血の匂いと黒い水面!?
よくよく考えると怖いですよね。
スキル振りや第二職業についても考えたいが……。
砂時計を確認すると、もう時間だ。
俺は作ったばかりの忍者刀を展示ラックへ、そっと掛ける。
試し切りは帰ってから!
「待ちに待った朝ごはんの時間だ! 今日はオトナシさんのダンジョン料理が食えるぞ!」
ダンジョンを出る。
今日の朝飯会場はオトナシさんのダンジョンだ。
向こうには俺の装備品がないので、クラフト用の素材一式を箱に詰めて持っていくつもりだ。
あっちにも最低限の装備は必要だ。
俺は道具で戦うタイプだからな。準備が必要だ。
外へ出ると、オトナシさんが壁の穴からぴょこんと顔を出してくる。
「あ、クロウさん。おはようございます!」
「おはよう。オトナシさん。よく眠れましたか?」
「はい。眠れました。ぐっすりです!」
正直、俺は目がさえて寝が浅かった。
壁に穴があってすぐ隣にオトナシさんがいると思うと、どうもね。
一応このアパートは1DKなので、寝室は別になっている。
最低限のプライバシーはある。ここが俺の理性のよりどころだ。
「今日はゴミの日ですね。先に、ゴミ出しちゃいましょうか」
「そうですねー。シモダさんの様子も見てみたい……居るかなあ?」
ゴミ袋を持って、アパートの外のゴミ置き場へ。
これまでオトナシさんとはここで少し話すだけだったけど、これからはいつでも話せる。
シモダさんの姿はない。
もともと毎回、ゴミ捨て場で会うワケじゃないからね。
オトナシさんとはゴミ捨てのたびに会っていた。
だけど、これは偶然じゃなくて、オトナシさんが俺を待ち構えていたからなんだよな。
そういえば、今朝もダンジョンから出た瞬間声かけてきた。
すごい察知力だ。執念というか……。
もしかして、ずっと俺の様子を窺っているんだろうか。
じっと、オトナシさんの顔を見つめてみる。
「……クロウさん。ど、どうしました?」
「いや、ただ見つめてみたくて」
すると、みるみる顔が赤くなっていく。
「えっ……その……」
「いや、オトナシさんは前から俺のことを見てくれてたのかなと思って。俺もその分見つめ返そうかなって」
「なんか……恥ずかしいですね。いつもは私が一方的に見てたのに……」
「俺が鈍かったのかもしれませんね。もっと早く気付けばよかった」
仕事が忙しかったから、いつも気が急いていたんだな。
今はゆとりのある生活ができている。
オトナシさんが耐えきれなくなって、話題を変える。
「そ、そういえば! シモダさんの車、ないですね!? 出かけちゃったかなあ?」
「元気に出かけてったなら、例の影響はなかったってことですね。とりあえずよかった。じゃ、いないうちに壁の穴を広げておきますか!」
「狭いですもんね! もう、壁なんて全部取っちゃってもいいですよ!」
「全部!? 部屋ぶち抜くの!? さすがに大家さんに怒られるよ!」
「そ、そうですね。じゃあ、通りやすいくらいにおねがいします!」
大胆な発想だわ!
そこまでやっちゃうと、怒られるだけじゃすまない気がする。
建物の強度も心配だしね。
部屋に戻って、それぞれ準備をすることになった。
オトナシさんは調理器具を持ってトイレへ向かう。
トイレに調理器具を持ち込んでいく様は、ちょっとおかしい。
彼女は草原ダンジョンの中で畑からの収穫や料理の仕込みを行う予定だ。
俺は部屋の穴を拡張する工事だ。
といっても、雑にバットで殴り抜けただけの穴を整えるだけ。
ノコギリで出っ張りを切って、ヤスリで切断面を滑らかに整える。
防音材や吸音材なんかを仕込んだり、スライド式のドアをつけるのもいいな。
とくに、下の階への防音対策はちゃんとしないと、シモダさんにどやされる。
借家のアパートを勝手に工事してしまうが、すでに壁に大穴を開けた後だ。
ここまで来たらとことんやっちまえの精神である。
バレたら謝る。そりゃもう土下座でもするさ!
