四周目! 待つだけじゃない!
ふわふわと意識だけで、俺は漂っている。
乗り物酔いのような不快感を覚える。
頭部をつぶされて、俺は死んだ。
避ける体力も気力も残されていなかった。
あれはいったい、なんなんだ。
ゾンビじゃない。
いや、ゾンビとは限らないんだ。
このダンジョンはゾンビ縛りじゃない。
目無しの怪物やネズミはゾンビじゃないからな。
なら、あの騎士鎧はなんだ?
首なし騎士か?
デュラハンなら、首や体はあるはずだ。
動く鎧か?
兜の中に、頭部はなかった。
鎧の首部分からも中身は見えなかった。
黒いもやもやしたものは、なんなんだ。
あれが、鎧を動かしているんだろうか?
まあ、どっちにしろ厄介な敵であることに変わりはない。
次は……倒す。
俺は冷蔵庫から吐き出され、床に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「て、てんちょぉー。……ぐすっ」
俺は頭を振って立ち上がる。
トウコは床にぺたりと座り込んで、泣いている。
「――え? なに泣いてんだ?」
また不安定になったか?
いや、前回とは様子が違う。
泣きながらも、嬉しそうな笑顔を浮かべて鼻をすすっている。
「だって……見てくださいよ。リン姉からご飯の誘いがあったんスよぉ」
トウコの目には大粒の涙が浮かんでいる。
差し出された端末には、リンからのメッセージが表示されている。
たどたどしいながらも、心のこもった温かみのある文章だ。
トウコが来てくれたらうれしい、ということが伝わってくる。
このメッセージは俺が助けを呼ぶ前の時間に送信されている。
だから俺が助けを求めたこととは関係ない。
ただ友達としてトウコを誘っている……それが大きな意味を持っているんだ。
「よかったな。トウコ。コミュ障のリンが誘うなんてよほどのことだぞ!」
俺なんて、ストーカーされてるのに声を掛けられるまで何日もかかってるし。
会話できるようになるまで数か月かかってるからな。
リンは勇気を振りしぼって誘ったにちがいない。
……リンも成長したのかな。
「……うう。それに店のみんなからもいっぱい連絡が入ってたっス! あたしのこと心配してくれてるっス!」
「だから言ったろ。みんな心配してるんだ。早く脱出して店に行こう!」
「うん……。そうっスね。そうっスよね……!」
冷蔵庫の触手がうねうねと伸びる。
泣き笑いを浮かべて端末を握りしめるトウコへ触手がからみつく。
容赦のない力で、トウコが冷蔵庫へと引き込まれていく。
俺はその後を追って、冷蔵庫の中へ入った。
再び、ダンジョンの中へ。
俺たちはエントランスホールにいる。
「でんじょぉー! それだけじゃないっス! リン姉が助けに来てくれるって! ここに来てくれるっス!」
泣きながら、端末を突き付けてくるトウコ。
だがダンジョンの中では電子機器は機能しない。
画面は真っ暗で、何も表示されていない。
だが言いたいことはわかる。
「ああ、前回死んだときに連絡しておいたんだ。トウコは待ってる人なんていないって言ってたけど……リンは待ってるだけじゃない。きっと今頃、ここに向かってるはずだぞ」
さっき送ったメッセージを見たら、リンはすぐにここへ向かったはずだ。
ただ待ってるだけじゃない。
俺のためもあるだろうが、友達のために駆けつけただろう。
「……リン姉を巻き込んでいいのかなあ……複雑っス! だけど……うれしいっスね」
「ひとりで無理なら、二人でやればいい。それでも無理なら三人でやる。単純だろ?」
一人で格好よく助けるのが理想なんだけどな。
無理をして助けられないんじゃダメだ。
大変なときには、人を頼ってもいい。
なにもかも背負い込んで潰されてはいけない。
「店長はあたりまえみたいに言うっスけど……単純でも普通でもないっスよ。リン姉を呼ぶのはおかしいっス!」
「え? この状況ならリンの火魔法は最適だろ?」
火は明かりだ。俺たちを照らす光なんだ!
