ボス部屋のブリーフィングと威力偵察! その2
俺は自律分身の記憶を追体験している。
――食堂は明るいな
――いちおう、燭台に火をつけよう
――ナイフにフォーク……腐った料理。匂いがひどい。
ここまでは俺からも見えていた内容だ。
――このドアが厨房へ続いているのか
覗いた先は厨房――調理場だ。
――当たり前だがステンレスでピカピカの現代的なシステムキッチンではないな。
清潔とは言えない調理場には壁一面に調理器具が吊り下げられ、並んでいる。
オタマ、麺棒、フライパンや鍋。物々しい刃物など。
大きな暖炉のようなかまどの上で謎の料理がぐつぐつと煮込まれている。
――鍋の上からはみ出しているのは……人間の腕か!?
――ひどい匂いがする。
料理の前に巨体のゾンビが立って、まるで料理をしているかのように火と鍋をみている。
血で汚れた前掛けをかけたゾンビだ。
部屋に入ってきた自律分身に気付いて、振り向く。
――グォォォォァ!
――ぐっ! ……はあっ!
大音量の雄叫びが耳を貫き、その迫力に冷や汗が流れる。
自律分身は恐怖に身を竦ませる。
料理人ゾンビが台の上に置かれていた包丁をつかんで投げる。
――ヤバいっ!
とっさのところで、シャベルを盾のように掲げてはじく。
はじかれた包丁が天井に突き刺さり、びぃんと鳴る。
――イィィィトォォォ
料理人ゾンビが何ごとかを叫ぶ。
そして、火にかけていた大なべを両手でつかむ。
じゅうと手の焼ける音がする。
ゾンビはそれを自律分身に向けて、ぶん投げた。
――な、なにっ!
狼狽した自律分身が大きくそれを回避する。
鍋と、その中身がぶちまけられながら宙を飛ぶ。
アツアツに熱せられた謎の料理……ゾンビ汁が床にぶちまけられて湯気を立てる。
大きな鍋が床を転がり、がらがらと音をたてる。
完全には避けきれず、足に火傷を負う。
――ぐあっちい!
自律分身は床に転がりながらも、ナイフを投擲する。
料理人ゾンビへナイフが突き立つ。
だが、揺らぎもしない。まったく効いた様子がない。
なんとか自律分身が立ち上がる。
そこへ料理人が巨大な肉切り包丁を振りかぶる。
調理器具というには大きすぎる。もはや武器にしか見えない。
斬馬刀のような、バカげた大きさの包丁だ。
騎士鎧が持っている大剣よりも短く、幅広で片刃。
料理人は血でサビたそれを軽々と振り下ろす。
自律分身はなんとか躱して、テーブルの陰に隠れる。
――グウォォォ!
料理人が咆哮をあげ、包丁を振り上げる。
テーブルごと粉砕し、自律分身に振り下ろされる。
――避けれねえ!
自律分身は肉切り包丁をシャベルで受けようとする。
スコップ面を盾のように体の間に差しはさんだ。
だが、受け止めきれない。
シャベルの鉄板がひしゃげて歪む。
――うぐあっ! か、解除しろーッ!
そのまま、肉切り包丁が肩から胸へとめり込む。
べきべきと音をたて、胸部の骨が砕け折れる。
激痛が俺の身を焼く。
――フィードバックが終わる。
「うぐああーッ!」
俺は引き受けた記憶と痛みに身をよじる。
とんでもないパワーだ。
ちょっとしたナイフなんて、ものともしない耐久も持ち合わせている。
……コイツに、勝てるか!?
「ちょ、店長!? 大丈夫っスか!?」
俺は汗をぬぐいながら言う。
混乱した頭と意識を落ち着かせるように大きく息を吐く。
「ふうっ……ああ、大丈夫だ。敵は料理人の姿をしたゾンビ……らしきヤツだな。力が強くて頑丈だ」
俺は体験した情報を短くまとめて伝える。
トウコは実際に戦ったことがあるから知っている内容だろう。
だが、別の視点でまとめた情報には意味がある。
「うん。そうっスね!」
トウコは頷きながら素直に聞いている。
「武器はデカい包丁。攻撃を防ぐのは無理そうだ。自律分身は一刀両断にされかけた」
「そうなんスね!」
「だから注意しろ。絶対に近づかれないようにするんだ!」
「リョーカイっス!」
トウコはシュタっと片手をあげて敬礼する。
返事はいいが、どうも態度が軽い。
――本当に聞いているのか、疑いたくなる。
「もしかするとスキルを使うかもしれん。たとえば咆哮とかシャウトみたいなものだ」
「ビビらせてくるヤツっスね! オッケーっス!」
トウコが軽い調子で応える。
――でもその軽い調子が今は心地いい。いや、いつだってそうだ。
状況にそぐわない軽快さで、この館の陰鬱な空気までも軽くしてくれる。
空気を読まない明るさのおかげで、これから挑む難関すらも簡単だと思わせてくれる。
「飛び道具にも注意しろ。包丁を投げてきた」
「こっちも飛び道具っス! 負けないっスよ!」
トウコが頼もしい表情を浮かべ、銃を顔の前に構えてみせる。
「それから――」
「――グォォオオォ!」
なおも説明を続けようとする俺を遮るように、奴の叫び声が響く。
こちらに気づかれたか。
コックが厨房を出て、食堂へと現れる。
準備時間は終わりだ!
自律分身の偵察のおかげで、俺はすでに一度、奴と戦うことができた。
一度死ぬほどの経験だ。
二度、負けるわけにはいかない!
「行くぞ! さん、にい、いち、ぜろ!」
「――突入ッス!」
俺たちは相棒のように、ドアをくぐって突入した。
ついにボス戦がはじまる!