ブラック労働で店を支えている俺をクビ? 戻ってきてと泣いて謝ってももう遅い その2
一話に対応する話。
史上最遅のざまぁ展開か!?
「店長! 今日は相談があって来たっス! 話を聞いてくれるまで帰らないっスよ!」
部屋の外で騒いでいると近所迷惑になる。
シモダさんが怒鳴り込んでこないのが不思議なくらいだ!
仕方がない。
俺の部屋へ移動するか。
「うーん。……じゃ、ちょっと上がってけ。あ、オトナシさんもよければ同席してください」
「え? お仕事のお話なら……お邪魔じゃないですか?」
「いえ、ぜんぜん。一応こんなんでも未成年だから、一人で俺の部屋に上げるのはちょっと」
「あ、わかりました! もちろんです!」
オトナシさんは心地よく了承してくれた。機嫌も直ったみたいだ。
トウコが口をとがらす。
「こんなんってなんスか!」
「こんな、ちっちゃくてうるさくて空気が読めないアホですが、万が一にも俺が法的に不利になるのはイヤなので!」
「うぐっ! 具体的に言われるとなんかへこむっス!」
「ふふっ」
トウコが墓穴を掘る。
オトナシさんはそれを見て笑っている。
さっきまで不安定だったのに、突然の安定感!
なにか、オーケースイッチが入ったんだ。
一応俺にもデリカシーがあるので、部屋に若い女を一人で通すわけにはいかない。
というか、オトナシさんがまたヘンな反応しても困る。
「とりあえず紹介からか。こちらはオトナシさん。――最近、お付き合いすることになった俺の彼女だ」
「ま、マジっすか!? 仕事が恋人の店長についに彼女が……!?」
トウコがオーバーなリアクションを取ってのけぞる。
「こっちのがトウコ。俺の元勤務先のバイトだ」
トウコに向かってオトナシさんが頭を下げる。
「……クロウさんにはいつもお世話になってます。オトナシリンです」
トウコの視線はオトナシさんの胸部にくぎ付けだ。
視線が揺れている。
まあ、そうなるよな。うん。
「そのエロエロボディでどんなお世話をしてるんスかっ!」
「下世話だよ! 変なノリをやめろ。オトナシさんが困るだろ!」
「いえ、大丈夫です。その……よろしくね。トウコさん」
「呼び捨てでいいっス! 姉さんと呼ばせてくださいっス!」
「え? はい。……どうぞ?」
なかなか話が進まないので、トウコへ水を向ける。
「で、トウコ。何の相談だ? 店の件か?」
「そうっス! 前からお願いしていたとおり、早く戻ってきてほしいっス!」
「戻るもなにも、オーナーが俺を要らないって言ったんだ。俺の一存で決まるもんじゃない。今はやりたいこともできたしな」
これは前から何度も話していることだ。
何度言っても、トウコはあきらめない。
「それが、すぐ戻ってもらわないと一大事っス! もうすぐ給料日っスよね。だけど、オーナーは……」
「まさか、経理が滞ってるのか? 給料がヤバいとか?」
ありそうな話だ……!
引継ぎを要らないとか、全部自分でやるとか大口叩いたくせに……。
そもそも店はちゃんと成立してるんだろうか。
前に見たときは大丈夫そうだったけど、外から見ただけじゃわからないか。
「そうっス! そういうのは全部クロウに任せてたから知るわけないだろ――とか言ってたっス! このままだと給料がちゃんと支払われないっスね……」
「あのクソオーナーめ……」
知らないって! 他人事かよ!
できないから払わなくていいワケじゃないぞ。
なんとかしろって話だ!
さすがオーナー。想像の上を行くクソさだ!
あと、オーナーの口真似するのむかつくからやめて!
「で、それがバレて皆はカンカンっス! 今ストライキ状態っス!」
「ええ? なにそれ!? 店は営業しているのか?」
ちょっと、ブラックを通り越して漆黒企業じゃないか。
給料不払いて。
バイトの皆の生活が……。
店の存続も怪しいレベルじゃねえか!
「今日なんて臨時休業っスよ!」
「おお……マズイ状態だな!」
俺は頭を抱える。
「というわけで、店長を呼び戻そうって皆で話したっス。やっぱり、店長が居ないと無理っス! ちなみにあたしが皆を説得して、店長が戻ってこないなら皆でやめてやるってオーナーを脅してるっス!」
「というわけでって、どういうワケだよ!? 俺の意志はどうなっちゃうの! しかも脅迫したらダメだよ!?」
ツッコミどころが多すぎる。
まず、俺はクビになった身だ。
有給使う宣言はしているから、まだ在職中扱いかもしれない。
というか、オーナーは何の処理もできていないだろう。
そして、すでに店で働きたい気持ちがない。
今はダンジョンに専念したい。
収入面では仕事は必要だけど、数か月は先でいい話だ。
「オーナーはまさかホントに辞めるとは思ってなかった……って言いだしたっス」
「クビって言われたら、辞めるよね普通」
なんだ、その勝手な言い草は!
一度切れた気持ちは……なかなか戻らない。
自由なダンジョン暮らしを続けたい。
あー。仕事したくねえ。
仕事が恋人だったというなら、もう破局してしまった。
今はダンジョンが新恋人になっているんだ。
……ほんとの恋人もできたしね。はっはっは!
「だから、オーナーには謝るから戻ってきてほしい……って言わせたっス!」
「言わせたのかよ! 自発的じゃないのかよ!」
トウコはふざけた表情を改めて、俺の目をじっと見る。
「オーナーは置いといて……。店にはやっぱり店長が必要っス! バイトの皆は店長に……クロウ店長に戻ってきて欲しいって言ってるっス……!」
「いまさら戻ってきてくれと言われてももう遅い……!」
俺はもうやめた人間だ。
都合が悪くなったから戻ってきてくれと言われてもな。
「そのセリフはもう何回もきいてるっス! でも……それでも戻ってきてほしいっス! 皆が待ってるっス!」
だけど、やり直しのきかないことなんてない。
いつだって、やればできる。
意地を張っても仕方がない。
……俺だけの問題じゃないしな。
「もう遅い……こともない。やりなおすチャンスがあってもいい。はあ……しかたないな」
本当は戻りたくない。
だけど、バイト達に非はない。
悪いのはオーナーだとは思うが、元管理職として俺に責任が全くないとも言えない。
「えっ!? いいんスか? マジっスか!?」
トウコが目を見開く。その目からは涙があふれそうだ。
トウコがまた俺に飛びかかろうとする。頭を押さえて阻止する。
「……正式には仕事に復帰するつもりはない。だけど、給料の処理くらいはしないとな」
「やったっス! 店長が戻ってくるっス! お店を続けられるっス!」
「おい、ここで跳び跳ねるな!」
はしゃぎだすトウコをなだめる俺を見て、オトナシさんが笑っている。
ざまぁ展開はほとんどない!?
トウコは8話「おうちに帰るまでがダンジョン探索です! そして続く日常」の電話相手として登場済です。