もう一つの相談!?
「そういえば、あの穴って……なんスか?」
トウコが壁に空いた大穴……オトナシさんの部屋に続く穴を指さす。
俺は指さした先を見る。真顔でトウコへ視線を戻す。
「……さて。俺には何も見えない。穴なんてない……いいね?」
「ええっ? どう見ても穴っスけど……」
無理やり誤魔化そうとしてみたが、無理だな。
むしろこいつが触れずに我慢できていたことが驚きだ。
俺だって、こんなのスルーできないわ。
オトナシさんが言う。
「トウコちゃん。大家さんに怒られちゃうから……秘密ですよ!」
「同棲みたいな感じなんスか? 普通、そこまでするっスか……」
「そうなんですよー! ね、クロウさん!」
オトナシさんが喜んでいる。
同棲というワードに反応しているんだな。
めっちゃこっちを見てくる。
一応頷いておこう。
「まあ、うん」
同棲のために壁に穴開ける奴いるか?
うん。いるな。
オトナシさんは穴を広げたがったっけ。
トウコが勘違いしてくれたならそのままでいいか。
ストーカー事件とか説明すると長くなるし、ややこしいからな。
オトナシさんは口元に指を当てて、トウコへ微笑みかけている。
「秘密、ですよ!」
オトナシさんがトウコをじっと見る。
トウコが溜息を吐く。
「はあ……友達との秘密じゃ、しょうがないっスね!」
俺はコイツが口を閉じていられるか心配だ。
でもまあ、大家との接点なんてないから、大丈夫だろう。
突然押しかけてきたから、茶も出してなかった。
朝飯もまだだから、小腹も減ったな。
俺は立ちあがってキッチンへ。
「さて、コーヒーでも淹れるか。オトナシさんは牛乳、砂糖ありだよね」
「はい。砂糖は多めでお願いします」
「トーコはどうする?」
「あたしも同じで!」
ブラック派はいないようだ。
俺は牛乳のみ。砂糖なし。
「ついでに小腹も空いたし、何か作るわ」
「あ、私も何か作りましょうか?」
オトナシさんが立ち上がりかける。
俺は手で制する。
「いえ、軽いもの作るだけなんで、話しでもしていてください。……友達同士で」
「友達同士のお話ですか! ……うう。……友達同士って何を話したらいいんでしょうね?」
オトナシさんは嬉しそうな表情を浮かべた後、不安げにこちらを見てくる。
聞かれても答えづらいんだよなあ。
俺も友達と会話とか、ずいぶんしてないわ。
すかさずトウコが口を開く。
「リン姉って、趣味なんスか? あたしはゲームとか好きっスよ!」
「趣味ですか……最近は料理かな。クロウさんはなんでも美味しそうに食べてくれるんですよー」
「いきなりノロケ話っスか!? 独り者のあたしにはキツいっス!」
二人は雑談で盛り上がっている。
俺はささっと料理を作る。
といっても、手間のかかったものではない。
冷凍のフライドポテトとカラアゲだ。
揚げるだけ。
「できたぞー」
「わあ……おいしそうです!」
「朝から揚げ物とか、ヘビーっスね!」
「イヤなら食わなくていいぞ」
「イヤじゃないっス! 大歓迎っス!」
簡単な食事をつまみながら、他愛のない話をする。
トウコが真面目な顔に戻って言う。
「店長、もう一個相談イイっスか?」
「え? まだあんの? 店の話?」
「いや、個人的な話っス」
ちらりとオトナシさんのほうを見る。
個人的な話、相談を今受けていいものか。
前に学校で無視されてると相談を受けたことがある。
その続きかもしれない。
「私、席を外してましょうか?」
「リン姉にも聞いてほしいっス!」
「姉さん」から「さん」が取れたな。
友達になったからか。
こういう人との距離のつめ方、素早いなコイツ。
俺は人との距離のつめ方が分からないんだよな。
オトナシさんにはなぜか敬語になっちゃうし。
どうも、最初の距離感を引きずってしまう。
いきなり敬語をやめたり、呼び捨てにしたりするのもな……。
「で、どうしたんだ? 話してみろよ」
「何を言っているのかわからないかもしれないんスけど……ありのままを話すっス!」
「はい」
オトナシさんが頷く。
トウコは神妙な表情を浮かべて言う。
「うちの冷蔵庫を開けたと思ったら……いつのまにか謎の洋館に居たっス!」
「……冷蔵庫?」
漫画の話……たとえ話か何かか?
悪のカリスマの館の階段を上り下りする話だろうか……。
それとも何かのボケなんだろうか。
どうツッコめばいいかわからん。
オトナシさんが首をかしげながら言う。
「夢を見たとかそういう話なのかな?」
「夢だったらいいんスけど……起きても消えないんス。たぶんあれはダンジョンってやつっス!」
「ダンジョン……だと!?」
俺は厳しい表情で、トウコを見る。
「じょ、冗談言ってるわけじゃないっスよ!? 言い方がふざけてたのはアレですが……マジっス! 信じてほしいっス!」
トウコの表情には必死さがある。
嘘や冗談ではないんだろう。
ダンジョン……!?
冷蔵庫がダンジョン……洋館に通じているって話か!?
ご意見ご感想お気軽に!