【急募】忍者経験者歓迎! やりがいのあるお仕事です!? その2
「どうだろう。公儀隠密として、この国を守ってほしい。興味を持ってもらえただろうか?」
男が期待の目で俺を見つめている。
いや……そんなキラキラした目で見られてもね。
公儀ってのは幕府とか朝廷のことだよな?
時代劇でしか知らないけど……。今だと日本政府のことを指すんだろうか。
ここでいう隠密は、忍者とかスパイとか密偵……。
諜報活動や陰働きをする者たちだろう。
「興味より前に、突拍子もない話で理解しにくい……」
俺としては困惑が強い。
こんな話、困惑しない方がおかしい。
忍者としての働きを求められているようだけど……。
国を守るって、突然スケールがでかい。
「ああ。曖昧さが気に入らないかな。そうだな。具体的に話そう。やってもらいたいことはシンプルだ。さっき君がそこの冷蔵庫でやったことと似ている。悪性ダンジョンを潰すのが主な仕事になる。他にもやってほしいことはあるんだけど、そこはおいおい詰めよう」
まだやるとは言っていない。
おいおいもなにもない。
「悪性ダンジョンを潰す、か。つまり、誰かのダンジョンが凶悪化した場合の対処ってわけか」
「そう。対処方法は説明するし、ひとりでやれとも言わない。充実のサポートと危険に見合うだけの報酬も出す。まあ、君はあんまり金銭には興味がないかもしれないね」
金銭に興味……ないわけはない。
俺だって金はほしい。
だけど、それより大事なことはある。
ずっとブラック労働してきたから、少し落ち着いて過ごしたいのが正直なところだ。
ダンジョンに入り浸って暮らす今の生活が気に入っている。
それに、元の仕事のことも気になっている。
今日これから、トウコが必死にセッティングした打ち合わせがある。
店を立て直して、トウコやスタッフの居場所を取り戻さなきゃならない。
「悪性ダンジョンの対処方法、か。その内容にもよるな」
この男は、俺がトウコを連れて冷蔵庫から出てきたことに驚いていた。
悪性ダンジョンが元に戻るのははじめてのケースだと言っていた。
なら、悪性ダンジョンの潰し方――対処方法というのは絞られる。
「もちろん、それは気になるだろうね。話すとも。その方法はダンジョンの中に囚われたダンジョンの持ち主……そのなれの果てを殺すことだ。ほかにもいくつか方法があるけど、それが確実な方法だ」
男は表情を真面目なものに変える。
その方法は俺の想像した通りのものだ。
そして、俺には許容できない。
「……やはりそうか。なれの果て……と言っても、それは元人間だろう。……俺は殺人に手を染める気はない」
俺は忍者だ。だけどそれは、ステータス上の職業にすぎない。
俺の考え方、生き方……それは忍者に近い。
だけど、非情で冷徹な忍者になりきれるかというと、違う。
あくまでも俺は、忍者のいい面が好きなんだ。
任務のために人を殺すことなんてできない。
だましたり、裏切ったり……そういう世界に生きたいとは思わない。
「僕は君を無情な殺人マシーンだとは思っていない。任務だとしても非情な殺しをよしとしない人物だと確信している。だから無理強いをするつもりはない。それに、君の見つけたやり方でやってもいい。大事なことは、危険なダンジョンを無害化することだ。人々を守ることだ」
「人々を守る……か。ずいぶんと耳に心地のいい言葉だけどな。あんたはこの冷蔵庫を潰すために来たと言った。つまり、トウコを殺しに来た――そうだろ?」
俺は男をにらみつける。
御庭はひるむ様子もなく、表情を変えずに続ける。
「そうだ。そのために来た。否定はしない。でも、いまはその必要はないと考えている。彼女は貴重な生存例だ。保護は必要だと思うけど――」
「保護だと? それはトウコを閉じ込めてモルモットにでもしようってことか!?」
ひと一人を殺すと、平然と言う。
そして今は貴重な生存例として手のうちに置こうとしている。
声を荒げた俺に、御庭は首を振りながら答える。
「いや、違う。すまない。誤解を与えてしまったな。君は少し冷静さを欠いてきている。落ち着いてほしい。最初に言ったけど、敵意はない。君のことも彼女のことも悪いようにはしない」
「……そうか、そうだな。落ち着いたよ」
ついカッとなった。でも後悔はしていない。
今は、相手に敵意はない。
だからって、俺が敵意を持たないとは限らない。
トウコを殺したり害するそぶりはないように見える。
だが、そう見えるというだけで信用はできない。
「君にとっては大事な子のことだからね。それこそ命を賭けるくらいに」
大事な子?
