自律分身の消失!?
「それにしても、クロウさんはいろんなスキルが使えるんですね!」
「器用貧乏ではありますけどね。一人でダンジョンを攻略していると、いろいろできたほうが便利かと思って」
「すごいなー。私なんか火魔法しかできないから……。それに、システムさんに頼ってばかりで……」
オトナシさんは【火魔法】特化だという。
システムさんは【サポートシステム】というスキルだ。
他には【モデル】があるらしい。
【サポートシステム】は、システムさんである。
チュートリアルシステムは役割を終えると消えるのが普通らしく、それを拒否したところ選択可能になったらしい。
俺なら、チュートリアルを終わりますか? と言われたら「ハイ」と答えてしまう。
ゲームの感覚ではそうなる。
さすがにゲームのように読み飛ばしたりはしないだろうが、終わったら次に進む。更にチュートリアルを続けようとは思わないはずだ。続くとも考えない。
このあたりも、俺ではありえないルートを選んでいる。
オトナシさんは、運がいいというか、かなり恵まれているように思える。
「サポートシステムってしゃべる以外の使い方ってどうなんです? たしかスキル使用の補助って言ってましたよね」
「私のスキルを補助してくれるんですよ。草むらのスライムさんを見つけてくれたり――」
オトナシさんが使い方を説明してくれる。
サポートシステムは使用者のスキルの一部をサポートに使うことができる。
サポートシステムが【魔力知覚】スキルの応用で、モンスターの位置をオトナシさんの視界に強調表示しているらしい。
だから、茂みの中にいるスライムが見えてしまうワケだ。
なにそれ凄い。システムさん便利すぎない!?
俺も欲しいぜ、システムさん!
一家に一台、一人に一システムさんの時代が来ないものか!
しかし残念。俺は今からは取得できないらしい。
チュートリアルを受けていることが条件になるそうだ。
スキルの条件って、取り返しのつかない要素があるんだな……。
とはいえ、条件を気にしてばかりでは何もできなくなってしまう。
気にしないことにしよう。
「クロウさん、ほかにはどんなスキルがあるんですか?」
オトナシさんが興味津々といった感じで聞いてくる。
俺はスキルが多すぎるから答えると長くなる。
やっぱり、面白そうなスキルから紹介していったほうがいいよね。
通常とは違うルートで身につけた……エラーっぽいスキル。
「たとえば――自律分身の術というスキルがあるんですが……あれ?」
【自律分身の術】を発動させようとして――できなかった。
どうした?
発動しないのはクールダウン時間か?
まてよ!? 自律分身はストーカーが来る前に俺のダンジョンの中で出したまま……?
胸の内に、ざわざわとした感情がわき上がる。
……あれ? これ、大丈夫なのか? やばくないか!?
俺は今、自分のダンジョンの外にいる。
自律分身はクローゼットダンジョンの中だ。
それぞれ違う場所にいる。
それどころか今、俺はオトナシさんのダンジョンの中だ。
ダンジョンは異空間だという。ルールすら違っている。
そんな状態で自律分身の効果時間は、とっくに過ぎている……!
クールダウンによって発動しない感覚じゃない。
まるで【自律分身の術】がないみたいな感覚……。
まさか、二度と使えなくなったりしてないよな!?
今更ながら、ストーカー戦からどのくらいの時間が経ったんだ?
ストーカーと相対していた時間はそれほど長くない。
その後気絶していた。
目を覚ましたら、ストーカーが焼け焦げて出てきた。
気絶していた時間もそれほど長くはないだろう。
俺が失血死しない程度の時間だ。
そして、シモダさんの乱入とストーカーの追放。
また気絶した俺をオトナシさんが草原ダンジョンへ運んで……。
ここで意識を取り戻すまでどれくらいかかったんだ!?
