妖艶な陽炎。お触りは禁止です!?
地下倉庫の階段を降りていく。
分身を出して、ロウソクを持たせる。
ロウソク立てがないので、布を巻いて手に溶けたロウがかからないようにしてある。
分身は痛みを感じないが、俺が持つ場合には必要だ。
分身が先行し、地下倉庫の中を照らす。
敵影なし。
ここには初期配置の敵はいないようだ。
二ウェーブはもうじき始まるはずだ。
その前に工具武器を手に入れて外へ出たい。
分身の後に続いて、俺も倉庫を進む。
すると、なにかにぶつかった。
「なっ!?」
俺はとっさに背後へ下がる。
なんだ……?
やわらかい感触だった。
まるで人間――だが、人の姿はない。ゾンビもいない。
分身を振り返らせて、ロウソクで俺の前を照らす。
やはりなにも――。
いや……いる!
ロウソクの光が当たった部分が、揺らいでいる。
陽炎のようにゆらゆらと向こう側が歪んで見える。
光の屈折でわかる。なにかがそこにいる。
「だ、誰かいるな!? 隠れてないで出てこい!」
……また、小物じみたセリフを吐いてしまった。
姿の見えない相手は、どうも苦手だ。
【隠密】らしきスキルで姿を隠していたときもそうだ。
俺は自分が【隠密】や【暗殺】を使うだけあって、見えない敵の恐ろしさを知っている。
認識できない攻撃は避けられない。
気づく暇もなく致命的な攻撃を受けるかもしれない。
「うん? もしかして、こいつが目無しの化け物ってやつか……」
冷静になって考えてみれば、ここには見えない敵がいるんだった。
トウコが言っていた目無しの怪物。
前回、俺には見えなかった。
もちろん触ることもできなかった。
今は、触れる。
なら、見えてもいいはずだ。
――目をこらせば見えてくる。
陽炎のように、ロウソクの光を屈折させている。
その輪郭は、人間の姿だ。
丸みを帯びた体の線は女性的な美しさを備えている。
妖艶なその姿は……半透明な半裸の女性だ。
「トウコは無害だと言っていたが……目に毒だな!」
半透明で半裸。スケスケだ。
顔はよく見えない。目や口がないらしいが……。
目の前の目無しが声……いや、鼻声を発する。
「ん……んんっー」
その声色は……なまめかしい。
そして、こちらにふらふらと近づいてくる。
手を差し伸べ、まるで誘うように――
「や、やばい!」
【危険察知】も【回避】も反応しないけどヤバい!
なにか、これに触れてはいけない気がする。
その手をかいくぐり、後ろに下がる。
背中に生あたたかく、柔らかい感触。
な、なんの感触かな!?
「んー。んうぅー」
耳元で、湿った鼻声が聞こえる。
囲まれている……。
ほとんど見えないので、気付かなかった。
気配すら希薄だ。
周囲に四体か五体の目無しがいる。
前も後ろも、左右にもいる。
「無視して寄ってこないんじゃなかったのかよ!?」
無警戒に近寄ってくる目無しを倒すのは簡単だ。
だが、倒せばネズミがわく危険がある。
……いや、俺の場合は弾丸を減らすことなく倒せるのか。
トウコとは違う。倒してしまえばいい。
「だけど、なんか気持ち悪いから放置! 放置推奨!」
俺は手を伸ばし、天井に触れる。
【壁走りの術】を発動させ、天井へ張り付く。
目無したちはうろうろと動いているだけで、俺を見失う。
そのまま、包囲を突破して道具置き場になっている一角へとたどり着く。
「よし、さっさと目的のものを回収して脱出する!」
革のベルトに鉈鎌、マチェット、手斧、バールを吊る。
シャベルを手に持つ。
クラフトの素材にできる古いベルトや釘が入った小さな木箱を分身に持たせる。
「そろそろ効果時間が切れそうだな。分身、交代だ」
新しい分身を出し、古い分身から荷物を受け渡す。
もっと効果時間が長ければいいんだけどね。
残念ながら【分身の術】を永続的に出すことはできない。
一度出した分身の効果時間を延長することもできない。
なんでもできる都合のいいものじゃない。
【自律分身の術】は【分身の術】とは別スキルで、もっと効果時間が長い。
それでも、効果時間には限りがある。
時間の延長ができたら、分身の使い方も変わってくるんだけどなあ。
より便利に、より強くするために【分身の術】のスキルレベルを上げようと思っていた。
だけど、今の状況ではスキルレベルを五に上げるのは難しい。
高レベルになるほど必要ポイントが高くなる仕様だからな。
スキルポイントを別のスキルへ振って、今すぐ戦力増強するというのも考えなきゃな。
これまではトウコの銃弾や経験値を優先してきたが、俺のレベルを上げる作戦もアリだ。
今回ボスが倒せないようなら、次回そうするか。
「さて、必要なものは手に入れた。長居は無用だ!」
二ウェーブがはじまる前に地下倉庫から出るぞ!
俺は天井を這って、目無しを回避しながら外への階段へたどり着く。
分身は普通に歩いて階段へたどり着く。目無しに邪魔されることはなかった。
「あきらかに目無しは分身を避けている……」
やっぱり手に持ったロウソクの光が関係しているんだろうか。
俺がロウソクを持って近づいたらどうなるのか気になるところだ。
だが今は試さなくていいだろう。
二ウェーブを地下で迎えたくない。
俺は階段を駆け上がり、外へ出た。
「シャアアァ!」
「おっと! はじまったか!」
階段を出てすぐに、俺を見つけたゾンビが叫び声をあげる。
二体のランナーが走り寄ってくる。
「来いっ!」
俺はシャベルを構え、槍のように突き出す。
走ってきたランナーは勢いそのままに顔面からシャベルの剣先へ突き刺さる。
尖ったシャベルの先端がゾンビの顔面をえぐる。
シャベルの先端の湾曲に沿って、ゾンビが外側に倒れる。
すかさず頭部にシャベルをあてがい、体重をかけて踏む。
ゾンビの頭部が破壊され、塵と化す。
「ジャアァッ!」
すぐそばに迫った二体目が、俺にぶつかるように飛び込んでくる。
俺はシャベルを地面に突き立てたまま放置して、身を躱す。
ゾンビは体を泳がせるようにして行き過ぎる。
俺は躱した動きに回転を加えながら踏み込み、ベルトから抜いたマチェットを振るう。
「うらあっ!」
月光を反射したマチェットがきらりと輝く。
その一撃がゾンビの背中を切り裂く。
【片手剣】スキルはちゃんとマチェットに乗っている。
まだ回転は止まらない。
さらに、左手の鉈鎌を遠心力と武器の重さで振り回す。
「でやあっ!」
鉈の先端、カギ爪状の突起が後頭部に深々と刺さる。
血しぶきが飛ぶ。
ゾンビが塵となり、魔石に変わる。
マチェットをベルトに刺して、魔石を空中でキャッチする。
「両手持ちでの二連撃だぜ! 工具最高だな!」
ホラーテイストは不評かな……。
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