こんなに違う!? 違っていてもいいんだよ!
「それじゃあ、分身を操作して草むらのスライムを攻撃しますね」
「はいっ! お願いします!」
オトナシさんは期待の表情で、草むらへ向かう分身を見ている。
今、俺は装備が何もない。
気絶している間に運ばれてきたんだから当然だ。
俺は、武器なし壁なしの条件だとできることが限られてしまう。
俺の強さは、コツコツ用意した忍具によるところが大きい。
隠れられる環境や、有利な位置取り。立ち回り。
環境が開けた草原となると、だいぶ違ってくる。
さて、どうしよう。
草むらは俺が隠れるにはうってつけだ。
だけど、スライムもどこに潜んでいるかわからない。
くっつかれたら厄介らしいから、ちゃんと索敵する必要があるだろう。
壁はないけど、十分な太さの木はたまにある。
まばらなので、いつでも足場として使えるほどではない。
色々考えないとな。
どうせなら無双の活躍して、いいとこ見せたい欲が出ちゃうんだけど!
しかたない。今は準備もないので、地道にスライムを攻略しよう。
いきなり俺が近づいたり触ったりするのは危険だ。
まずは分身の素手攻撃で様子を見てみよう。
草むらに分身が踏み込んでいく。
なんの警戒もなく、ただ突っ込ませる。
その様子を、オトナシさんは心配そうに見ている。
「危ないですよ……?」
「大丈夫、分身はやられても平気なんです」
「え、でも……」
分身とはいえ、見た目は俺と変わらないからな。
はた目には俺がやられそうに見えるのかもしれない。
草むらががさりと揺れる。
ぽよんと、そいつが飛びだしてくる。
――スライムだ!
やっと、姿を見ることができた!
現れたスライムは、ゼリー状の塊だ。
サイズ感は思ったよりも少し大きい。サッカーボール大だ。
つぶれた楕円形で、ゼリーやグミのようにぷるぷるしている。
目や耳など、顔のようなパーツはない。
飛び上がったスライムが、分身の足に取りつく。
そして、そのままもぞもぞと体を這い上がっていく。
オトナシさんが心配そうな声を上げる。
「ああっ! くっつかれましたよ!」
「大丈夫です。分身はやられても大丈夫! 痛みはありません」
分身は攻撃されても全然問題ない。
だけど、見た目にはピンチっぽくなる。
さっきも言ったつもりだけど、実際に目の当たりにすると心配になるよね。
口で説明したからって、伝わりにくい部分だな。
【分身の術】には意思がない。痛みも感じない。
やられても、また出せばいい。
魔力のコストも軽い。
オトナシさんには心配ばかりさせて、なんだか申し訳ないね。
這い上がろうとするスライムを、分身が拳で殴る。
が、スライムの動きは止まらない。
うーん、殴ってもダメか。じゃあ、ひきがはがしてみるか。
しかし指でつまんだり、引っ張ったりしても、はがすことができない。
つかもうとすると、ぐにゃりと姿を変えて逃れてしまう。
打撃無効で、掴むこともできない!?
俺は魔法みたいな攻撃手段がないから、倒す方法がないのか?
「ふむ。素手じゃ攻撃が通じないかな?」
「あー! 消えちゃいましたっ!」
分身がやられて塵となる。
スライムがぽとりと地に落ちる。
「また出すから大丈夫ですよ!」
オトナシさんが心配するので、次の分身をすぐに出し、スライムへ向かわせる。
分身がやられた原因は不明だ。
おそらく、取りつかれた箇所にダメージを受けたんだ。
酸とか消化液のような攻撃だろう。
分身の体の感覚はわからないので、どういう攻撃を受けたかはわからない。
見た目にも、何かされた感じはしなかった。
「これでいいんです。俺はこうやって相手の様子を見ていきます。普段なら一回帰って、武器とか道具を用意しますが……今日はこのまま行きます」
お湯とか火とか塩なんかを用意すれば簡単に倒せる気はするが……。
新たに生み出した分身で、スライムに向けて拳での攻撃を続ける。
地味な絵面だ。
オトナシさんの魔法に比べると、なんて地味なんだ!
地味すぎるゥ!
