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VSボス戦! 肉屋あるいは料理人!? その2

 横なぎに振るわれた肉切り包丁を姿勢を低くしてくぐる。

 マチェットで足を切り裂く。

 だが、手ごたえは軽い。浅い。


「グアォッ!」


 奴が足を振り上げ、俺を踏み潰そうと振り下ろす。

 俺は前方へ身を投げ出してそれを躱す。


 床を踏み抜きかねない勢いで振り下ろされた足が、大きく(ほこり)を舞い上がらせる。


 そこへ、リロードを終えたトウコが六発の弾丸を撃ちこむ。


「うらららっ!」

「グガアアァ!」


 銃撃を受けた料理人がいらついたような吠え声をあげる。

 そして食卓の上に乗っていた皿をつかみ、トウコへと投げつける。


「イィィィトォ!」

「……ちょっ!?」


 フリスビーのように料理皿が飛ぶ。

 トウコは身を守るように銃を持った手を前に突き出す。


 皿が銃にあたって砕け散る。

 銃が吹き飛ばされ、床に転がる。

 トウコが手を押さえてうずくまる。


「トウコっ!」

「だ、大丈夫っス――でも、ちょっと時間を稼いでほしいっス!」

「おう!」


 トウコは血のしたたる手に布を巻いて手当を始める。


 料理人がトウコへ追撃をかけようとしている。


 俺は鉈を手の中で回転させ、分厚い(みね)を前に持ち()える。

 素早く()み込みながら、大きく横振り攻撃をしかける――


「――フルスイング!」

「グォ!?」


 巨体が俺の一撃で吹き飛ば(ノックバック)される。

 横に体ひとつ分ほどズレただけだ。

 それでも、バランスを崩させるには充分!


 追撃は阻止した。

 そして、体勢を崩した奴は隙をさらしている。


 俺は逆の手のマチェットで、首を狙って斬りつける。

 だが浅い。

 どうしても膜――ヒットポイントに阻まれる。


「ちいっ」


 致命的なダメージが与えられない。

 急所を切り裂いて一撃で倒すことはできないらしい。

 まったく、ファンタジーってのは厄介なもんだ。


 振り回された肉切り包丁をよけ、俺は背後へ跳ぶ。

 後ろにあった食卓の上を背中で転がるようにして、床に立つ。


「グオァッ!」


 奴が踏み込みながら包丁を振り下ろす。


 食卓の陰に隠れても無駄なことはわかっている。

 俺は一歩下がって間合いを外す。


 包丁は食卓を両断し、床を叩く。

 さらに奴は、切り返して食卓の残骸を包丁の平で()()()()()


 砕かれた木材の破片が散弾(さんだん)のように俺へと降りかかる。

 ――まずい!


 極限の集中が、俺の意識を加速させる。

 ささくれだった木片の一つ一つが必殺の凶器となって俺に迫っている。


 【回避】の示す安全な場所は――ない!

 避けることはできない!


「うおおっ! ――分身の術!」


 俺の体の前に割り込むように分身を出現させる。

 分身に、木片が暴風のように襲いかかる。

 分身が耐久を失って塵と消える。


 俺は体の前に鉈とマチェットを構えて身を守る。

 革のジャケットが千切れ、鋭い痛みが俺を襲う。


 だが、大きな破片は食らわずに済んだ。

 これは幸運なんかじゃない。

 不幸の入り込む余地のないよう、被害を最小限に抑えるために動いた結果だ。


 自律分身が灯した燭台の火は、これまでの攻防で吹き消されてしまっている。

 だが、俺とトウコが身に着けている角灯(ランタン)は光を放っている。


 推測通りなら、明るさで不幸は防げるはずだ。

 以前にボマーの爆発で飛ばされた木材が突き立って死んだこともある。

 今回は、そうはならない!


 この戦いに運は絡まない。絡ませない。

 ならあとは、ただ実力で奴を上回り、倒せばいいだけだ!


「分身の術! いけ!」


 分身にマチェットを持たせ、突っ込ませる。

 俺も同時に突っ込んでいく。


 左右から挟み込むようにして攻撃を加える。


 料理人は迷う様子を見せる。

 両方をまとめて攻撃するように、大きく横振りする。


 大振りの攻撃なら、避けるのはたやすい。

 俺はかがみこみながら前に踏み込む。

 振られた包丁が頭上を過ぎる。

 死角に入って、後頭部に鉈を打ち込む。


 同時に分身を操作して、背後に下がらせている。

 狙いの甘かった包丁の一撃は分身へ届かない。


「ウガアア!」


 料理人は苛立たし気な声をあげ、分身を追って足を踏み出す。

 俺はさらにその背中に追撃する。


 料理人が振り返る。

 俺は背後に飛びのいて距離を取る。


 背後から分身がマチェットで攻撃する。


「グウ……」


 さらに、トウコが準備を終えて銃撃をはじめる。


 鉈の手ごたえが変わる。

 弾かれる感覚はさっきより弱い。

 敵を保護する膜が薄くなったかのようだ。


「効いてるぞ!」

「いけそうっスね!」


 攻撃の蓄積(ちくせき)で、耐久力を削ったんだ。

 ヒットポイントを削ったということだ。

 銃弾はより深く肉をえぐる。

 鉈を打ち込めば、肉を切り裂き血が噴き出す。


 もう少しだ!


