グロ展開!? 両手に俺!?
キモい話かもしれない……。
罠を無効化した通路をこえて、次の部屋へと向かう。
部屋の中に入る。部屋は狭く、モンスターの姿もない。
この部屋はただの分岐のようだ。
ドアもなく右と左に通路がのびている。
……さて、どちらに行こうか。
「分岐か……。どっちにするか。左回りするかな?」
「はい! どっちでもオーケーです!」
四階層では壁を左に攻略したからな。
右手に武器を持っていたから、左回りのほうが少し有利だ。
この迷宮階層では左右どちらにも垂直な壁があるので、どっちでもいいんだけどね。
「よし、右の通路の出入り口にはマキビシを撒いておこう」
「マメですねー」
後ろから敵に回り込まれないためだ。
「こういう地味な安全対策が大切だと思うんだ。……忘れて踏んだりしないようにね」
「もう! そんなワケないじゃないですかー」
オトナシさんがふくれる。
「ごめんごめん。一応ね!」
「心配してくれるのはうれしいけど……子供じゃないんですよ!」
どうしても、過保護にしてしまう。
オトナシさんは俺よりレベルも高くて強い。
火力も耐久力もある。
だけどやっぱり、心配だ。
「ケガしないようにって思ってさ」
「あはは。心配してくれてうれしいです!」
機嫌はなおったようだ。
右の入り口にマキビシをまいて、左の通路に進む。
さっきの通路と同じように、分身を先行させる。
……罠の反応はない。【危険察知】に違和感もない。
「……よし、普通の通路だな。敵もいない」
「順調ですねー」
少し距離を置いて分身を追いかけながら、俺達も通路を進んでいく。
分身は次の部屋の前で待機している。
「よし。分身、次の部屋へ進め」
分身が部屋へ足を進める。
そして部屋に入ってすぐに動きを止めた。
「……ん? なんで止まるんだ? また罠か?」
前進の指示を送っても、動かない。
いや、動こうとはしているが……動けない?
ひっかかったような手ごたえがする。
「あれ? ……分身さん……大変! 浮いちゃってます!」
オトナシさんが分身を指さす。
分身はなにかにひっかかったように、宙に浮いてもがいている。
足を動かして歩こうとしているが、それはかなわない。
部屋の入り口近くまでたどり着いた俺の目に、きらりと光る何かが見えた。
……ヒモ?
……糸、か?
なにかにからめとられた分身がもがく。
分身の体に粘着性を持った細い糸が絡みついている。
もはや分身は身動きができない。
「これは……クモの巣か!」
――クモの巣があるなら、とうぜんクモがいるはずだ!
マズイぞ! のんびりしている暇はない!
俺は分身とオトナシさんに指示を出す。
「分身、動くな! リン、敵の反応は!?」
「システムさん! ――いない? ……近くに魔力の反応はないみたいですっ!」
反応がない……?
【魔力知覚】の範囲内にはいないのか?
精度や射程距離はあまり広くないらしい。
本来は自分の魔力を感じたり、制御するためのスキルだ。
【サポートシステム】の補助で魔力を持つ敵を強調表示している。
ということは、この部屋はある程度広くて……巣もデカいってことに……。
宙吊りになった分身が揺れている。俺は分身を動かしていない。
だんだんと、揺れが大きくなってくる。
「あっ!? 分身さんが絡まっちゃいますよ!」
糸が揺れるたびに分身は糸に絡まってしまう。
「いや、俺は動かしてない! 揺らしているのは……」
「あっ! なにか来ます! 大きいなにかが近づいてきます!」
……見えた。
松明の明かりに照らされて、そいつが現れる。
八個の目がぎょろりと光る。
足は太く、小さな毛がびっしりと生えている。
八本の足で糸を伝って、分身へと近づいていく。
その動きは素早い。
それは、おぞましく、巨大なクモだ。
「ひっ!」
それを目にしたオトナシさんが息をのんで硬直する。
俺の腕にも鳥肌が立つ。
「クモだ……デカいぞ!」
五階層のボスコウモリよりは小さい。
だけど……ゴブリンよりはデカい。
足を広げたサイズで考えれば、かなりのサイズだ!
クモは俺達を無視して、糸にかかった分身へ向かう。
尻から糸を出し、前脚を器用に使って分身をくるくると巻いていく。
俺は呆然とそれを眺めて――我に返る。
「――リン! ファイアボールを! 分身ごと焼いて!」
「あ……うう……」
「リン!?」
オトナシさんの顔色は悪い。
青ざめて歯をカチカチと鳴らしている。
無理もない!
小さいクモだって気持ちのいいものじゃない。
俺のダンジョンのモンスターはなんでこう、グロいんだよ!
こうしている間にも、分身が糸に巻かれて繭状にされていく。
分身とはいえ、俺の姿をしている。
それが、妙にクる。
――気分が悪くなる。
分身を人間のように……俺のように感じてしまうオトナシさんには、見ただけでも耐えられないものだろう。
想像力が豊かで、感受性が高いオトナシさん。
こういうときにはマイナスに働いてしまう!
今もショック状態のまま、動けずにいる。
俺はリュックをおろして【自律分身の術】を発動する。
「――自律分身の術! リンを連れて下がってくれ!」
「了解だ、俺! まかせろ!」
「あ……え?」
自律分身がリュックを回収して、オトナシさんを支えて後退する。
オトナシさんは動揺しながらも、されるがままだ。
俺はポーチから手裏剣をつかみ出す。
近づきたくはない。
あの部屋に入るのもイヤだ。
だから、この距離からしとめる!
