これは鎧ゾンビでしょうか!? その2
騎士鎧が向かって来る。
がしゃり、がしゃりと足音を立てている。
正面から戦う必要はない。
俺は奴の右側に向かって駆ける。
鎧は俺を正面に捉えようと、その場で向きを変える。
俺はさらに足を速めて、周囲を回る。
相手の周りをぐるぐる回るのは、負けフラグな気がするが……。
鎧が向きを変える速度は俺よりも遅い。
だんだん、振り向く動きが間に合わなくなってくる。
背中が見えてくる。
奴が足を踏みかえた瞬間、俺はさらに内側、背後へと踏み込む。
「取った! くらえ!」
狙うのは鎧と兜の隙間だ!
ナイフを素早く突き入れる。
ぎゃりっと金属の擦れる耳障りな音が響く。
――だが、肉を切った手ごたえがない!
届かなかったか!?
ナイフの長さが足りなかったか?
とっさに首をひねって隙間が閉じてしまったのか?
考えている暇はない。
鎧が振り向きながら剣を振るう。
「うおおっ!」
ギリギリのところで上体をそらして躱す。
目の前を風を切って大剣が通り過ぎる。
速い!
だが、なんとか躱せる速度だ!
続いて、鎧が足を踏み出すように蹴りを放つ。
俺は上体をそらした状態からバク転して距離を取る。
蹴りの速度は遅い。
警戒するのは大剣の一撃だ。
「たしかに、硬いな……。思ったより隙もないぞ」
鎧は俺を正面に捉えて、距離を詰めてくる。
その動きは迷いがない。
正面から攻めてもダメだ。
剣の速度、長さ。踏み込めば斬られる。
毎回避けられる保証はない。
背後からなら攻撃できる。
鎧の隙間を狙うしかないが、大きな隙間は見当たらない。
ナイフでは攻撃が通らなかった。
鉄板は貫通できないし、隙間を貫くにも鋭利さに欠ける。
それでも角度の問題かもしれないから、試す価値はあるが……。
兜には顔面を保護するバイザーが下がっている。
だが、その面には視界を確保するための穴が開いている。
刺突する剣であるレイピアや、ひっかけて倒す長柄の武器のハルバードなどがあればいいが……。
もちろんそんな武器があるはずもない。
アイツの持っている両手剣はぜひ頂きたい!
この館でちゃんとした武器は初登場だからな。
俺は後退する。鎧は距離を詰める。
背後は壁だ。これ以上は下がれない。
鎧が剣を上段に構える。
――来る!
俺は意識を集中して、相手の動きを待つ。
剣を振り下ろす動作の出はじめ――見えた!
空気を切り裂いて、大剣が振り下ろされる。
【回避】が安全圏を知らせるよりも先に、俺は体をひねりながら後ろへ跳ぶ。
剣撃が、ひねった体すれすれを通り過ぎ、空をきる。
背後の壁に着地し、前へ跳ぶ。
「うおおっ! ここだッ!」
ナイフを突きだす。狙いは目。視界を確保するための穴だ。
バイザーに開いた小さなスリットに、ナイフを差し込む。
金属の穴に擦れてナイフがぎゃりぎゃりと鳴き声を上げる。
いかに鎧が硬くても、中身はそうはいかない!
兜にはさまったナイフを手放して、鎧の背後に前受け身のように回転して着地する。
首をひねって、その間にも鎧からは目を離さない。
鎧は倒れない。
振り返りながら、横なぎに剣を振るう。
「嘘だろ……!?」
俺は転がって身を躱す。
だが、わずかに躱しきれない。
「うあっ!」
剣先が肩を大きくえぐり、血が噴き出す。
ちょっとかすめただけだと思ったのに、なんてこった!
痛みに目のまえが暗くなる。
なんとか起き上がろうともがく。
「うぐ……」
立ち上がりかけたところで、俺の上に影が差す。
鎧が両手に構えた剣を振り下ろそうとしていた。
――詰み、か。
そのとき、銃声が連続して響く。
騎士鎧の腕に命中した弾丸がキンキンと高い音をたてる。
――その衝撃が、振り下ろした剣をわずかにそらす。
俺のすぐ横に剣がめり込む。
俺は転がるように背後へ跳ぶ。
「間に合ったっスね!」
「助かったぜ!」
トウコが煙の上がる銃から排莢している。
次の弾丸を込めながら、あきれ顔で言う。
「ってか、なんで戦ってるんスか!」
「……つい、な。時間稼ぎだけじゃなく、倒してしまってもいいだろう?」
戦う必要はなかったけど、強敵を前に体が動いてしまった。
「倒せてないじゃないっスか!」
「ああ。……まあ、これから?」
「はあー!? なに言ってるんスか……。とりあえず物資は回収できたっス」
「じゃ、このやり方で暖炉部屋の攻略は可能と。ついでにコイツの倒し方を考えようぜ!」
肩の傷に布を巻いて止血する。これで、なんとか動ける。
せっかくだから、コイツを倒してしまいたい。
騎士鎧はただ向かって来るだけのゾンビとは違う。
戦い甲斐のある相手だ!