「オトナシさん、そういえば俺はどれくらい気絶してたんですか?」
「ええと、一時間くらいでしょうか?」
「一時間か……その時点で、完全に時間オーバーしていたな。……急ですみませんが、自分のダンジョンに急いで戻らないといけない用事を思い出しました!」
「え……?」
オトナシさんは困惑したような、さみしそうな表情を浮かべている。
今まで楽しくオトナシさんのダンジョンを案内されていたのに、急すぎたか。
突然、置き去りにする感じになってしまう……。
「あ、良ければ一緒に俺のダンジョンに来ますか?」
「えっ! いいんですか!? いきたいですっ!」
パッと表情を明るくして、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶオトナシさん。
揺れる……。揺れている……!
って、俺は大事な用事を思い出したんだ!
早く帰ろう!
「……じゃあ、一緒に行きましょう!」
俺達は草原ダンジョンの出口まで走り出す。
大木の根元にあるダンジョンの出入り口、転移門に触れる。
――視界が、オトナシさんの部屋に切り替わる。
「――うおっ!?」
俺は何かに足を取られてバランスを崩す。
足元を見ると、赤黒く固まりかけたおびただしい血だまりがある。
大量の血痕。そのうえに俺は立っていた。
部屋の中からトイレへと、何かを引きずった跡が続いている。
なにこれ!?
スプラッターな殺人現場みたいになってるんですけど!?
「――きゃあっ!」
「うおわあっ!」
背後から、悲鳴が聞こえた。
びくっとしたわ!
続いてダンジョンから出てきたオトナシさんが足を取られて滑りかけていた。
とっさに俺は彼女を支える。
ダンスの決めポーズみたいに、背中を支えて向き合う形だ。
「……セーフ!」
「はあわっ! あ、ありがとうございます!」
オトナシさんが変な声を上げる。
気まずくなる前に、抱き起こして離れる。
「これは……俺の血か。うわあ……思ったよりひどい状況だったんだな」
「び、びっくりしたあ! ……これはひどいですね! あとでお掃除しないと……」
正直ひいた。
殺人現場の被害者は俺だった。
これで、よく生きてたな俺。
ここはダンジョンじゃないから、血が消えたりしない。
掃除しない限りはずっと生々しい感じになってしまう。
「そうですね。あとで掃除しましょう。でも、いまは俺のダンジョンへ!」
「はい!」
玄関を通って俺の部屋に行こうとも思ったが……。
部屋のカギは空いているが、俺の服は血まみれだ。
うっかり誰かに見られて警察でも呼ばれたら……ダンジョンがバレる。
それは避けたい。
「こんな格好を見られてはまずいから、壁の穴を通っていきましょう」
「そ、そうですね。私もこの穴、通りたいと思ってました!」
「と、通りたいの!? そ、そうですか? じゃあ、いきましょう」
俺は穴を通り抜けて向こう側へ。
通れるギリギリにぶち抜いた穴なので、少し狭いがなんとか通れた。
俺は注意を促すために振り向きかけて、固まった。
「オトナシさん、狭いから気を付け――」
「ううーっ! せまっ!」
すでにオトナシさんが壁に挟まっていた。
豊かなでっぱりが――壁に引っかかっていた。
「だ、大丈夫ですか? ……手伝いますか?」
なにをよ!?
「は、はい。大丈夫で……す!」
オトナシさんはやわらかいでっぱりを押しつぶしながら、穴を抜け出てきた。
その反動で……。うん。いいものを見た!
なんか、そのまま穴に挟まっていてほしかったような気もする……。
いや、無事に出られてよかったね!?
「……ここが、俺のダンジョンの入り口です」
気を取り直して、クローゼットを開きながら説明する。
「ああ、トイレじゃないんですね! それであの時、クローゼットを開けないように言ってたんですね。てっきりほんとに男の人の秘密があるのかと思ってました……」
ちょっと、照れ笑いを浮かべているオトナシさん。
男性向けの専門書がしまわれているようなことを匂わせて、開けるのを阻止したんだけど……。
……信じてたんだ。
信じてもらわないと困るけど、信じられたくなかったな……。
「まあ、ダンジョンは秘密でしたから。じゃ、入りますね。中は暗いので、足元に気を付けてください」
「はい。ついていきますね!」
俺は逸る気持ちを抑えながら、ダンジョンへと入る。
自律分身の記憶、意識よ……残っていてくれ!