分身はもう、ほとんど繭に閉じ込められてしまった。
クモが、糸を巻くのをやめる。次の段階だ。
クモは折りたたまれたナイフのような牙を捕らえた分身につき立てようとしている。
おそらくは毒で弱らせて、そのあとに食べられるんだろう。
あるいは、生きたまま消化液を流し込まれるのか……。
検証のため、敵の行動を知るために様子を見るのもアリだ。
だけど……それは無理だ!
分身がやられても痛くはない。
時間切れでもうすぐ消える。
それでも……分身とはいえ、人が食われる姿を見るのは……イヤだ。
気分が悪い。割り切れない。
これは、クモへの嫌悪感がそうさせるんだろうか。
いつもならもっと、普通の分身のことは気にならないのに!
迷うな。動け!
「――くらえっ!」
俺はつかみ出した手裏剣を投擲する。
分身に夢中になっているクモに直撃する。
その肌に、棒手裏剣がずぶりと突き立った。
「皮膚はやわらかいようだな! イケるぞ!」と自律分身。
クモは痛みに体を震わせて、後ろへ飛びのく。
――逃がさない。
連続してさらに手裏剣を投げる、更に投げる!
クモの移動コースを予測して投擲した手裏剣が、柔らかい皮膚に突き立ち、切り裂いていく。
クモが弱ってびくびくと痙攣する。
それでも、俺は手裏剣を投げ続ける。
塵になるまでは油断できない。
しばらくして、ようやくクモが塵となって消える。
「はあはあ……倒したな。グロいのはかんべんしてくれ……」
「終わったみたいだな。クモの巣も……消えたな」と自律分身。
クモが消えると、巣も塵となる。
これはゴブリンの武器が消えるのと同じだ。
「お、終わり……!? もう、クモは……いないんですか?」
オトナシさんは自律分身にしがみついて、胸に顔をうずめて震えている。
不安げな表情で、自律分身に問いかけている。
近い! 顔が近い!
……なんか、ちょっと寝取られ感がするんですけど!?
「倒したよ。もう大丈夫」と俺。
「ああ、安心してくれ」と自律分身。
「あ、あれ!? ゼンジさんが二人!? 分身!?」
俺と自律分身を見比べて、オトナシさんが驚いている。
俺は説明が足りていなかったことに思い至る。
自律分身については簡単にしか説明していなかった。
実際に見せると、スキルの再使用可能時間の都合で次が出せなくなるからだ。
「あー。ちゃんと説明してなかったね。コイツが自律分身だよ。この分身はしゃべるし、モノも考える」と俺。
「俺は分身ね。本体のコピーで、記憶もおんなじ。ステータスはあるけど、スキルはないって感じだ」と自律分身。
自律分身はきまりの悪そうな顔だ。
たぶん、俺も同じ顔をしているんだろう。
【判断分身の術】で出した分身とは違って、ごく自然な表情と動作だ。
俺と同じ体、同じ動き。考え方まで同じ。
見ただけじゃ、どちらが本物か判別できないだろう。
「え? えっと……あなたが分身さん?」
「そうそう」と自律分身。
オトナシさんが自律分身から身を離す。
「ちょ、ちょっと、触ってみてもいいですか?」
「え? いいけど……」と自律分身。
オトナシさんが分身の腕や胸板をペタペタと触っている。
「うわあ。本物みたい……。チートですっ! 私も欲しいです!」
「いや、魔法使いに分身の術は無理なんじゃないかな……」と俺。
そういう魔法もあるかもしれないけど。
「いえ……ちょっと貸してもらえればいいんです! 一家に一台、ゼンジさんを常備したい……!」
あ、自分が分身したいんじゃないのね。
オトナシさんの目が、自律分身をロックオンしている。
なに言っちゃってんの!
「よくわからないよ!? そもそも俺がほぼ同棲状態だから家にいるよね!?」と俺。
一家に二台になっちゃう!
ていうか、ダンジョンから出られないから家には無理!
「……一晩くらいなら、俺はかまわないな」と自律分身。
なに言ってんだ俺!
自粛しろ!
本体をさしおいてイチャついてんじゃないぞ!
俺がキモイ敵と戦っている間に密着しやがって……!
あ、でも記憶がフィードバックされるからいいか。
って、そういう問題じゃないわ!
オトナシさんが自律分身の手を引いて、俺のもとに来る。
俺の手を取って「両手に俺」状態になるオトナシさん。
「えへへ……どっちもゼンジさんだ! すごーい!」
漢字で書いたら嬲るの字だ。
不思議な絵面になっている……。
ちょっと感情の落差が理解しにくいけど……恐慌状態、ショック状態からは完全に回復したようだ。
切り替えがスゴイ。
オトナシさんは幸せそうな笑みを浮かべてはしゃいでいる。
さっきは子供じゃない、とか言ってたのにな。
クモのことなんてなかったことみたいに喜んで、手をぶらぶらさせている。
まるで子供じゃないか。かわいい……。
「ま、いいか。そろそろ晩飯の時間だし、引き上げよう。七階層のこともちょっとわかったし、対策考えてから攻略しよう」
「ああ、さっきのクモの魔石も回収して、モノリスで引き換えてみようぜ!」
「はいっ! 帰りましょう!」
オトナシさんはずっと、俺達の手を放さなかった。
クモがキモイか、クロウ達がキモイか……!?