なにがおかしいんだ?
「きょとん……みたいな表情やめてほしいっス。やっぱりバカなんスかねえ……。鈍すぎるっス。女の子を助けるときに彼女を呼ぶとか、ヒド過ぎっスよ!」
なぜかトウコはふくれっつらになっている。
解せぬ。助けに来るのはいいことだ。
「ピンチの時に呼ばれなかったらリンも悲しむだろうし、しょうがないね。俺も巻き込みたいわけじゃないけどさ」
俺たちが二人してここから出られなくなったら、リンも悲しむ。
悪いことなんてないような気がする。
「あー。にぶいー。鈍いっス! どうしようもないっス!」
「なにがよ!?」
「複雑なんスよ! 板挟みなんスよ!」
トウコが地団駄を踏んでいる。
「わけわからんな……」
「ふつうはわかるっス! もういいっス!」
「ウウ……ァア」
「うるさいっス!」
トウコがエントランスに現れたゾンビを射殺する。
やけくそ気味に放たれた銃弾は、しっかりとゾンビを撃ち倒した。
トウコががばっと俺に向き直る。
「で、店長! 今回のプランはあるっスか!?」
「そうだな。リンが助けに来るにはまだ時間がかかる。待ちながら攻略を進めよう」
「待ってるだけじゃダメっスね!」
ダンジョンの外とは時間の流れが違う。
まだ何回か……あるいは何十回か、俺たちはここで待つことになる。
だからといって、自力でクリアすることは諦めない。
助けを待つだけではいられない。
待ちながら、攻略も進める!
「鎧にリベンジしておきたいところだが……倒すのは厳しいか?」
「戦ってもしょうがないっス! あいつは放置が一番っスよ!」
暖炉部屋で燭台や火を手に入れる目的ではあるが、優先度は低い。
燭台やロウソクは他で手に入れられる。
クラフトしてマッチを作れば着火も問題ない。
無理をすることはないか……。
「そうだな。無理に暖炉部屋に行くことはないか……でもなぁ……」
もうちょっとで糸口が見える気がする。
武器があればどうだ。
飛び道具……重いものを投げるとか。
トウコが俺の顔の前で手を振る。
「あー。なに考えてるんスか! 放置! 放置っスよ! 倒しても意味ないっス!」
「まあ、そうだよな。もうちょいな気はするが……」
「放置なんス! そんなに強いのと戦いたいなら、今回はボス討伐を目指すのはどうっスか?」
鎧にこだわる俺に、トウコが代案を示す。
「食堂にいるボスか。そっちなら倒せばクリア――脱出できるかもしれないな」
「手ごわいけど、やる価値はあるっス!」
今のところ鎧はどう倒せばいいかわからないしな。
「ちなみに食堂の奴は本当にボス、なのか?」
トウコはボスと呼んでいるが、それがそういう存在なのか。
トウコは鎧のこともゾンビだと思い込んでいたし、あまりアテにならないところがある。
「え? あからさまにボスって雰囲気っスよ!」
「ふんいき……?」
「なんスか、その疑いの目は!」
たしかに、俺のダンジョンのボスもあからさまな雰囲気があった。
デカい扉で仕切られた専用ステージのような階層。
ゲームのように親切に「ボスが現れた!」と案内はされない。
音楽が大仰なものに切り替わったりもしない。
でも、俺にはアイツがボスだとわかった。
……まあ、雰囲気で判断していたかもしれない。
「たしかに、鎧はボスとは感じなかったな。強敵とは思ったが」
「でしょー? ボスはもっとやばい感じがするっス!」
俺はまだ戦ったことがない。
まずは様子を見て、対策を練ることにしよう。
「よし、そうするか! 今回はボス討伐を目指す!」
「じゃあ、まずはなにからやるっスか?」
「とりあえず、二階へ移動しながら話すぞ」
「うぃーっス」
一階のゾンビを片付けて、俺たちは二階へと向かった。