踊り場の死闘! 賭けるより駆けよ!
踊り場の床には燭台が置かれ、蝋燭の炎が揺らめいている。
エントランスホールには大きな明かり取りの窓がいくつもある。
そのため他の部屋よりも明るく、トウコも自律分身も動けている。
「シャァーッ」
「ウゥー」
二階から次々とゾンビが押し寄せている。
そして踊り場にいる二人に襲いかかる。
銃を構えたトウコが迎え撃つ。
「――くらえっス!」
「アガッ!」
放たれた弾丸がゾンビの脳天をぶち抜く。
後頭部から脳漿が噴き出す。
倒れたゾンビが階段を転げ落ちる。
踊り場へ叩きつけられ、その衝撃で塵となる。
さらなるゾンビが、次々と階段上から現れる。
トウコの背後では自律分身が逆側の階段から来るゾンビを防いでいる。
噛みつこうとするゾンビを花台で受け止める。
「うらぁっ!」
気合の声を発して、逆の手に持った包丁をゾンビの目玉に突き立てる。
脳まで達した一撃で、ゾンビが塵となる。
数体のゾンビが踊り場まで侵入する。
階段を転げ落ちたゾンビが、薄明りの中でふらりと立ち上がる。
「くっ! トウコ! こっちを頼む!」
自律分身は必死にゾンビを押しとどめているが、数が多い。
押し負けてじりじりと後退する。
トウコが銃に弾を込めながら振り向く。
「リョーカイっス!」
銃を腰だめに構え、手のひらであおぐように撃鉄を起こし、連続で射撃する。
ゾンビが銃弾を浴びて倒れる。
自律分身がゾンビにトドメを刺し、額ににじんだ汗をぬぐう。
「ナイスだ! しかしキリがないな! ……おいおい、来たぞ!」
階段の上に、巨体のゾンビが現れる。
丸々と肥えた体から腐った液体を垂れ流している。
「グウェエェエッ!」
爆発するゾンビだ。
階段へとよたよたと踏み出してくる。
その体で階段を降りることなどできない。
ぐらりと体を揺らすと、階段を転げ落ちてくる。
――トウコが叫ぶ。
「やばっ! ボマーっス!」
俺は一階の敵を始末しながらトウコたちの様子を意識の端で捉えていた。
勢いよく階段を転げ落ちてくるボマーからトウコが後ずさる。
そのとき、倒れていたゾンビがその足を掴む。
「――あっ!」
トウコがバランスを崩し、ゆっくりと後ろへ倒れていく。
自律分身が驚愕の表情を浮かべるのが見える。
――マズい!
このままではやられる!
どくんと、心臓が跳ね上がる。
――意識が加速する。
脳に血液が流れ込み、快楽物質があふれ出る。
視界が明るく輝きだす。
ここから踊り場までは距離がある。
釣りだした一階のゾンビが踊り場へ向かわないように離れていたのだ。
――だが、届く。
その長い距離を、俺は全速力で走破する。
足に力を込め、腕を振る。
前へ。前へ。もっと速く!
耳元で風が唸る。
自分の腕が風を切る音が聞こえる。
踏み出した脚が床を蹴る。力強く。それでいて静かに確実に。
【歩法】によって加速した体は、一歩ごとにぐんぐんと距離を縮めていく。
ステータスで底上げされた敏捷力が常人を越えた速度を生み出す。
エントランスホールを駆け抜けながら深く集中して術を練る。
【入れ替えの術】の狙いを定める。
狙いはトウコだ。
だが、ゾンビに掴まれた状態では術が成立しない。
俺の意図を察した自律分身が、包丁を投げ放つ。
腕を貫かれたゾンビの手が緩む。
トウコは尻もちをつくように倒れて動けない。
それがいい。動けないのがいい!
「――入れ替えの術!」
射程距離ギリギリのところで、術が発動する。
俺とトウコの位置が入れ替わる。
――俺は踊り場へ。
――トウコは階段下、エントランスホールへ。
【入れ替えの術】は慣性を殺さない。
俺は走ってきた勢いで、踊り場の壁にぶち当たる。
その衝撃で俺は動けない。
ボマーが弾むように階段を転げ落ちてくる。
自律分身が花台を手にして振りかぶる。
「――うおおっ!」
雄叫びをあげて振るわれた花台がボマーの肉を打つ。
衝撃が伝わり、たるんだ肉がぶるんと震える。
だが、百キロを大きく超える巨体の勢いを止めることはできない。
花台がへし折れて砕けた木片が飛び散る。
ボマーの勢いは止まらない。
自律分身が巨体の下敷きになる――。
――その直前。
「解除だッ!」
俺は【自律分身の術】を解除して、潰される寸前の分身を消す。
意識のフィードバックをおさえこむ。
集中が途切れて、加速していた意識が戻る。
心臓がどくどくと脈打ち、呼吸が乱れる。
「く……はあっ!」
俺は胸をおさえて、息を大きく吸う。
ボマーが激しく踊り場に叩きつけられる。
自律分身が押しとどめてくれたおかげで、ギリギリ巻き込まれずにすんだ。
「グウェッ!」
口から酸性の液体が吐き出され、周囲にまき散らされて白煙を上げる。
酸っぱい匂いが立ち込める。
ボマーが内側からふくれ上がり、赤い光を放つ。
「ちいっ! 爆発するぞ!」
踊り場全体が爆発範囲内だ。
【回避】が安全な場所がないと告げている。
俺は周囲を見回す。
左の階段側には爆発寸前のボマー。
飛び越えて向こう側へ行くのは時間がかかる。
右側の階段にはゾンビの群れ。
こちらも使えない。
一階への階段をくだる?
そうすれば距離を取ることはできる。
だが、いまから動いても爆発範囲から完全に逃れることはできない。
でも、もしかしたら助かるかもしれない。運が良ければ!
運だって!? なに言ってる!
そんなものに賭けるつもりはない!
俺は上を振り仰ぐ。
明かり取りの窓から、月明かりが差し込んでいる。
踊り場に安全圏がないのなら、外へ!
運に賭けるのではなく、壁を駆け上がる!
「うおおっ! 間に合え!」
壁を走って大きな明かり取りの窓を目指す。
踊り場に安全圏はない。あるとすればその外! 窓の外だ!
ボマーが爆発する。
爆音。爆風が吹き荒れる。
ちょうどその時、俺は窓を踏み抜き、窓の下へ落下し始める。
――と同時に、俺の背中を爆風が押す!
「ぐっ! うおあっ!」
上下もわからないままに館の外、空中に投げ出される。
俺は爆風にもみくちゃにされ、回転しながらも手を伸ばした。
壁なのか床なのか……それに触れた俺は【壁走りの術】を発動させる。
術の効果で、接した面が下になる。
壁面を転がり、なにかにぶつかって止まる。
「ぐはっ!」
ここは館の外、バルコニーの下だろう。
館の外壁と天井の角に俺は張り付いて、息を整える。
「……はあはあ。ふう……。なんとか、生き残ったようだな」
窓から爆風とともに飛び散ったガラスや木片が地面へと落下していく。
月明りを反射してガラスがキラキラと輝く。
ハードな状況の中、俺はそれを眺めながら安堵の息を吐いた。
ことわざや名言っぽいタイトルシリーズ!
でも「賭けるより駆けよ!」なんてことわざはありません。
試験に出ないよ!