自律分身の消失!? その2
視界が切り替わり、俺のダンジョンの拠点部屋だ。
「――ぐあっ!?」
俺は衝撃を感じて、その場にうずくまる。
まるで頭部を殴りつけられたような、激しい衝撃。
意識が――強烈な意識が流れ込んでくる。
これは、自律分身の意識だ。意識のフィードバックだ。
俺が居ない間に消えた自律分身の意識は、ちゃんと残っていた!
ストーカーが襲ってくる前、自律分身がモノリスでアイテム交換ができるかを確認しようとしていた。
一人でおつかいに出た自律分身の記憶。
その記憶が怒涛の如く流れ込んでくる。
――モノリスでのアイテム交換はできなかった。
――モノリスがあることは認識できる。だが、触れても何も起こらない。
――俺はモノリスに認識されない。つまり、人間とは見なされないのか。
――やはり、ショックだな。
――拠点に戻ったが、本体がいない。
――どうしたんだ? もう少し待ってみるか。待つしかできないが。
――おかしい。遅い。もうすぐ俺は消えてしまう。
――このままだと、本体が外にいる状態で消えることになる。
――いつか試そうと思っていたことだ。
――だけど心の準備ができていない。
――このまま消えたらどうなる?
――この記憶、経験は無駄になってしまう?
――誰にも受け取られることなく、忘れられてしまうのか?
――消えてしまうのか?
――俺がここにいたことが消えてしまう!?
――本体に還元されるなら、消えたってかまわない。
――だけど、どこへも残らずに消えてしまうのはイヤだ!
――くそ、早く戻ってくれ、本体!
自律分身の意識が、流れ込んでくる。
強烈なさみしさ、不安感。
消えてしまう、忘れられてしまうという恐怖。
自然と、涙が流れた。
ああ、忘れていたわけじゃない。
ストーカー事件のせいで戻れなかったんだ。
自律分身はそのまま、俺と相談することもなく取り残されてしまった。
そして、そのまま消えてしまった。
俺はそのころ、ストーカーに刺されて気絶していた。
戻ることはできなかったんだ。
その後、俺は数時間は草原ダンジョンの中に居た。
でも今統合された記憶は……まるでついさっきのものだ。
実際には数時間前に自律分身は消えたはず。
しかし、俺に統合された記憶はついさっき、今まさに消えようとしている自律分身の記憶なんだ。
俺の過去のその時間の記憶として、書き込まれているんじゃない。
実際の時間の経過――時差は無視される。
まるで今起きている出来事のように、自律分身の感覚が俺に書き込まれている。
そしてその記憶、一番強い思いは……。
――本体が戻らない。外で何かあったのか!?
――まさか、ストーカーが来た!?
――オトナシさんは無事なのか!?
――くそ、外にいけないのがもどかしい!
――無事でいてくれ!
胸がざわざわと、不安にかき立てられる。
オトナシさんが、俺のダンジョンに入ってくる。
そして、うずくまる俺を見て心配そうに声をかけてくる。
「……クロウさん!? 大丈夫ですか!?」
俺は焦りの強い必死の形相で、振り返る。
無事か!? ストーカーはどうなった!?
「オトナシさん! 大丈夫ですかっ!?」
「えっ? 私は……大丈夫、ですが。クロウさんこそいきなり、どうしたんですか?」
「よかった……! 無事ですね……いや……んん!?」
「あれ……? な、泣いてるんですか?」
彼女は無事だ。ストーカーは居ない。
いや、居ないのはあたりまえだ。シモダさんが来て……それからストーカーは消えたんだ。
オトナシさんは大丈夫だし本体も……いや、俺はケガはしたけどもう治っている。
俺も大丈夫だ。
何時間も前から、とっくに安全だ。
これは……時差。記憶が混ざって混乱しているんだ。
落ち着け……!
「ああ……いや、大丈夫です。ちょっと、混乱しましたが……」
「よかった。びっくりしました。急に座り込んで苦しそうにしていたから……。なんだかわかりませんが、もう大丈夫ですよ」
彼女が混乱する俺をなだめるように、頭を抱いてくれる。
やわらかくて、あたたかい。
彼女のやさしさに包まれた俺は、安心を覚える。
「……もう、落ち着きました。俺には自律分身の術というスキルがあって――」
俺は、簡単に【自律分身の術】について説明する。
その意識が、俺に書き戻されて混乱したこと。
ついさっきの出来事のように、それを感じたこと。
「そう、なんですね。それは……自律分身さん、かわいそうに。どんなに不安だったか……」
オトナシさんは悲しそうな表情で、俺の手を取っている。
まるで俺の中の自律分身に語りかけるみたいに、声をかけてくれる。
「大丈夫、大丈夫ですよ! 自律分身さん! 私もクロウさんも無事ですからね!」
「……ありがとうございます、オトナシさん。自律分身はもう俺の中に統合されて、俺自身なんです……心配してもらってその時の俺も浮かばれた……? 喜んでいると思います。ありがとうございます」
「あっ、そうなんですね。ちょっとよくわからないですが、とにかくよかったです。それに、そんなに心配してくれて、ありがとうございました!」
オトナシさんはこぼれ落ちる涙をぬぐいながら、笑顔を浮かべた。
俺も涙をぬぐって笑う。
最近、俺は涙もろくなった気がする。
自律分身は俺自身だ。消えるたびに、俺の一部が消えたような気分になる。
それに今回は、いつもよりも記憶が強烈だった。
いつもはもっと整理されて……淡々とした記憶なんだ。
これはもしかして、消える前の自律分身が記憶を整理して、要らない記憶を俺に書き戻さないように気を使っていたのかもしれない。
【意識共有】は完全に記憶を引き継いでいるわけではない。
多くの記憶は消えてしまって、大事なことだけが残る。
自律分身は毎回、本体に負荷を与えないように消えるときに残す記憶を選んでいたのかもしれない。
無意識に、それを行っていたから、俺は知らなかったとか……。
今回は整理する時間の余裕がなくて、こうなったのかもしれない。
それに、彼女といると、感情が制御できなくなる。
俺が我慢や自重をしようとしても、それを引き出してしまう。
心が緩くなる。軽くなってしまう。
どうしようもなく、俺の心を揺さぶるんだ。
やはり彼女は特別だな!