草原ダンジョンのモンスター……有名なアイツ!?
モンスターを見かけないという話を振ったところ、オトナシさんが張り切って先導してくれた。
「あそこにいます! ほら、あそこの草の茂みです!」
「おっ! たしかに、何か動いてますね」
オトナシさんが、少し先の草の茂みを指さす。
ちょっとした花壇くらいの範囲にこんもりと草木が茂っている。
うっそうとしていて、中は見通せない。
風で揺れているのとは別に、がさがさと動いているように見える。
――何かいる。
「なので、やっつけちゃいますね! ――ファイアボール!」
「おわっ!」
オトナシさんが茂みに手を向けて、魔法を放つ。
いきなりなので、ちょっとびっくりした。
ダンジョンの外では発動しなかった魔法が今、発動する――
何の予備動作もなくタメもなく、手のひらから火の玉が放たれる。
その大きさはサッカーボールほど。
かなりの速度で、一直線に茂みへと飛んでいく。
――着弾。
火球が弾けて、茂みが燃え上がる。
おー、派手に燃えてるわ!
「おお! 茂みごと……!」
「こうすれば安全なんですよ!」
ちょっと得意げな様子で胸を張るオトナシさん。
なんてたわわし――頼もしいんだ!
すぐに火勢は強まり、周辺が火の海に。
キャンプファイヤーくらいの規模感の火の手が上がる。
少し離れている俺の顔が火にあてられて熱くなるほどだ。
ちょっと、火力強くね!?
周囲の草に引火して、草原が焼け野原になっちゃわない!?
「……という感じです! 消火!」
彼女が手を振ると、燃え盛っていた炎が鎮火する。
「おお、消えたっ! 大火事にならなくてよかった……」
火をつけるだけではなく、消す魔法もあるのか!
そうだよな。そうじゃないと危なくてしょうがない。
自分がヤケドしてしまいそうな勢いで燃え盛ってたからな。
「ふふ、大丈夫ですよ……最近は気を付けてますから」
「……前に、やったんですね」
「えへへ……はい」
バツの悪そうな笑みを浮かべるオトナシさん。
草むらの中にいたであろう敵は、姿を見せるまでもなく燃え尽きてしまう。
結局、姿を見ることはできなかった。
「……思ったよりワイルドな倒し方ですね!」
「くっつかれると厄介なので、遠くからやっつけるのが一番なんです」
「くっつかれる?」
「うっかり草むらに入ると、飛びかかってくるんです」
飛びかかって、くっつくモンスター?
虫か何かだろうか。
オトナシさんは、たまに説明が飛躍するときがある。
イメージや想像でしゃべってる感じなのかな。
俺なんかは、文字や理屈で考えることが多いんだけど。
「……姿が見えませんでしたが、どういうモンスターなんです?」
「あっ! そうでしたね。つい、いつもの癖でやっちゃいました。えーとですね、スライムってわかります? ぷにぷにした生き物で……」
「おお、ファンタジーの定番、スライムですか!」
「定番なんですか? 私、あんまりゲームとかやらないから詳しくなくて。くっつくと、ひりひりしますから気を付けてくださいね。その、服とかも溶かされちゃいますし……」
「……前に、やられたんですね」
「はい……」
想像してみる。
茂みに踏み込んで、スライムが飛びかかる。
オトナシさんの体をうにうにとスライムが這い上がり、服を溶かしていく……。
「それは、ぜひ見てみたいですね!」
「……スライムを?」
おっと、うっかり食いついてしまった!
ちょっとジト目で見てくるオトナシさん。
「スライムを、です。もちろん」
スライムにもいろいろあるのだ。漫画知識だけど。
いま聞いた特徴だと、どういう種類なのかはわからない。
ぷよぷよして、体当たりをしかけてくるようなゼリー状のやつは、弱いことが多い。
アメーバ状の不定形のスライムは酸などで攻撃してきて強敵のイメージだ。
オトナシさんの話からすれば、ぷよぷよしていて、くっついてくるスライムだ。
「スライムの実物見てみたいですね。居ないかな?」
好奇心というか、実物を見てみたい!
ゴブリンは見慣れたけど、スライムは見たことがないしね。
ファンタジーと言えばスライム。
ちょっとした憧れというか……。親近感みたいなのあるよね。
ゴブリンには親近感なんてわかないし。
俺は草むらを探してみるが、なかなか見つからない。
「えーと……ほら、あそこにいますよ!」
オトナシさんが別の茂みを指さす。
やっぱりスライムの姿は見えないが、どうやって見つけてるんだろう。
慣れてくれば見つけられるようになるのか?
草むらがガサガサと揺れている。
うん、居るみたいだ。
「じゃあ、今度は俺が忍術を見せますね」
「え!? やったあ! 忍術、見たいです!」
さっきはオトナシさんが魔法を見せてくれたから、今度は俺が忍術を見せる番だろう。
俺が忍者であることは、もう軽く話してある。
「では、驚かないでくださいね。――分身の術!」
「――わあっ! クロウさんが増えた!?」
【分身の術】が発動する。
実体を持った分身が俺達の前に現れる。
分身は今の俺の姿と同じ姿だ。
シャツは血で汚れて、所々がナイフで切れている。
ちょっと、みすぼらしいな。
着替えなきゃな。装備もなんもないし。
そんなショボめな分身だけど、オトナシさんへのウケは悪くない。
オトナシさんは目を輝かせて、俺と分身を見比べている。
「すごい、すごい! ほんもののクロウさんみたい……!」
「これが分身の術です。操って動かすこともできますよ。ほら」
分身に指示をして手を振らせる。
微妙な操作はむずかしいので、基本的に分身は無表情だ。
オトナシさんはそれをキラキラした目で見つめている。
子供みたいに喜んでくれている。
嬉しいような恥ずかしいような気分だな。
「ついに一家に一台クロウさんの時代が来ましたね!」
「そんな時代は来ないと思いますよ!?」
分身へ熱をおびた視線を向けているオトナシさん。
「あー、一台……ひとり、欲しいなあ……」
「分身を!? すぐ消えてしまうので、無理ですよ」
しょんぼりと肩を落とすオトナシさん。
「……そうですか」
「でも、別に分身なんて要らないじゃないですか」
「えー? なんでですか?」
「だってほら、本体は……俺は消えないですし。ずっと隣に居られますよ!」
突然何言いだすんだ、俺!
言った自分が恥ずかしくなるわ!
「……そ、そうですよね! もちろん、本物のほうがいいです!」
謎のやり取りを繰り広げる俺達に、分身が無表情に手を振っている。
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