一生分の幸運を使い果たしてしまったら……!?
現実世界パート。スローライフ会!
二話に分けようと思ったけど前半が薄味になるのであきらめた!
アパートへ戻ってきた。
外はもう明るい……朝か。
時計は、昼すぎを示している。
「あれ、もう昼か……時間がたつのが早いわ!」
ダンジョン内では体力のステータスのおかげで疲れにくい。
そのせいで時間の感覚が狂う。
一晩どころか、昼過ぎまでコウモリ漁してたのか俺。
どんだけコウモリに恨みがあるんだ。
無理しないとか、逆に無理だな。
そのうち、事故か過労で倒れるぞ。
そしたら異世界に転生してダンジョンに潜るんだろうか。
……あり得る。
オトナシさんを助けて、膝枕してもらってから二晩経ってるわけか。
あ、ということは今日はゴミ出しの日じゃあないか……。
やってしまった。
朝の大事なイベントを逃したっ!
一日の元気をチャージするひとときが! 俺の元気の源が!
ああ、明日はちゃんと早起きしよう。
今日は早く寝よう。
コウモリから受けたケガもあるし、英気を養わなければ。
応急処置のおかげで、悪化はしていない。
動かしても強い痛みはない。
薬を塗っておくくらいしかできない。
病院に行くわけにもいかないし、やむを得ない。
大けがしないうちに、何か考えなきゃな。
そんなことを考えていると、疲労からすぐに眠りは訪れた。
次の日。朝である。
今日はバッチリ予定時間に目が覚めた。
無職――じゃなかった――有給休暇の消化中である俺はいつ寝てもいいし、何をしてもいいのである。
そうなるとだらけてしまうのが人のサガ。
ダンジョンに潜ることは仕事ではない。
誰かにやれと言われているわけでもない。趣味である。
やめろとも言われないから、いつまでも潜ってしまう。
それでは生活にメリハリがなくなってしまう。
働きすぎはダメ。休み過ぎもダメ。バランスだ。
それじゃあ朝のルーティンをやっていくか。
ちゃんとやっていこう。
まずはお湯を沸かす。
湯が沸くまでの時間に顔を洗って口をすすぐ。
寝起きは悪くないほうなので、すぐに目は覚める。
電動ミルにコーヒー豆を入れてスイッチを入れる。
小気味いい音を立てて豆が粉砕される。
長めに回す。細挽きである。
コーヒー通なわけでないが、濃い目に入れたほうがおいしいと感じるのだ。
ドリッパーにフィルターをセットして、挽いた粉をいれる。
少し揺らして表面が平らになるようにならす。
沸騰してから少し置いたお湯で、コーヒーの粉を湿らせる。
ここで少し待つ。豆を蒸らすためらしい。
本当は2、30秒待つらしいが、俺はそんなに待てずに10秒ほどで切り上げたくなってしまう。
なので、この時間を利用してコップと牛乳を用意しておく。
フィルターのふちにお湯がかからないように、中心から円を描くように回しながら少量のお湯を注ぐ。
お湯がコーヒー粉の表面からあふれて、フィルターの紙にこぼれることがないようにやるのがコツだ。
と、テレビで見たバリスタが言っていた。
俺は世界一のバリスタを信じる。
コーヒーを淹れるのは科学の実験みたいなもので、手順を守っていればおいしいコーヒーが淹れられる。
ドリンクバーのコーヒーなんか、自分で淹れたコーヒーと比べたら泥水みたいなもんだ。
カフェでコーヒーを買うことすら馬鹿らしくなる。
コーヒーが落ちる間にグラスに牛乳を注いでおく。
牛乳7割、コーヒー3割くらいのバランスだ。
コーヒーが濃く入るので、それでちょうどいい。
氷は入れない。砂糖も入れない。
一杯分のコーヒーが落ちたら、ドリッパーをずらしてピッチャーからコップへコーヒーを注ぐ。
出来上がったコーヒーを一口すする。
「うん、うまい!」
今日のコーヒーはいつもより時間をかけているので格別にうまい。
いつもは時間に追われてもっと雑に淹れている。
こうして朝の時間をゆっくり過ごせるのも仕事へ行かなくていいという余裕だな。
田舎暮らしや農業をすることがスローライフだと思われがちだ。
だけど、こういうゆったりした朝を過ごすのも立派なスローライフだ。
時間に追われずに丁寧に一つ一つこなしていく。
これこそ豊かな生活ってもんだよ。
ドリッパーを戻して、お湯を足す。
あとで飲む分もまとめて入れてしまう。
邪道でもかまわないのだ。
朝食はかならずとる。
といっても、凝ったものを食べるわけじゃない。
ヨーグルトにいくつかのナッツ類をぶちこむ。
手間をかけずにタンパク質が補給できる。
飲食業は結構な肉体労働なので、飯を抜いては戦えないのだ。
これが普段通り。
ダンジョン探索も肉体労働だ。
ちゃんと食って、戦って休む。バランスを取らないとな。
言い聞かせておかないと、どうしても俺は根を詰めてしまうから。
今は時間があるから、朝食も何か作ってもいいかもしれない。
後で材料を買いに行くか。
電動シェーバでひげを剃って、髪を整える。
ゴミをまとめて袋を縛る。
さて、朝のメインイベント。ゴミ出しだ。
ダンジョンへ潜るよりも気合を入れてドアを開ける。
オトナシさんは毎朝ゴミ出しで一緒になる。
まるで示し合わせたみたいに。
今朝も……居た。来た。
俺が玄関を開けると同時、ドアを開けてオトナシさんが部屋から出てくる。
こころなしか、元気がなさそうというか、不安そうに見える。
なんだ。どうした。誰にやられたんだ!
