世界は救えなくても、知人は救える!?
現実、職場の話。
あまり楽しい話にならないですが、必要な話。
読み飛ばしたい方は後半だけでもオーケーです。
予想外の交通事故に出くわしたが、予定時間より前に店に到着した。
時間に余裕をもって行動するのって大事だね。
社会人なら五分前行動は常識だ、なんて言うけど。
毎日残業して寝る時間も削っていたから、そんな余裕は持てなかった。
今日はトウコに頼まれて、店の問題を解決するために来た。
だけどこれは、もう俺には関係のないことなんだけど。
俺をクビにしようとしたオーナーが困るのは、知ったことじゃない。
困ろうが、店がつぶれようがいい気味だと思う。
仕事をやめて、過去も人間関係もさっぱりと切り捨てる。
俺はそれで救われる。救われた。
生活のためにブラックな職場にしがみつく理由なんてない。
俺は今の、ダンジョンのある新しい生活に満足している。
正直、自分のことだけ考えるなら仕事も職場もどうでもいい。
――だけど、それじゃダメなんだ。
そこで働く人たちは俺の大事な同僚であり部下だ。
それを見捨てて、ざまぁみろとは言えない。
大げさに言えば彼らの生活、人生がかかっている。
そんな風にあれやこれや考えた結果……俺はここに立っている。
最低限の手伝い。臨時の手助け。
そのくらいのことはしてもいい。しなくちゃならない。
頼まれたってこともある。だけど、もともと気にはなっていた。
気になるなら、それが動機だ。
損得勘定じゃない。責任や義務でもない。
やりたいからやる。
破綻しかけてる店を救いに行くのだ。
昼前なので、駅前の通りは人通りが多い。
いつもなら俺の職場であるファミレスは混んでいる時間だ。
しかし、店の入口には本日臨時休業の貼り紙が出ている。
ブラインドが下がって、外から店内の様子は見えない。
すこしためらって、店に入る。
店内には電気がついていて、営業しているときと変わりない。
来店を知らせるチャイムが鳴る。
「……おつかれー。誰かいるかー?」
奥からパートのヤマダさんが現れる。
その表情は……笑顔だ。安堵、だろうか。
「あ、店長! お待ちしてました!」
「ヤマダさん。……お久しぶりです」
あとから集まってきた店のメンバーも、俺を出迎えてくれる。
「店長~! 来てくれてよかった~」
「おお、クロウ店長だわ。ほんとに来てくれるとはね」
集まっていた皆が口々に歓迎してくれる。
なんとなく構えた気分になっていたけど、考えすぎだった。
俺は笑顔で応える。
広めの席に皆で座る。
席にはスナック菓子やジュースや茶が用意されている。
一応、店のドリンクバーや食材は使わないようにしたらしい。
微妙なところだな。
場所を使ってるのはまあ……いいだろう。
今、バイト達はストライキ状態にある。
オーナーが業務を怠って給料が不払いの状態だ。
それを発端として、他の問題に対する不満も噴き出している。
労働環境や待遇の改善も求めるつもりらしい。
法律とか契約とか、いろいろと課題はありそうだ。
だけど、話し合いで解決できそうな段階にあるらしい。
「というわけで、トウコちゃんがオーナーを説得して今日の場がセッティングされたんですよ」
「……説得ね。脅迫とか強要な気もするけど……」
あのオーナーが普通に話を聞くわけはない。
よほどのやり取りがあったんだろう。
キッチン担当のキシダが、やれやれといった様子で言う。
「オーナーのことはちょっとぐらい締めあげてやればいいんだ。話が通じないなら、みんなで辞める。これは俺達みんなで決めたこと。……店長がいなくなって、この店ももう終わりかなって俺も思ったし、文句もいろいろある……。だけど、どうしてもこの店を続けたいってトウコちゃんがうるさくってね。しょうがないから俺も付き合ってるってわけだ」
やっぱりキシダは文句たらたらだな。
それでも、付き合いは良いやつだ。
「まあ、そうだな。俺もオーナーはツケを支払うべきだと思う。それに俺も元店長として、みんなに謝らなきゃいけない。クビにされたとか……それは別の話だ。俺が居なくなってみんなに迷惑をかけたと思う。ごめん」
俺は、深く頭を下げる。
理由があるとはいえ、俺はこの店を離れた。
法的に間違っていないとかは関係ない。
皆には関係ないことだ。
「店長! 頭を上げてください! 悪いのはオーナーです。皆わかってます!」
「……なあ店長。あんたがいなくなって、どれだけ店長に頼っていたかがわかった。その店長をクビって……。正直、今日ここにも来てくれないと思ってたんだ。――来てくれて嬉しかった」
「……来るさ。離れておいて言うのもおこがましいかもしれないけど、店は大事だ。ここで働く皆が大事だ。放ってはおけない。できることを考えよう。経理関係や給料の振り込みの手配はなんとかなると思う。それ以外の問題は……」
皆で、今後について話し合う。
給料の不払いについては、俺が作業すればなんとかなる。
待遇の改善についてはオーナーとの話し合いになる。
今日、夕方くらいをめどに電話で呼び出すことになっている。
「それはそうと、トウコはどうしたんだ? 俺には絶対来てくださいよ! とか言ってたくせに、遅刻か?」
あんなに意気込んでいたのに。
この場をセッティングするために皆を説得して、走り回っていたはずなのに。
なんでアイツがこの場にいないんだ。
ヤマダさんが困惑顔で言う。
「それが、さっきから連絡がつかないんですよね……店長が戻ってくるって、あんなに喜んでたのに」
連絡がつかない?
遠足の前日に寝れなくなって、当日寝坊するタイプだからな、あいつは……。
「ちょっと電話してみるか……」
俺はスマホを操作して、トウコへ電話をかける。
「――あ、出た。おい、こっちはもう店についてるぞ」
「……あれ、店長? あー、その。ちょっとマズイことになって……今日はムリかもしれないっス」
トウコの声はいつもの軽い調子ではない。
息遣いも荒く、どことなく投げやりだ。
「マズイ? 具合でも悪いのか?」
「……もしあたしが行けなくても、話進めていてほしいっス」
トウコの声は震えていて、気力が感じられない。
よほど体調が悪いのか。
それとも……。
「……もしかして、もう一つの相談のほうか? 何かあったなら、言ってみろ。手伝うぞ」
「ははっ……手伝ってくれるっスか。でももう……遅いっス! もう手に負えな――」
自嘲気味な笑い声には力がない。
声には強いあきらめが感じられる。
俺はその言葉を遮るように、言う。
「――遅くなんてない! 困ってることがあるなら、言え!」
「……助けて。……助けてほしいっス! もうムリっス! こんなことになるなんて……あああっ!」
「どうした!? おい!」
端末が床に落ちる音がして、電話は途切れた。
通話は繋がったままだが、いくら呼び掛けても応答がない。
これは……異常事態だ。
トウコの身に、何かが起きている!
現実世界や会社を書くと、違和感のある描写になる部分がありますね。
法律やマナーみたいな部分は本筋とは関係ないので、ご容赦ください。