「よし、とりあえず形にはなったな。あとは材料を注文して、届いてから続きをやろう。今日のところは、引っかからずに通れるようにはなったから、よしとしよう!」
……そろそろご飯できたかな?
呼びに来るまで待っていればいいのか?
入り口がトイレだから、勝手に入っていいのか悩ましいんだよね。
「……とりあえず待ってみるか。よく見るとまだ、血なまぐさい感じするし……」
昨日けっこう掃除したけど、まだ充分じゃない。
拭き掃除をして待っていると、オトナシさんがダンジョンから出てきた。
「ごはんできましたー。あ、掃除してくれてたんですね。わあ、穴も広がっていい感じですね!」
「この部屋、ちょっと血なまぐさくないですか? 大丈夫でした?」
「ちょっと血なまぐさい感じはありますが、クロウさんの匂いだと思えば……平気です」
……マジで!? 誰の血とか関係あるんだろうか……。
匂いフェチだったりするの!?
俺はさすがに、人の血で興奮はできないな。
「平気なの!? ま、まあ、換気扇して消臭剤でも置いておけばそのうち薄れるかな」
「後でもっと掃除しておきますね! とりあえず、ごはん食べましょう!」
「あ、そういえばダンジョンに入るとき、じっくり見ててもいいですか?」
「……じっくり? な、何をです!?」
ちょっと慌てた様子のオトナシさん。
さっきみたいに顔を見つめたりするんじゃない。
色気のない話。転送門に触れた瞬間の様子が見たいのだ。
まあついでに、ダンジョンに入っていくオトナシさんの後姿をじっくり眺めるのも……。
いやいやチガウ!
「ダンジョンに入るときって、黒い水面に触れると意識が途切れてダンジョンで意識が戻る感じですよね? あのとき、外から見てるとどうなるのかと思いまして。ほら、自分が通るときってどうなってるか見れないから」
「ああ! なるほど! じゃ、見ててくださいね。では、入りまーす!」
トイレの転送門も、見た目は俺のクローゼットと変わりない。
オトナシさんがトイレの内側にある転送門へ触れる。
触れた瞬間、オトナシさんが勢いよく、転送門の中に引き込まれていく。
ほとんど一瞬の出来事だ。一秒にも満たない。
黒い水面が素早く動いて、オトナシさんの体を包み込んだようにも見えた。
それを見た俺は、絶句する。
「うお……。こういう感じなのか!」
思っていたより怖い感じ!
普段は門に触れたら向こうにいるという結果しかわからなかった。
通り抜けていく感じじゃない。
もっとこう、転送される感じを想定していた。
瞬間移動みたいにダンジョンへ移動していると思っていたんだ。
まさか、こんな吸い込まれる感じだとは……。
いや、知らなきゃよかった感あるね!
そういえばストーカーが黒い物体に飲み込まれた時も、似た感じだったな。
もっとゆっくりと、床に沈む感じだったけど。
ということはあの黒い物体も、このダンジョンの入り口と同じものなんだろうか。
「ストーカーが追放された先は……ダンジョンなのか?」
ううむ、ダンジョン不思議すぎる!
「ま、気にしてもしょうがない! さ、あんまり待たせても悪いから……いざ!」
でも……ちょっと覚悟を決めてから門に触れた俺であった。
ダンジョン側の出口で、オトナシさんが俺が出てくるのを待っていた。
驚いた表情で固まっている。
俺が出てくる様子を見ていたんだな。
「……わあ! そういう感じで、出てくるんですね。ひゅって感じでした!」
「お待たせしました。入るときも引き込まれる感じでしたね。黒いアレに」
「ちょっと怖い感じしますけど……とりあえずごはんにしましょう!」
「……そうしましょう!」
オトナシさんは切り替えが早かった。
食事が並べられているところへ案内してくれる。
俺はまだちょっと、衝撃が抜けないな。
没タイトルシリーズ
ひとりではできないこと!?