宝箱は分身で! 安全確認ヨシ!
「おっ! 宝箱があるな」
未探索のルートを開拓中、広めの部屋の真ん中に宝箱が置かれている。
部屋は正方形で、入ってきたドアのほかに三つのドアがある。
十字路のような部屋だ。
これまでの探索でも部屋にはいろんなパターンがあった。
行き止まりのように、入り口が一つのもの。
ドアが二つで、部屋を通り抜けて次へ進めるもの。
その中心に宝箱がある。
いかにもな宝箱だな!
判断分身を出す。
攻撃を受けたら回避するよう命じる。
モンスターが近づいてきたら攻撃するよう命じる。
その分身を操作して、宝箱に手をかける。
俺は部屋の外まで下がって、入り口から中の様子を窺う。
これだけ離れていれば、罠があっても回避できるだろう。
「いざ、オープン!」
分身が宝箱を開ける。
瞬間、けたたましい爆発音が鳴り響く。
閃光に視界が真っ白に染まる。
「うっ!?」
なんだ!? なにが起こった!?
宝箱が爆発したのか……!?
激しい耳鳴りがする。
目が見えない!
くそっ! 眩暈がする。
自分が立っているのか、倒れているのかもわからない。
いや、俺は立っている。
ふらつきはするが、体に痛みはない。
分身はどうなった?
……分身はまだ、近くにいる。いるはずだ。
分身の感覚を通して様子が分かるわけではない。
ちゃんと操作するには俺が見て操作しなくちゃならない。
操作ができる感覚はあるから、分身は健在だ。
この分身は【判断分身の術】だ。回避と攻撃を命じている。
敵が来れば自動的に戦うはず……。
だが……どうなっているか把握できるわけじゃない。
今この瞬間にも戦闘中かもしれない。
「くそ……どうなってる!?」
白く焼け付いたような視界は、だんだんと戻りつつある。
……失明はしていないはずだ。
だが、ぼんやりとして何も見通せない!
耳鳴りはやまない。音は何も聞こえない。
状況がぜんぜんわからない!
目も耳も……なにもわからない!
落ち着け……!
パニックになりかけている。
「……っ!? 分身がやられた!?」
操作を受け付けない感覚……!
つまり今、分身が消滅したのだ。
「マズい! マズいぞ……!」
おそらく、部屋に敵が入ってきた。
分身と戦闘になって、撃破されたんだ!
俺は入ってきたドアの外にいる。
次の標的は俺だ!
【隠密】はかけているが……斥候がいれば見つかるのは時間の問題だ。
なんとかしないと!
「判断分身の術!」
部屋の中央、宝箱のある方向……おおよその位置へ判断分身を出現させる。
条件は回避と攻撃。
敵がいるなら、これで少し時間が稼げるはずだ!
だが、これでは根本的な解決にはならない。
魔力の残量に不安はあるが……やるしかない!
「自律分身の術!」
健全な状態の自分をイメージする。
目も耳も正常、万全の自分のイメージだ。
――【自律分身の術】が発動する。
その途端、吐き気に襲われる。
「ぐ……魔力酔いか……」
魔力の使い過ぎだ!
判断分身を二体と自律分身を連続して使ったからだ……。
その前にも魔力を使っていた。
もうほとんど魔力はない。
「■■! ■■■■■■■!」
耳元で何か叫ばれたようだ。聞き取れない。
ぐいっと引かれる感覚。
通路側に引っ張られている。これはおそらく自律分身だ。
ふらつく足取りで、引かれるままに移動する。
数歩歩いたところで手を放される。
背負っている忍者刀が引き抜かれる感覚。
間違いない。敵がいる。戦闘のために自律分身が武器を抜いたんだ!
視界はぼんやりと戻ってきている。
部屋の入り口をふさぐようにして自律分身が刀を振っている。
「■■れ! ■げろ!」
自律分身が叫んでいる。
逃げろ? どこへ?
ぼやける頭と視界で、退路を探る。
しっかりしろ!
後ろしかない。来た道を戻るんだ!
長い通路で、松明は回収済のために暗い。
壁に手を添えて、なるべく早く歩く。
距離を取るんだ。目と耳が回復するまで。
自律分身が時間を稼いでいる間に!
「うおおっ!」
自律分身の声に振り向く。
視界が朱色に染まる。顔が熱に炙られる。
火魔法だ!
ゴブリンの呪術師がいたんだ!