「おはようございます。オトナシさん。なんか元気ないですか?」
「……おはようございます、クロウさん。ちょっと寝不足で……」
「寝不足ですか。俺は昨日は寝坊しました。起きたら昼で……」
「昨日は待って……じゃなくて! し、心配していたのに顔が見れなかったので気になっていました!」
やはり、待っている……!?
玄関の前でスタンバっているのかもしれない。
毎朝会うなんて偶然なワケないしな。
……軽くストーキングされてるような気がしないでもない。
え、なんで俺がストーキングされるんだ?
俺は自分では気づかないけど超絶イケメンだったか?
そんなはずはない。
くっ……自分で否定するのが悲しい。
でも、オトナシさんからストーキングされるなら歓迎だな。
うん、問題ナシ。
オトナシさんが俺の顔をうかがっている。
凝視しているというレベル。
ちょっ。そんなに見ないで!
「な、なにか俺の顔についてます?」
「あ、ケガ……その後どうですか?」
どきりとする。
コウモリにやられたケガはあるが、顔にはない。
バレてはいないはずだ。
腕や体に痛みは残っているが、見えないはずだ。
と、そこで何の話をしているかに思い当たる。
「ああ、コンビニで殴られたケガですね。良くなったみたいです。もうすぐきれいに治るはずです。オトナシさんに手当てしてもらったおかげかもしれませんね」
俺はマスクをずらして口のあたりを見せる。
少しアザになってはいるが、マスクをしていればわからない程度だ。
腫れもひいている。
「よかった……! ケガがあとに残ったら、その、責任を取らなきゃいけないかなって思ってました」
「責任て。俺をお嫁にもらってくれるんですかね。気にしないでいいですよ。傷は勲章なので!」
「そ、そうですか? でも、気になります。あ、それで……お礼にと思ってごはん作ったんです。肉じゃがです。……もらってくれますか?」
オトナシさんは決死の覚悟みたいな顔で、こちらを見ている。
オトナシさんの申し出に、俺は思わず目を見開いて驚く。
にく、じゃが……だと?
実在していたのか!?
肉じゃがイベントだとう!?
至って普通などこにでもいる平凡な男の日常に起こりうるのか……?
隣に住んでいる美人女子大生という存在からしてすでにファンタジーだし……。
むむ、もしかして俺はすでに過労死して異世界に転生してしまっているのでは?
あ、オトナシさんが不安げな表情でこちらをうかがっている。
いかんいかん。
あまりの出来事に、意識が異世界へトリップしてしまった。
「あ、あれ。肉じゃがキライでしたか……?」
いやいや、嫌いなわけないじゃない。
嫌いだったとしても今好きになったよ!
「好きです。食べます。ください。毎日でも!」
「はい。え、毎日……?」
きょとん、とした表情で固まるオトナシさん。
ちょ、俺。ちょ、待て!
いきなりプロポーズみたいなこと口走るな。
キモいこと言うな!
「いや、調子に乗りました。うそうそ。いまのなし……」
俺は手を振って発言を撤回しようとする。
が、それを食い気味に遮ってくるオトナシさん。
「じゃあ! 明日は別のメニュー考えておきますね!」
胸の前で両腕をぐっとかかげて、頑張りますのポーズをするオトナシさん。
不安げな表情は消えて、嬉しそうに笑みを浮かべている。
「お、お願いします」
「あ、肉じゃが持ってきますね! 待っててください!」
楽しげな様子でぱたぱたと部屋へ戻っていく。
……おお、超展開になってしまった。明日も手料理、だと……?
死ぬのか? 俺は一生分の幸運を今日使い切るのか!?
小さな鍋いっぱいの肉じゃがを持って、オトナシさんが戻ってくる。
「……昨日の朝は、来てくれなかったので嫌われてしまったのかと思っていました。私なんかを助けるためにケガをさせてしまったから……」
私なんか……? オトナシさんは妙に自己評価が低いな。
もっと自信をもっていいのに。
美人特有のつんけんした感じがぜんぜんない。
そこがいいところなんだけど。
寝不足も、もしかしてそれが原因なのか。
俺を心配して? 嫌われたかと不安になって?
誰にやられたかと思ったら俺にかよ!
「嫌いになるワケないじゃないですか。ケガなんて安いものです。それに、オトナシさんなら誰だって助けますよ」
「そう、ですよね。クロウさんは誰のことでも助けてくれる優しい人です。それは知っているのに……不安になって、バカみたいでした。あはは」
ん、俺じゃなくても助けるだろうって意味なんだけどな。
なんか勝手に納得したぞ。
「え? 誰でもっていうか、オトナシさんだから助けたんですが」
「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいです。でも、クロウさんは困っている人がいたなら助けずにはいられない人です。だから……」
知ってますよ、みたいな含みのある表情を見せるオトナシさん。
うーむ?
「だから……?」
「いえ、なんでも。こうしてお話しできたり、料理を食べてもらえるのはうれしいなと……思いました。少し温めて食べてくださいね!」
ぐいぐい、と鍋を押し付けられた。
おう……鍋ごとか。
「ああ、ありがとう。さっそくこの後いただきます。じゃあ、また明日」
「また……明日。はい。また明日!」
彼女はずいぶんとうれしそうに、なんでもない挨拶を口にした。
まるで、その言葉を噛みしめるみたいに。
こうして、俺の冴えないモーニングルーティンにひとつ特別なメニューが加わることになった。
なお、肉じゃがはうまかった。
没題名コーナー!
■ダンジョンの外のほうがファンタジーな件
■ダンジョンに潜る20代男性のモーニングルーティン
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