アンティーク家具と豪華な衣裳!?
「ここが鏡の部屋っス!」
「いわゆる着替え部屋か……豪華だな」
部屋は薄暗い。
窓から差し込む月明りが頼りない光を投げかけている。
壁の一面は全面が大きな鏡になっている。
汚れた鏡は、ぼんやりと俺とトウコを映している。
「この鏡が例の、ビビって銃で撃ったやつか……」
割れた鏡が散らばって、足を傷つけたという。
俺もトウコも裸足だ。
今回はそうならないようにしたい。
「暗いし、見間違うんスよ! しょうがないっス!」
トウコが弁解しているが、気持ちはわかる。
正直、俺も不安がぬぐえない。
曇った鏡に映る自分の姿が、なにか違うものに見える。
背後にふっと、妙な気配を感じる。
だが、振り返ってもなにもない。誰もいない。
生ぬるく、かび臭い空気が体に絡みつくだけだ。
さっきから、そんなことが何度も続いている。
熱帯夜の深夜にトイレに起きたときに感じるような、あの感覚。
それを強烈に感じるのだ。
「……わかるわ。雰囲気あるよな。一人でこんなところにいたらビビって当然だ」
俺もちょっと怖い。
いや、だいぶ……。
一人でこんな場所にいたらと思うとぞっとする。
武器や装備がない心もとなさもある。
幽霊でも出そうな雰囲気だ。
実際、ゾンビがうろついているわけだが。
「今回は店長がいてくれてよかったっス!」
トウコが明るく笑う。
陰鬱な空気すら、トウコは読まない。
少し硬くなっていた俺の気分も、明るくなる。
「そうだな。話していると気がまぎれる」
俺は部屋を物色する。
武器になりそうなものがあればいいが……。
テーブルやイスなどの家具は高級そうだ。
埃にまみれてはいるが、しっかりした作りだ。
持ち運ぶには重すぎる。
壊してテーブルの足だけ持っていくか?
でも、頑丈そうだしな……。壊すのも手間だ。音も立てる。
帽子やコートをかける木製のハンガーはどうだ?
人の背丈よりも高い棒から突起がのびていて、帽子やコートをかける家具だ。
うーん。オシャレだわ。
アパートの部屋に置いても映えないだろうな。
「コートハンガーか……。重い。イマイチだな」
持ってみるとズシリと重い。
長すぎてバランスも悪くて、振り回すのはムリそうだ。
「――店長、なにしてんスか? 次の部屋に行くっス!」
「あ、ああ。次の部屋が目当ての衣裳部屋か?」
「そうっス! ドアを開けるとゾンビがバーンと出てくるっス!」
敵の配置はある程度固定らしい。
ホラー映画だったら、大きな効果音と共にゾンビが飛び出してくるところだ。
でも今回は経験者がいて、先の展開を説明してくれる。
ネタバレしながら進む限り、怖さは半減する。
「んじゃ、ドア開けたらあたしがヤるっス!」
「おう。まかせた」
トウコがドアに手をかける。
勢いよくドアを開け、後ろに下がる。
「ウウ……アアア」
ゾンビが現れる。一体だ。
といっても動きは遅い。
なにをする間もなく、トウコが撃ち倒してしまう。
「いっちょうあがりっス!」
俺は倒れたゾンビにトドメをさす。
その間に、トウコは空薬莢を排出している。
排莢だ。
トウコの使っている銃はシングルアクションの銃だ。
弾は一発ずつ込める。リロードは余裕のあるときにする。
「そういえばお前、スキルで銃を作れるんだよな? 何丁も出せるもんなのか?」
「出せるけど、時間がかかるんで戦闘中は難しいっスね。あと、疲れるからたくさんはムリっス」
俺の【忍具作成】に似ている。
時間がかかるし、集中も必要だから戦闘中にできるもんじゃない。
「疲れるって、魔力の消費がデカいのか?」
トウコは首をかしげている。
「魔力? マジックポイント的なヤツっスか? そんなのあるんスかね」
あ、トウコはそのへん、わかってないのか。
魔力はステータスウィンドウには表示されない。
体力や筋力みたいなステータスとしての魔力とは違う。
マジックポイントのようなリソースとしての魔力は体感でしかわからない。
いろいろ検証したし、調べたりもした。
リアル・ダンジョン攻略記の記事も読んだ。
トウコの場合は調べるチャンスがなかったのかもしれない。
そもそも、ホラーとかゾンビモノみたいな世界観だから魔力なんてファンタジーなものはイメージがつかないかもしれないな。
「リソースとしての魔力はあるぞ。スキルを使うと疲れた感じするだろ? あれがそうだ。使い過ぎると気持ち悪くなる。使い切ったら気絶するらしい」
「へー。そうなんスね。あたしは疲れる、って考えてただけっス」
呼び方の違いだけで、同じものだ。トウコが間違ってるわけじゃない。
「で、銃を出す消費はデカいか? 何丁出せる?」
トウコは少し考え込む。そして、少し歯切れ悪く答える。
「うーん。今だったら二、三丁ですごく疲れる感じになる……はずっスかねえ」
「消費が重いのか。たくさん銃を出せば弾切れしないのかと思ったけど、ムリか」
弾切れになる前に次の銃を出していけば、弾切れはない。
と思ったが、魔力切れが先に来てしまう。
うまくはいかないらしい。残念!
「でも、今回は店長のおかげで弾はたくさんあるから、楽っスねー。ささ、靴と服を選ぶっスよ!」
「おう!」
俺達は衣裳部屋を物色する。
豊富な洋服がかけられていて、男物も女物もある。
……この館の主人と配偶者のものだろうか。
館の中には現代的な品物は見かけない。
館そのものが貴族とか、領主の館という感じだ。
トウコが選んだのは貴族風の黒いロングコートだ。
袖や胸元に銀色の糸で飾りつけられている。
「どうっスか? だいたいコレにしてるんスよねー。あ、せっかくだからゴスロリっぽい服もあるっスよ?」
トウコは毎回ここで装備を整えるようだ。
気分で服を変えていたような口ぶりだな。
「動きやすい服にしとけよ」
「つれないっスね! トウコちゃんの病み可愛いゴスロリ服見たくないんスか」
「ないぞ」
自分でかわいいとか言っちゃうのか。
似合いそうではあるけど、今はそういう時じゃない。
実用性第一だ。
「じゃ、これはどうっスか!」
トウコが持ってきたのはランジェリーみたいな露出度の高いドレスだ。
「……それ、下着じゃね? ポケットがないと弾丸とか持てないだろ」
「ちょっと、間があったっスね! 脈あり、と!」
トウコがドレスをぴらぴらと振りながらにやけている。
「ないわ! ほら、急げよ。俺はこれにするぞ」
俺は黒い革のジャケットとブーツを選ぶ。
ごついブーツは、蹴ったり踏んだりするのによさそうだ。
不思議とサイズもピッタリだ。
靴なしでゾンビを踏むのはイヤだったからな。
「おおー! 貴族店長っス!」
鏡に映してみる。悪くない。
「ふはははは! どうだ! 似合うか!」
「おほほほほ! ステキですことよ!」
貴族って、どんなだっけ。
こんな感じではないと思う!
暗い気分は吹き飛んだ。
ひとまず最低限の装備は整った! これでよし!