霧と月光の二ウェーブ!
地面に突き立っているシャベルと、落ちている魔石を回収する。
やっぱり武器があると戦いがはかどるね!
俺はシャベルを手にニヤリと笑う。
二ウェーブは始まったばかりだ。
「このまま残りを外で迎え撃ってもいいが……館の中に戻るか?」
これまで、ウェーブ開始のタイミングで館の外にいたことはない。
この場合どうなるんだ?
明るさは問題ないだろう。月光がさしていて館の中より明るい。
霧のせいで視界は取れないが……。
霧のかかった中庭の奥から、続々とゾンビたちが現れる。
歩みの遅いゾンビ達とはまだ距離がある。
その中から、遅いゾンビを押しのけてランナーが現れる。
ひんやりと冷たい風が吹き雲が月を隠した。
光が遮られて、あたりが暗くなる。
分身の持ったロウソクの炎がちらちらと頼りなく揺れる。
「……なにか嫌な感じだな。館の中に戻ろう」
霧が濃くなり、ゾンビたちの姿が隠されてしまった。
うめき声だけが不気味に霧から漏れてくる。
今のうちにエントランスホールに戻ろう。
ドアを通ればすぐに館に入れる位置だ。
「ん……?」
館側に振り返った俺の視界の端で、なにか動いた気がする。
白っぽいなにか。
……霧? 気のせいか?
いや、このダンジョンに限っては気のせいなんてない!
左右を見回すが、なにもいない。
あやしいものはない。
それでも、ぞわぞわと肌が危険を訴えている。
これは【危険察知】の反応だ。
なにか、ヤバい……。
また見えない敵か?
いや、さっき確かに、ちらりとだが動く姿が見えたんだ。
つまり、俺の視界の外にいるってことか!?
左右でも背後でもない。
――となれば、残る方向はひとつ。
「――上だ!」
顔を向けると、すぐそばの壁に、女が四つ足で張り付いている。
女が笑う。
「げっ! ま、窓の――!」
俺は驚愕の声をあげ、その場に凍り付く。
女の耳元まで裂けた口が、がばりと開く。
俺は驚きと恐怖で、動きが遅れる。
俺の頭を食いちぎらんと、女が頭上から跳びかかる。
がばりと大きく開かれた口には鋭い歯が生えている。
驚きのあまり、俺の体はすくんでしまっている。
――回避だ! 動け! 殺られる!
「おおぁっ!」
とっさにシャベルを振り上げる。
ギリギリのところで、俺の頭と女の間に割り込ませた。
鋭い歯をシャベルで受け止める。
女は、そのまま俺の体に着地する。
「うおっ……!」
女がシャベルを払いのける。俺の手を離れてシャベルが飛んでいく。
俺は頭上から跳びかかられた勢いに耐えきれず、体勢を崩す。
倒れかけながらも、左手の鉈鎌を振るう。
女が俺を蹴って跳びあがる。
鉈鎌は空を切り、俺はさらに体勢を崩す。
「ぐっ……」
俺は蹴られた勢いで、地面に叩きつけられようとしている。
両手で武器を振るいながら体勢を崩したために受け身が取れない。
地面に衝突する瞬間、体を丸めて衝撃を吸収する。
頭を体の内側に入れ、肩をつけて後ろ側に体を流す。
くるりと一回転したところで、膝立ちの状態で止まる。
――なんとか、衝撃を逃がせた。
【受け身】スキルの補助があってこその、無理な動きだ!
再び壁にへばりついた女が、四つん這いで俺を見下ろしている。
音の出ない小さな空気音をたてて、笑っている。
白いぼろ布を身にまとった女――窓の外で笑っていた女だ。
ここは館の外で、地下倉庫を出たところだ。
つまり、二階のバルコニーの下に位置する。
その隣の寝室の窓にコイツはいた。
となれば、壁に張り付いて室内を覗いていたに違いない。
それが今、こうして襲ってきているわけだ……。
まさか物理的に襲って来るとは!
ああいうのは、驚かせるだけの心霊系のなにかだと思っていた……。
その時、俺の背後から、ランナーの威嚇音が聞こえた。
「シャアアァ!」
窓女に注意を向けながら、体勢を変えて背後を見る。
ランナーが霧の中から走り出てくる。
その背後にはゾンビの群れ。
頭上の壁面には窓女。
ここで戦えば、挟み撃ちになる。
館に入るには窓女の下を通らなければならない。
頭上を取られているのは分が悪い。
戦っている間に背後のゾンビに追いつかれる。
「なら――突っ込め分身!」
ロウソクと荷物を持った分身が、館の入口へと走る。
窓女はそれを目で追う。
跳びかかろうと体を動かしたところで、俺はマチェットを構えて威嚇する。
俺を警戒して、窓女は動かない。
分身を見送って、俺に笑みを向ける。
その表情は――笑いに似ていてそうではない。
感情がまるでこもっていない笑み。
喜びや親愛の感情などであるはずがない。
輝くような笑顔とは真逆。暗く澱んでいる。
俺の背後にランナーが迫っている。
地面を蹴る足音が近づいている。
だが俺は振り向けない。
先ほどとは逆に窓女が俺をその笑みでけん制している。
このままでは挟まれる。
位置が悪い。
「このままじゃ分が悪い。――ただし、壁面を駆ければ別だぜ!」
俺は上に――壁面に対して足を踏み出す。
術が発動し、壁が床になる。天地が入れ替わる。
これで俺の頭上を取っていた窓女が、前方に位置する。
俺は壁を駆け上がりながら、鉈を振るう。
窓女が背後に下がって鉈を回避する。
後を追うように踏み込み、マチェットを振る。
素早く、鋭く。
「――ファストスラッシュ!」
マチェットが【片手剣】のアクションスキルを発動させ、さらに剣速を上げる。
窓女の喉を深く切り裂く。
俺の上に血の雨が降りかかる。
「ケハッ!」
窓女が切り裂かれた喉を押さえ、壁面から落下する。
俺は前から落ちてくる窓女を迎え撃つように鉈鎌を振り下ろす。
鈍い鉈が頭蓋をかち割りながら、壁に女を叩きつける。
塵に変わり、魔石が落ちる。
俺はそれをつかみ取り、二階のバルコニーへと降り立つ。
「ああー! 怖かったわー!」
心臓はバクバクだ。
乱れた呼吸と暴れる心臓を抑えるのに、しばらく時間がかかった。
トウコを主人公としたスピンオフ小説を投稿します!
読んでいただけると嬉しいです。
冷蔵庫・オブ・ザ・デッド!
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