 料理人は攻撃をやめて体の前に包丁を構えて防御態勢を取っている。

 その体がわずかに膨らんだように見えた。


 ボマーじゃあるまいし、爆発するわけじゃないと思うが――


「気をつけろ! なにかするかも――」

「――グウオァァァァァ!」


 それはこれまでで最大の咆哮だった。

 大音量が響き渡る。


 雄叫びが、まるで衝撃波のように周囲を揺らす。


「ううっ!?」

「ああっ!?」


 揺らされたのは()()だ。


 俺たちは怒鳴られた子供のように、びくりと身を震わせて動きを止める。


 名称しがたい恐怖がわき上がる。


 ――逃げろ逃げろ逃げろ!


 操作が途切れて棒立ちになった分身が両断されて塵となる。


 俺は呼吸も忘れて、膝から崩れ落ちる。

 心臓がぎゅっと握りしめられたような感覚。苦しい。


「はあ……うぐ……!」


 これはスキルだ……!

 咆哮に()()()()()()が乗っている。

 最初に自律分身が食らわされたものよりも、強力。


 ゆがむ視界の中で、トウコが床にへたり込んでいるのが見える。


 料理人が俺のほうへと向き直る。

 振りかぶられた肉切り包丁がギラリと輝く。


 身を躱そうにも、俺は立ち上がることすらできない。

 そのとき、トウコが叫び声をあげる。


「やめろぉぉ!」


 震える腕で銃を持ち上げる。

 銃口は大きくぶれて狙いは定まらない。

 引金が引かれるが、弾丸は見当違いの方向へ飛んでいく。


「グア?」


 料理人がトウコのほうへ振り向く。

 俺に背を向けて、トウコへと向かっていく。


 トウコが続けて発砲する。

 何発かは命中するが、動きを止めるには至らない。

 料理人が肉切り包丁を振り下ろす。


 ――ま、間に合え!


 俺は精神を集中して、術を練る。

 トウコに対象を狙い定める。

 焦りと恐怖が心を乱す。


 【入れ替えの術】を発動しようとして――失敗する。


 咆哮によって乱された精神では、スキルを発動させられないのか!?


「まっ――」


 待て、と言おうとして手を差し出す。

 だが待ってくれるはずはない。


 肉切り包丁が振り下ろされる。


 トウコがかばうように持ち上げた腕が、銃を持ったまま切り飛ばされる。

 腕がくるくると宙を舞う。

 腕を切断した包丁はそのままトウコの肩から胸までを大きく深く切り裂く。


「――あ……」


 悲鳴すらも上げず、トウコが横倒しに倒れる。


「な、なんだと……」


 俺は力なく差し伸べた腕を下ろす。

 体に力が入らない。

 失敗した。間に合わなかった。


 咆哮によって(しな)びてしまった心が、さらに打ちひしがれる。


 ――()()()、駄目か。


 諦めが俺の心によぎる。

 そうだ。死んでも次がある。

 次回頑張ればいい。

 次こそ、こいつを倒そう。


 もう攻略方法は見えてきた。

 咆哮の対策をして……それで……。


 料理人が倒れたトウコに背を向けて、俺のほうを向く。

 次は俺の番ってわけだ。


「グオォアッ」


 奴が肉切り包丁を振り上げる。

 鉄の塊が、勢いよく振り下ろされる。


 そのとき、銃声が(とどろ)く。


 料理人の指が吹き飛ばされ、包丁が手をすっぽ抜けて飛んでいく。


 トウコの左手に新たに生み出された銃から硝煙(しょうえん)が立ち上っている。

 トウコの口からは鮮血がこぼれている。


 さらに連続して放たれた弾丸が、料理人の腕を吹き飛ばす。


 トウコが俺を見る。

 口が動く。言葉の代わりに血が吐き出される。


 ああ、言いたいことはわかっている。

 ――あきらめるな!


 俺がさんざん、言ってきたことだ!


「うおおおお!」


 俺は動かない体に(かつ)を入れる。

 叫び声をあげて立ち上がる。


 俺は(なた)を振り上げ、料理人の(のど)を狙う。


 もう、奴に保護はない。

 さっきのトウコの連続射撃で、ヒットポイントはなくなった。


「くたばれーッ!」


 防御膜に弾かれることなく、刃は肉を切り裂く。

 大量の血が噴き出して、俺を赤く染める。


 だが、奴は倒れない。

 残った腕を伸ばして、俺をつかもうとする。


 俺は刃を返して、渾身(こんしん)の力で斬撃を放つ。

 だが、重みのある鉈は剣速が遅い。


「――ファストスラァァッシュ!」


 振った鉈に、スキルが速度を加算する。

 勢いの乗った刃が、奴の首をはね飛ばす。


 料理人の頭がくるくると回転しながら飛び、床に落ちてぼとりと鈍い音をたてる。

 頭を失った体から血が噴水のように立ちのぼり、俺たちに降り注ぐ。


 料理人の死体がどさりと後ろ向きに倒れ、塵となって消える。


「……っはは。勝ったぞトウコ! ……トウコ?」


 トウコは倒れたまま動かない。

 腕と胸から流れ出した血が、床に大きな血だまりを作っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] このときトウコの精神ってどうなってるんでしょうね。復活まで意識がないのか、背後霊状態なのか、入り口で復活は終わっていてゲームオーバー待ち状態なのか
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