自律分身は大きく飛びのいて回避する。
だが、避けきれずに腕が燃え上がる。
部屋の入り口から何かが飛び出す。
自律分身が吹き飛ばされて倒れる姿が見える。
塞いでいたドアから、何匹かの緑色……ゴブリンらしき影が飛び出してくる。
「に、逃げろ! ……ぐあっ!」
倒れた自律分身が、ゴブリンに取り囲まれている。
棍棒が、ナイフが振り下ろされる。
「ぐっ……ああああ!」
盾持ちゴブリンが大きな盾を抱え上げる。
まるでギロチンのように自律分身の首元を狙っている。
――まずい!
このままだと自律分身がやられる!
「自律分身の術、解除だ!」
俺はとっさに【自律分身の術】を解除する。
解除せざるを得ない!
そして、自律分身の意識が、俺にフィードバックされる。
「ぐっ! ああっ!」
――激痛が走る。
ついさっき受けた自律分身の苦痛が俺を襲う。
一番強い体験だ。
途中で解除した自律分身は、いつものように意識を整理していない。
生のままの感覚が伝わってくる。
これでも、意識や感覚の全部ではないのが救いだ。
これまでの体験が流れ込んでくる。
――目も耳も機能するようだ。
――部屋の中央、宝箱が開いている。
――判断分身が背負っていたリュックサックが落ちている。
――判断分身がゴブリンに取り囲まれている。その数は……八体!
――判断分身はゴブリンを攻撃しようとしているが、ダメそうだ。
絶望感を感じる。
これは、自律分身の感覚だ。
二組のゴブリンチームが、判断分身を攻撃している。
判断分身は回避せず攻撃しようとしている。
そして、被弾して攻撃が成立せずに一方的になぶられている。
数発の被弾で、判断分身が塵と化す。
そして――
ダメだ! 意識を保て!
現実……現在に意識を合わせろ!
ゴブリンは自律分身を倒して、そのまま俺が居る通路を進んできている。
俺の視界は回復しかけている。
距離感はわからないが、近づいてきている。
だが、俺の位置はまだつかんでいない。
斥候ゴブリンがこちらを探っている。
耳鳴りはまだやまない。
斥候ゴブリンが何事か叫ぶ。
「■■ッ!」
――本体を逃がせ! 後ろの通路へ!
――このドアを、俺が守るしかない!
――本体の背負う忍者刀を引き抜いて構える
現実と意識のフィードバックが混濁する。
俺は頭を振って意識を集中する。
斥候ゴブリンがこちらを指さして叫んでいる。
くそ、位置がバレた! 【隠密】が見破られた!
もう魔力はない。
使えても術一回分。使えば俺は強い魔力酔いで行動不能になる。
術は使えない。使わない。
どうする。何がある!?
壁に登ってやり過ごす?
無理だ。投げナイフか魔法で狙い撃ちされる!
戦う?
無謀だ。敵は八体。多すぎる!
それにまだ目もぼやけたまま。眩暈もする。
逃げる。
それしかない!
忍び装束のポケットに入れていた各種投げモノをつかみ出す。
煙幕、閃光玉、カンシャク玉、匂い玉だ。
狙いもそこそこに、敵の手前に投げ込む。
結果を確認する暇はない。
自爆を防ぐために目を閉じて耳は片方を塞ぐ。
目を閉じたまま走るために、片手は壁にそえる。
壁走りの要領で、そのまま走る。
足がもつれかける。だが【歩法】がバランスを取って持ち直す。
背後でカンシャク玉が炸裂する。
宝箱の罠の轟音に比べれば迫力は小さい。
閃光玉が発光する。
カメラのフラッシュのようにまぶたの上からでもまぶしく感じるほどだ。
走りながら背後を振り返れば、煙幕がもうもうと視界を遮っている。
匂い玉は効果があったのかわからない。
なんにしろ、ゴブリン達はこちらを見失っている。
ぎゃあぎゃあと喚いたりぶつかり合う音が聞こえる。
通路の先を抜け、次の部屋へ抜ける。
ポーチ下部のホックを外してマキビシをばらまく。
「はあはあ……これでなんとか……!」
俺は荒くなった息を整えようとする。
即効性の魔力回復丸と体力回復丸を飲む。
少しでも、体調を整えておきたい!
この部屋はすでにさっき通っている。
探索済なので危険は小さい。
だがモンスターは移動するから、他の分岐から敵が入り込む可能性もある。
逆側から敵が来て挟み撃ちになっては、おしまいだ。
さっきのゴブリン達が追ってくる前に、もっと距離を取る。
できれば階段まで撤退する。
そこで態勢を整えて……再戦する。
あるいはダンジョンから脱出するんだ。
安全確認したつもりが、ぜんぜんできていなかった!
俺のダンジョンは油断できない!
やっぱりあるじゃないか、宝箱の罠!
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