強欲の魔石と、鑑定と鑑別と……?
「この魔石は後でじっくり鑑賞させてもらいます……!」
そう言うと、宝石商は渡した魔石を収納にしまう。
そして別の魔石を取り出し、手袋をした手に乗せる。
「こちらが強欲の魔石です。
こ、このままご覧ください」
手渡す気はないようだ。
こちらには、奪うつもりなんてないんだけどな。
石に対しては、ちゃんと警戒心を持っているようだ。
優先順位がおかしくないかね……。
顔を近づけて石を観察してみる。
ふむ……。
どう見ても普通の魔石だ。
違いがわからない。
「どうですか?
他の魔石とは違う強い輝きを感じられますよね!」
「うん、まあ、言われてみればそうだな」
宝石商の確信に満ちた言葉に、俺は同意を返す。
「そースか?
ふつーの石に見えっス」
しかしトウコは素直だった。
少しは忖度してやれって。
リンが目を細めるように魔石を見て、宝石商に訊ねる。
「強い魔力を発しているみたいですね。
鑑定してみてもいいですか?」
「ど、どうぞ」
「では、物品鑑定を……」
システムさんに頼んでいるようだが、姿は見えない。
可視化していないのだ。
宝石商からは、リンが鑑定しているように見えるだろう。
「名称は餓鬼の魔石で、カテゴリは魔石ですね」
リンの鑑定では名称とカテゴリが分かる。
「ガキ?
なんか弱そうっスね。
どーだったんスか?」
餓鬼といえば、妖怪や鬼の一種だ。
たしかに強そうなイメージはないな。
宝石商は曖昧な表情で答える。
「さ、さあ……?
広告屋さんにいただいたものなので……」
「広告屋がボスガキを倒してわからせたんスね!」
「そう言うと、ガキ大将みたいだな」
「なんだか、かわいく思えてきますねー」
かわいいかな?
実物を見ていないから想像でしかないが、腹の出た落ち武者みたいなイメージだぞ。
おそらく俺とリンとトウコは、三人それぞれ違うイメージを浮かべている。
トウコが思い浮かべているのは生意気な幼女だろう。
リンはわんぱくな子供みたいなイメージかな。
宝石商は俺たちの会話を理解できなかったようで、曖昧な表情を浮かべている。
「ええと……?
私はダンジョン領域で待っていただけなので……ハイ」
ボス戦には参加せず、外で待っていたのだろう。
彼女は戦闘員ではないから、最前線には出ないんだな。
おっと、脱線した。
話を戻そう。
「餓鬼の魔石か……。
リンの鑑定では、強欲の魔石だとはわからないんだな」
「はい、そうです。
他の魔石と同じことしかわかりません」
「へえ。
スキルレベルの問題か?
いや、スキル自体が宝石商さんと違うんだろう」
リンが宝石屋に訊ねる。
「宝石商さんは、どういうスキルをお使いなんですか?
私は【物品鑑定】を使っています」
「い、【石鑑定】です。
鑑定や鑑別するのに使います」
「なるほど、石に限定した鑑定能力か。
リンの物品鑑定より範囲が狭い分、詳しい情報がわかるのかもしれないな」
リンが首を小さくかしげる。
「鑑定と、かんべつ……?
鑑別は、鑑定とどう違うんですか?」
「え、ええとですね。
鑑別は石が天然か合成か、どんな処理がされているかを判断することで……。
か、鑑定は普通、ダイヤモンドをグレード分けするときに使う言葉なんです」
トウコも首をかしげる。
「あれ?
鑑定はアイテムを調べることじゃないんスか?」
あ、用語がすれ違っている。
「宝石商さんが言っているのは、宝石の分野の話だろう。
トウコのはゲームやアニメでよく見るスキルの話だな」
「私の【物品鑑定】はトウコちゃんのに近いですねー」
「宝石商さんのスキルは、石のグレードがわかるのか?」
「はい。
宝石や石の質がわかります。
あ、あの……この石はもうしまってもいいですか?」
貴重な魔石……と宝石商は思っている。
それを出したままでいるのが不安なのだ。
俺としては、あまり興味ないけど。
「ああ、ありがとう。
参考になったよ」
実際、参考にはなった。
大罪魔石の見た目は、普通と変わらない。
また、物品鑑定しても区別がつかない。
名称から魔石の元になったモンスターがわかるから、そこから推測はできる。
とはいえ、餓鬼の魔石が強欲の魔石だと結びつけるのは難しい。
もちろん餓鬼が強力なボスで、それを倒して手に入れた魔石なら、それが貴重だとわかる。
倒して入手した本人以外に、その価値はわからないということだ。
ましてや、他の石と混ざってしまったら見分けることは不可能だ。
だから宝石商は広告屋に使われていた。
替えの利かない役割だ。
宝石商がまごつきながらも切り出してくる。
「そ、それでその……。
他の石を見てみませんか?
気に入ったものがあったら、交換を……」
「おお、そうだ。
トレードするんだったな。
見せてくれ。
俺の持ってきた魔石も出すよ」
脱線して忘れるところだったよ!
宝石商が机からトレイを取り出す。
上には様々な石が乗っている。
カットされた宝石もあるな。
リンがそれを見て、胸の前で手を合わせる。
「わあ、綺麗ですねー」
「へー、色々あるんスねー。
で、あたしはそのへん見てきてもいいっスかね?」
トウコは石に興味がないようだ。
「ど、どうぞ」
「んじゃ、ちょっとぶらついてくるっス!」
「あまり遠くに行くなよ!」
俺もダンジョンを見てみたいが……。
宝石商が空のトレイを机に置き、指差す。
「え、ええと、ここに石を出してもらえますか?」
「おう」
トレードしないと宝石商が解放してくれそうもない。
俺は収納から魔石を取り出し、トレイに乗せた。