見え方はそれぞれです! ~地下倉庫~
俺達はバルコニーから降りた。
ショートカットして、館の外に出た。
洋館と中庭の間に立っている。
中庭には濃い霧が立ち籠めている。
頼りない月明かりのなか、冷たい風に吹かれた霧がうごめく。
そのさまはまるで生き物……化け物めいて見える。
いかにも、なにか出そうな雰囲気……。
俺は沈黙に耐えかねて、トウコに問う。
「……案外あっさり、館の外へ出られるんだな」
「別に閉じ込められてるわけじゃないっスからね。最初にここへ来たときは山道にいたっス」
山道?
館のエントランスがダンジョンのスタート地点ではないのか……。
俺は途中参加だから、山道スタートにならなかった?
不思議だな。
「館の外……山道に出たらどうなる?」
「外のほうがヤバい雰囲気っスけど……。やってみないとわからないっス」
館から脱出しても、ダンジョンから出られるわけじゃない。
中庭に出ても、山道に出ても、そこはダンジョンの一部だ。
ダンジョンの外へ出られるわけではなかった。
俺は前に館から脱出すればダンジョンから出られると予想していた。
だが、そのルートはない。選択肢が一つ消えてしまった……。
風が霧を吹き散らし、中庭の奥が見えた。
噴水や生垣が見える。
急に開けた視界は、まるで俺を呼んでいるかのようだ……。
「店長! そっちへは行かないっスよ! なんかヤバイやつがいるっス!」
「ああ……そうだな。倉庫を見よう」
中庭を背に振り返れば、館の裏側だ。
館への出入り口が左右にある。
これはエントランスホールの階段の下に続いているはずだ。
中庭や地下倉庫へ来る正規ルートだな。
トウコが倉庫の入り口を指さしている。
重そうな木製の両開きの扉が斜めについている。
そこに大きなリング状の取っ手がついている。
「んじゃ、開けるっス! んしょお!」
トウコが両開きの大きなフタを引っ張るようにして開く。
くだり階段が現れる。
明かりはなく、中は暗い。
寝室から持ってきた燭台をかざしてみても、中まで光は届かない。
トウコは不安げな様子で銃を構えて階段を下りていく。
ネズミを怖れているのか……。
見通せない闇が不安をかきたてるのだろう。
【暗視】がある俺は、足元は問題なく見えている。
「見た限り、ネズミはいないぞ。手早くあさって戻ってくるから、ここで待っとくか?」
「置いていかれるのもイヤっス! 行きますよ。行かせてもらいますよ!」
やる気が出たようでなにより。
分身に燭台を持たせて、先頭を進ませる。
埃っぽい階段を、ぼんやりと蝋燭の明かりが照らし出す。
トウコが声を潜めて言う。
「この先に目無しの化け物がいるっス。けど、無視しておけば無害っス。倒しても何もドロップしないし……気持ち悪いだけっス」
「無害なモンスター? 弾は手に入らないか。経験値が入るなら倒す意味もあるけど……」
無害なら倒し放題だし、とりあえず倒せばいい気がするが。
「駄目っス! 経験値なんてほとんどないっス。そいつらの死体にネズミが集まるから、倒さないのが一番。無視するっスよ!」
「なるほど、ネズミか……厄介だな」
「ネズミは……ダメっス!」
トウコはぷるぷると震えている。
「わかったわかった。んじゃ、そいつらは無視しよう」
階段を降りきる。
蝋燭の揺れる明かりは頼りなく、奥までは届かない。
空気は埃っぽく淀んでいる。
天井は低く、手を伸ばせば届くほどだ。狭苦しい。
歩く分にはいいが、跳びあがることはできない。
壁際には木箱が積まれている。
明かりを遮って、濃い影を生んでいる。
トウコはあたりを気味悪そうに見渡している。
闇に目を凝らし、なにかを探しているようにも見える。
【暗視】のおかげで俺には見えている。
そこに敵はいない。ネズミも見当たらない。
「うえーっ。キモイ奴らっスね!」
「ん? ……どこだ?」
俺の視界に、敵はいない。
【暗視】で見えないなら、物陰の音を察知したのか?
トウコが俺のすぐ前を指さす。
「……え? そこっスよ! 店長のすぐ前。横にも! ふざけないでほしいっス!」
「――前? なにもいないぞ?」
トウコがぎょっとした顔で俺を見る。
「えっ!? マジで見えてないんスか!? まさか、そんな。コイツらあたしにだけ見えてる……?」
「ああ、見えない。……なにかが、いる?」
……ぞっとする。
目には見えない。音も聞こえない。
【危険察知】などのスキルも反応していない。
「ほら、ここっスよ! そっちにも!」
トウコが次々と指さす。
だが、その先にはなにも見えない。
「……見えない。幻覚とか幽霊みたいなものか?」
「ホントにそこにいるっス! 見間違いなんかじゃないっスよ!? 信じてほしいっス!」
トウコが不安げな表情で、俺を見る。
信じてもらえないんじゃないかという不安。
気が違ってしまったのではないかという疑念。
そういう焦りが見える。
俺は安心させるように、頷く。
「いや、信じてる。トウコが言うなら、そこにいるんだろう。なにか理由があって俺には見えないってだけだ」
トウコはほっと息を吐く。
「理由? なんスかね……」
理由……それはわからない。
霊感とか心霊現象とかを俺は信じていない。
幽霊型のモンスターがいるというのなら、わかる。
モンスターはモンスターだ。叩けば倒せるはず。
……そうでないと困る。
「無害、なんだよな? それなら、とりあえず無視して進もう」
「そうっスね……。見えても邪魔な奴らっスけど、見えないのも邪魔くさいっス……。なんなんスか、こいつら!」
気持ち悪そうに、なにかを見つめるトウコ。
「ちなみに、そいつらはどういう見た目なんだ?」
「半裸の若い女っスね」
「……へえ」
見える条件は、なんだろう。
ぜひ解き明かしたい!
トウコが俺に冷たい視線を注いでいる。
「店長って……そういうのに欲情するタイプっスか? 目とか口がなくて鼻だけっスよ? キモイっス」
「さて、探索を続けよう!」
俺は至ってノーマルです。
そういうの、ぜんぜん興味ないね!