冷蔵庫は無理ゲーで! その3
俺は目を覚ます。
ひどく頭が痛む。
ここはトウコの家のキッチンだ。
冷蔵庫の前に俺は倒れている。
「そうだ――トウコ!?」
「……んむ」
俺の傍らに、トウコが身を丸めるようにして倒れている。
寝ているようだ。
俺はほっと息を吐く。
成功した!
分の悪い賭けにも思えたが、トウコを取り戻した!
トウコは悪夢でも見ているのか、安らかな寝顔とは言えない。
だが、その顔色は人間らしい血の通ったものだ。
胸も小さく上下している。
よし、呼吸もしている。
試すまでもなく心臓も動いている。
いや、ちゃんと胸に耳を当てて確かめるべきかな。
こう見えてコイツは結構、出るところは出ているんだよなあ……。
そこへ、知らない男の声が響く。
「まさか、こうなるとは……驚いたな」
「――だ、誰だ!?」
俺は素早く立ち上がり、声のほうへ向き直る。
気配は感じなかった。
さっきまで誰もいなかったはずだ。
そこには男がただ泰然と立っている。
少し高級そうなスーツを着た男。
整った顔の上に、しゃれたサングラスをかけている。
とくにおかしな様子はない。
ごく自然に、構えずに俺を見ている。
街ですれ違っても気に留めないような雰囲気だ。
強そうだとか、ヤバそうだとか感じさせる姿ではない。
どこにでもいるサラリーマンだとでも思うかもしれない。
ここがトウコの家の中でなかったなら。
ダンジョンから排出された俺達を待ち受けていたのでなかったなら。
男は、俺の誰何に対して、やはり何事もない様子で名乗る。
少し頭を傾けて挨拶までしてくる。
散らかったキッチンの中で、その自然な態度は逆に異質だ。
「僕は御庭、と言う。敵意はないよ。よろしく頼む」
……まさか、名乗るとは思わなかった。
いや、偽名かもしれないが……。
少なくともこいつは、トウコの親兄弟ではない。
だが、いきなり襲い掛かってくることはなさそうだ。
警戒したまま、俺は挨拶を返す。
まずは、状況を把握するんだ。
「……どうもご丁寧に。俺は黒烏という」
男はわずかに表情を緩める。
興味深そうに俺を見ている。
「やはり君は冷静だね。黒烏善治君。それでこそ、待った甲斐がある」
「……ちょっと冷静じゃなくなりそうだけどな。なにを待ってたって?」
こいつは、俺の名前を知っている。
もちろん俺はこいつのことを知らない。
情報は力だ。
今、俺は不利な状況にあるってことだ。
うかつには動けない。
「君がそこの冷蔵庫――ダンジョンから出てくるのを待っていた。まさか、トウコ君を連れて出てくるとは思わなかったけどね」
「……あんた、なにを知ってる」
トウコのことも知っている。
それよりも、ダンジョンのことを把握している。
俺とトウコは今、ダンジョンの出入りを見られた。
ダンジョンのことを知られてはならないという、禁則事項に触れた。
だが、俺は無事だ。この世界から追放されていない。
そして男の記憶が書き換えられている様子もない。
――つまりこいつは、もともとダンジョンを知っている。
俺は警戒を一段階引き上げる
トウコを背にかばう位置に動く。
男はそれを見ながらも、落ち着いた様子で続ける。
「君のこと、彼女のこと。ダンジョンのこと……まあ、いろいろと知っている。だけどその質問に答えるのは時間がかかりそうだ。それよりも、なんのために待っていたかを話そう」
男は俺の反応を待っている。
男の表情は穏やかだが、なにも読み取れない。
「……なんのために?」
「僕は君をスカウトするために来た。――クロウ君。ぜひ、僕と一緒に働いてほしい!」
その申し出は、全く予想していなかった。