手で顔を(おお)って爆笑する。


「がははっ! こんなやつが変異してるって? んなわけねえわな!」


 長身の女が構えを解いて下がる。


「――はぁ。アホクサッ! (しら)けたわァ」


 御庭が頭の横に手を掲げて拳を握っている。

 アクション映画でよく見る止まれ、のポーズだ。


 窓の外の狙撃手への合図か。

 ゆっくりと、その手を下げながら言う。


「――停戦、ということでいいかな?」


 スーツの女は動かず、その場で構えたままだ。

 警戒の目線を全員に向けている。


 俺はゆっくりと身を起こす。

 両手をあげて、戦う意思がないことを示す。


「こちらは争う気はない。トウコは見ての通り、普通の人間だ。ダンジョンに呑まれてもなけりゃ、変異とやらもしていない」


 普通の人間っていうか、かなりアレだ。

 御庭と交渉している間に寝たまま起きないのもおかしい。

 この殺伐とした空気のなかで、寝ぼけてるのもおかしい。

 空気が読めなすぎる。


「えっ? あたしがどうかしたっスか? ていうかあたしの家がっ!?」


 もともと荒れていた部屋だが、ガラスや食器の破片が飛び散ってひどい有様だ。

 トウコは家の惨状(さんじょう)を見て目を丸くしている。


 リンがトウコを抱きしめるようにして黙らせる。


「……ちょっと黙ってようね、トウコちゃん」

「あっはい」


 大河さんが長身の女に聞く。


「おい、停戦だってよ。かまわないだろ? (あね)さん?」


 長身の女は鼻をくんくんと鳴らしている。


「……そっちのカノジョからは悪い匂いがする。だけど、人間の匂いもする。ちょっと確かめさてもらうけど、いいな?」


 なぜか俺に聞いてくる。

 俺は頷く。


「……どうぞ」


 俺はそう答えながらも、警戒は怠らない。

 なにかあったときのために、術を練る。

 【分身の術】を割り込ませ、トウコを守れるように。

 あるいは、一撃を加えられるように。


 それを見透かしているかのように、長身の女が俺をにらむ。


「妙な真似はよせ。……心配するな。匂いを嗅ぐだけだ」

「ああ」


 俺は敵意を下げる。

 防御のために術を練ることはやめない。


 女はトウコに歩み寄る。

 リンがトウコの向きを変える。

 長身の女のほうに向けると、背中からトウコを守るように抱く。


「えっ? な、なんスか?」

「ちょっと、黙ってな。子猫ちゃん」


 長身の女が腰をかがめるようにしてトウコの匂いを嗅ぐ。


「ひえっ! 急にお姉さまに囲まれるイベントが発生してるっス!? なんスかね、店長!? ここが天国っスか!?」

「知らんわ! っていうか、落ち着いてちょっと黙ってくれ……」


 シリアスな空気が崩れるわ。

 いや、それでいいのか。


 場はすっかり弛緩(しかん)している。

 さっきまでの殺伐(サツバツ)とした雰囲気はだいぶ、マシになった。


 大河さんは大きな体をゆすって(ほが)らかに笑っている。

 とはいえ、御庭たちと長身の女をさえぎる位置取りだ。


 御庭も苦笑を浮かべている。

 スーツの女は変わらずに身構えている。

 それでも口の端が笑みの形にひきつりかけている。


 長身の女が匂いを嗅ぐ――調べた結果次第では、どうなるかわからないが。


「この子は変異しかけている。だけど、ほとんど人間だね」

「そうだ。人間だ。問題ないな?」


 俺は長身の女に確認する。

 女は俺をにらみつける。

 それでも、先ほどまでよりはその目線はキツくない。


「問題はあるさ! こんな半端(はんぱ)な状態がいつまで続くかわかったもんじゃない!」


 御庭が言う。


「じゃあこうしよう。彼女はウチで保護する。変異が進んだら対処する。クロウ君がよければだが……」

「アンタは黙ってな! 勝手に話を進めるんじゃないっ!」


 御庭が黙らされる。なんか肩を落としている。

 大河さんが長身の女に言う。


「まあ、いいんじゃねえの? 俺たちが見守ってやりゃいいだろ?」

「見守るだァ? 適当なことを。コイツが暴れて誰かを殺したら、責任は誰が取るんだ?」


 女がみんなを見渡す。

 大河さんが自信満々の表情で、親指で自分を指し示す。


「そんときゃ、俺が止める。なんせ、俺は強え(ツエェ)からな!」


 あれ、カッコいいよ大河さん!?


 流れ的に俺がなにか言うところだと思ったけど。

 ……ちょっと出遅れたけど、言っておくか。


「……俺が責任を取ってカタをつけるよ」

「店長ぉ……!」


 そこに御庭が口を出す。


「じゃあ、我々三者がトウコ君を保護、監視するということでいいかな?」


 じろり、と長身の女が御庭をにらむ。

 大河さんが取りなす。


「いいだろ姉さん。子猫を助けんのと同じだと思えよ!」

「……まあ、いいだろ。動物好きに悪い奴はいない。……カレシ君が助けた猫に免じて、ここはゆずろう」


 そう言うと長身の女はキッチンから玄関へと出て行った。

 俺が助けた猫……?

 大河さんと出会ったときのことか。


「……大河さん。どういうことだ?」

「兄ちゃん、猫を助けるのを手伝ってくれたろ? 姉さんはああ見えて、かなりの動物好きなんだ!」

「――余計なこと言ってないで、早く来い大河ァ!」


 外から大声が響く。

 大河さんは頭をかきながら出ていく。


「はいよぉ! ……んじゃ、今日は帰るわ。またな!」

「……ありがとうございます。また今度」


 去りながら、彼は手をひらひらと振っている。

 その背に俺は頭を下げる。


 なんだかんだ、彼は味方の立ち位置だった。

 大河さんも長身の女も、リンと一緒にトウコを助けに来てくれたんだ。

 もともと敵ってわけじゃなかった。


「な、なんだったんスかね?」


 トウコはいまだに、なにもわかっていないようだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦闘シーンて、ミュージカルにおける歌パートのようなもので始まると物語が止まっちゃいますからねー(前回に引き続いての雑談) やー、主人公何に巻き込まれていくんだろう? こうなると次が楽しみで…
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