「店長って案外、戦闘狂なんスね……しゃあないっス! で、どうやって倒すんスかね?」
「鎧の隙間か、目を狙えば、あるいは……」
先ほど突き刺したナイフは、バイザーに刺さったままだ。
「なんか刺さってますけど、あれで死なないんスかね」
「だよな? ゾンビって頭を刺したら死ぬよな? なんなんだ、コイツは……」
「知らないっスよ! とにかく、やるっス!」
倒す方法……。
ナイフが脳まで達していないなら、もっと深く刺せばいい。
「俺が隙を作る。トウコは、あのナイフに撃ち込め!」
「難しいこと言うっスね……! でも、やってやるっスよ!」
俺とトウコはニヤリと笑う。
「じゃ、行くぜ!」
俺は鎧へ向かって駆けていく。
体は動く。痛みはあるが、我慢できる。
鎧の右側へ回り込む。
さっきと同じだ。周囲を回って、タイミングをうかがう。
狙うのは、トウコに鎧が背を向けたタイミング。
その瞬間、俺は鎧の背後へと踏み込む。
背後の俺に対して、鎧は振り向きながら剣を振る。
俺はこれを躱す。
やはり、さっきと同じ動き。
整然と、決められたような動きだ。
続けて、鎧が前蹴りを放つ。
これも回避し、その足にウォレットチェーンを巻き付ける。
チェーンを引く。鎧がよろめく。
「今だ! 撃て!」
「リョーカイっス!」
弾丸が、鎧のバイザーに突き立ったナイフに命中する。
ぎいん、と鈍い音をたててバイザーを抉る。
「もう一発っス!」
二射目の弾丸が放たれる。
ナイフの柄に命中して、さらに深く押し込む。
「ダメ押しっス!」
三射、四射目の弾丸がナイフに命中する。
兜の中にナイフが埋まった。
「――やったっスか!?」
――だが、鎧は動きを止めていない。
俺はトウコに向けて叫ぶ。
「やってないぞ! 気を抜くな!」
「……え?」
鎧が大剣を振りかぶり、投擲する。
硝煙を吹き散らし、大剣が飛ぶ。
大剣はトウコの腹を貫通し、壁に突き立つ。
「トウコォ!」
「……ぁ」
トウコがなにかを言おうとする。
しかし、がくりと首を垂れる。
そのままトウコはぴくりとも動かない。
トウコの体が塵となっていく。
塵がさらさらと空中に舞って、溶けるように消える。
「嘘だろ……!?」
なんで動ける。ゾンビは頭部が弱点だろ!
頭部を破壊したのに倒せないなら、どうすりゃいいんだ!?
鎧ががしゃりと音をたてる。
俺に向けて歩いてくる。
攻撃は通らない。
隙間に攻撃を通してもダメだ。
防御力? 生命力? ヒットポイント、か?
俺やトウコにはない力。
リンには防御力があって、角ウサギの一撃に耐えていた。
大河さんはトラックに撥ねられても無傷だった。
……そういう力か? あるいはスキルか?
なんだ。この理不尽さは!
どうすれば勝てる?
――鎧だ。
邪魔なのは鎧だ。
鎧を脱がせて、その下を狙う。
隙間から攻撃しても効かないなら、頭を露出させてから直接叩く!
鎧が拳を振り上げる。
大剣はトウコのいた場所に突き立ったままだ。
だが、鉄の拳だ。
こんなものをくらったら、ひとたまりもない!
「――うおおっ!」
俺はその拳を最小限の動きで躱す。
鉄拳が床を殴りつける。
振り下ろされた鎧の腕を足場に、兜に両手をかける。
そのまま体をひねりながら踏み切り、跳びあがる。
「おりゃあッ!」
がりっと鎧と兜の接合部分が擦れて金属音をたてる。
兜がぼろりと取れる。
ゾンビで試した首ねじ折り技だ。
俺は鎧の背後に着地すると、ねじり取った兜を捨てる。
からからと兜が転がる。
兜を失った鎧は――
「なん、だと? 頭が……ない!」
鎧の首から上にはもやもやとした闇が蠢いている。
捨てた兜に目をやると、その中にも同じ闇が――
ぎしり、と騎士鎧が軋む。
「はは……まだ動くのかよ……!」
頭部を失った鎧の腕が、俺の頭に振り下ろされる。
俺の意識は断ち切られた。