俺は少し近づいて、安全圏からスライムを観察する。
よく見れば、スライムの半透明の体の中に丸いナニカがある。
核――だろうか。
創作のスライムは、これが弱点だ。
「よし。分身、核を狙え!」
そこを狙って、拳を打ち下ろす。
スライムは特に避けようとはしない。
拳が核を打つ。地面と挟み込むようにして、押しつぶす。
すると、スライムが塵となって消える。
「お、やったぞ!」
モンスターが塵になるのは俺のダンジョンと同じルールか。
「倒せましたね! 殴って倒すのって大変なんですねー」
パチパチと手を叩いて褒めてくれるオトナシさん。
「はあ。まあ、なんとかですね」
「でも、魔法もなしで倒しちゃうのはすごいですよ!」
褒められても素直に喜べない感じ。
別に悪気はないだろうけど、俺の地味な戦闘よ。
スライムと俺の相性の悪さもある。
物理に強い。触れない。
「私なんて最初は死んじゃうかと思ったんですよ! システムさんが声をかけてくれなかったら……魔法がなかったら危なかったんです!」
「そうだったんですか。今更ですけど、無事でよかった!」
「えへへ、ありがとうございます」
そうか、オトナシさんも最初はレベル1だもんな。
入ってすぐは弱かったんだ。
ピンチになったとき、チュートリアルが現れたのか。
俺の場合は、普通にゴブリンを倒せてしまった。
そのあと、自分でステータスの存在に気づいた。
オトナシさんのように何も知らずにダンジョンに踏み込んで、ピンチに陥ることがチュートリアルシステムの現れる条件なんだろうか。
正直、ちょっとうらやましい。
俺はチュートリアルを受けられなかったからいろいろ苦労したしね。
でも、システムさんのおかげでオトナシさんが助かったんだ。
感謝すべきだろうな。
俺のクローゼットがこのダンジョンにつながっていたとしたら、どうだろう。
レベル1でスライムに勝てるか?
バットがあればいけるか……?
微妙だな。
やはりスライムはザコじゃないな!
オトナシさんは魔法の一撃で、スライムを倒す。
俺は色々試してやっと倒す。
やり方は違うけど、結局は敵を倒せる。
ケガをせず、無事だ。
だから、どちらも正解だ。
やり方も、考え方も違っていていいんだ。
進む速度も、ゆっくりでいい。
みんな違って、みんないい。
俺はこれでいい。間違ってない。
それにしても、俺のダンジョンとオトナシさんのダンジョンにはずいぶん違いがある。
前にリヒトさんに職業について聞いた時、すべては把握していない様子だった。
ダンジョンについても把握できないほどあるのかもしれない。
ダンジョンの数だけルールがある?
人それぞれ、持っているダンジョンが違うのだろうか?
たとえば、潜っていけば別の人に会うこともあるのかと思っていたが……あくまで個人用なのか?
謎は深まるばかりだな……。
とにかく、ダンジョンは複数あることはもうわかった。
俺たち以外にも、ストーカーのようにダンジョン持ちはいる。
現代日本に、スキルの力を持ち出すこともできるんだ。
……ダンジョンの外にも力を持った敵がいる。
平和に思えたこの世界は、案外脆い。
俺は力なんて要らないと思っていた。
趣味の範囲で自分のダンジョンに潜っていればいいと思っていた。
だけど、今は違う。
俺は、この平和な時間をずっと続けていたい。
平和は自分で守らなければいけないんだ。
彼女は俺より強いかもしれない。
俺が守ろうだなんて、おこがましいかもしれない。
それでも、俺が守る。
俺は、彼女を守れる男でありたい!
大切なものは自分で守らなきゃいけないんだ。
そのためにはやはり、力をつけることだ。
さいわい、俺には、俺達にはダンジョンがある。
力をつける方法がある。
ここでは、シンプルに結果が出る。
敵を倒す。レベルが上がる。スキルを身につける。
まるでゲームのように強くなれる。
やればやっただけ、ちゃんと強くなれる。
ただ与えられた力じゃない。
自分で勝ち取れる力。努力の先にある力だ!
もう、ただの趣味じゃない。
これからは目的をもって、ダンジョンを攻略するんだ!
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