うーん、そう言われるとなんか違うが。
いや、違くないのか。
ちらり、と背後のトウコを見る。
すやすやと寝息を立てている。もう、悪夢からは抜け出したんだろう。
ていうか、いつまで寝てる気だよ!
この空気の中で寝ていられるとは大物だな。
「……まあ、そうだな。周囲のひとは大切だ。手出しはさせない!」
「そうだよね。だからこそ、君は僕と組むべきだ!」
結局、その話に戻るのか。
御庭は人のよさそうな笑顔を浮かべながら、俺の反応を待っている。
「……組んだ場合のメリットは?」
「まず、安全。僕らは君たちを仲間とみなして攻撃しない。これは脅迫しているんじゃないよ。当たり前のことだ」
仲間でなければ攻撃する可能性があるってことだ。
まあ、それは当たり前といえるか。
「いいだろう。他には?」
「情報を提供する。ダンジョンについて、スキルについて、他の異能力を持つ者たちについて」
情報はすでにもらっている。
だが、それを理由に首を縦に振ることはない。
「では逆に、デメリットは?」
「あれ? まだまだメリットはあるんだけどな」
「先に悪い話を聞いておきたくてね」
都合のいい話ばかり聞いても仕方がない。
悪い話をどう言うか、それこそが重要だ。
「君のそういうところ、実に忍者向きだよね。いいとも。デメリットは仕事には危険が伴うこと。ダンジョンと関わることになる。それから異能者ともね。僕らに敵対する連中もいる。僕らの味方になるということは、彼らの敵になるということだ」
ダンジョンと関わる危険は、ある程度知っている。
単純な身の危険だけじゃない。禁則事項もそうだ。
「敵って、誰だ?」
「異能を悪用するもの。犯罪者。我が国の敵。異能を隠そうとする勢力。ダンジョンを増やそうとする勢力。大小いろいろな組織や個人だね」
「ずいぶんと敵が多いんだな」
「敵と味方にはっきり分かれていない相手もいるけどね」
そのとき、俺のポケットの中で端末が振動する。
男も耳元を押さえてなにごとか耳を傾けている。
「クロウ君、ちょっと失礼。――ああ、来たか。手は出すな」
男――御庭は誰かに指示するような会話をはじめる。
その間に俺はスマホを確認する。
表示されているのは――オトナシさんだ。
俺は目線を御庭から外さないまま、電話に出る。
御庭は俺から離れるように歩きながら、小声で誰かと話している。
内容は聞き取れない。
「もしもし――」
「ゼンジさん! やっとつながった! 大丈夫ですか!? トウコちゃんは無事ですかっ!」
電話の向こうのリンは、心配さのにじむ声色で、堰を切ったように話す。
連絡したっきり、音信不通にしてしまっていた。
「うん。無事だ。なんとか間に合った。連絡できなくてごめ――」
「――よかったぁ……! 連絡がないから悪いことが起きたのかと思って……」
悪いことは起きていた。ずっとギリギリの状態だった。
電話をする時間がなかったわけじゃないけど、余裕はなかった。
「まあ、いろいろあって……もうちょっとしたら話せるから――」
今ここで長電話している場合ではない。
彼女の声は耳に心地いいのでずっと話していたいけど……。
「――大丈夫です! もう着いたのですぐ話せますよ!」
「え?」
そのとき、トウコの家の玄関ドアが大きな音をたてて開く。
そして、息を弾ませ、顔を紅潮させたリンが飛び込んできた。
「――ゼンジさん、お待たせしました! トウコちゃん、助けに来ましたよ!」
その後ろからマスクをした二人がドアをくぐって入ってくる。
――大柄な男と、長身の女性が一緒だった。
「えーと、リン。そっちの人たち……誰?」
俺は戸惑いの表情でリンを見つめた。
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