知ってはならない最大の謎!? 草原ダンジョンとは――?
MVPといえば、オトナシさんも奮闘していたな。
気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、ここでストーカーと戦ったんですよね。それってどんな感じでしたか?」
「どんなって……。えーと、ストーカーさんは姿が全然見えなくなっちゃう感じでした。気づいたらすぐ後ろに居たり……」
俺が刺されたあと、オトナシさんはトイレへ駆け込んだ。
つまり、今いるこの草原ダンジョンの中だ。
そして、ストーカーは追って中へ。
俺はそのあと気絶していた。
気づいた時には、焼け焦げたストーカーがトイレから出てきた。
草原ダンジョンの中でオトナシさんと戦った結果だ。
そう、結末だけはわかっている。
ストーカーを撃退できたんだ。
オトナシさんはストーカーよりも強い。それに、俺よりも。
俺の目の届かないところで起こった出来事は、俺にはわからない。
ダンジョンの中での出来事は、俺は知らないままだ。
せっかくだから、その時のことを知りたい。
本人に聞いてしまおう。
「その時の様子をちょっと詳しく聞いておきたいなって」
「詳しくですか? そうですね……」
オトナシさんは思い出しながら、語りだす。
「私はまず、このトイレに入りました。気持ちの整理と準備のために、少し離れた草むらに隠れました……。だけど、ストーカーさんは入ってきてすぐに、私の場所が分かるみたいに、一直線にやってきたんです。ほら、あのあたりにあった茂みです」
オトナシさんが少し離れた場所を指さす。
今いる場所は小高い丘になっていて、周囲が見渡せる。
俺のダンジョンとは違って、開放感があるな……。
この丘の大きな木の元に、ダンジョンの入り口がある。
大きな木は一本だけなので、ダンジョンの入り口を見失うことはないだろう。
オトナシさんが指し示している場所には……茂みはない。
焼け焦げて黒ずんだ土が見えている。
「茂み……が、あった? 焼け焦げてますね」
「あ、そうなんです! あそこでストーカーさんと戦ったので、茂みは燃えちゃいました。でも、ここの植物は燃やしてもすぐに生えてくるんですよ!」
「……燃やしても生えてくる? なんか、すごいファンタジーですね!」
ここでは木や草がいくらでも手に入るわけだ。
それって……果樹でも生えてたら、食べ物を手に入れ放題か!?
あれ……それに比べて俺の洞窟ダンジョンって不毛の大地じゃね!?
食べ物もない。木も草もない。石すらほとんど落ちていない。
三階層まで行けば岩があって、水があるけど……。
あれれ……?
もしかして俺のダンジョン、ハードモードなのか!?
「……クロウさん? すごい顔してますけど……。あっ! ケガのあとが痛むんですか……?」
オトナシさんが心配そうな顔で覗き込んでくる。
近い近い!
「あ、いえ! そうではなくて、俺のダンジョンとの違いに戸惑ってただけです」
「そんなに違うんですか?」
驚くくらいに違っている。
見た目や地形だけじゃなくて、ルールまで違う。
これがシステムさんがいう異空間は外部とは異なる法則が適用されるってことだろうか。
ダンジョンごとにも、法則が異なる?
「俺のダンジョンは……草も木もないですし、空もないんです」
「えっ!? 空がないんですか……!?」
「あ、洞窟なので天井はありますけどね」
「ああ、そういうことですか。びっくりしましたー」
まあ、わざと言った感はある。
この草原ダンジョンには空がある。
当たり前のように雲も流れている。
陽光が降り注いでいるわけだから、太陽もある。
太陽があるということは宇宙が……。
いや、難しく考えるのはよそう。
とにかく、空があって太陽がある。
俺からみれば、かなりファンタジーだし、驚きだ。
それをオトナシさんに伝えても、ややこしくなりそうだ。
今は、話の腰を折りたくない。
というかもう、腰は折れまくっている気がする。
燃えてもすぐ生えてくる植物とか、突っ込まざるを得ない。
脱線してしまうが、気になったことはどんどん聞いてしまおう。
「そういえば、モンスターを見かけませんね」
ここに入ってからもう数時間は経つはずだけど、まだモンスターを見ていない。
俺のダンジョンだったらゴブリンの一匹くらいは現れてもいい頃合いだ。
モンスターの出ないダンジョンということも考えられるが……。
「この近くは、あんまりモンスターは近寄らないんです。たぶん、畑のおかげだと思います」
「畑……?」
「ほら、あそこです」
「おお、あれは……ナス? キュウリ?」
見てもわからない植物もあるが、植えられているのは様々な野菜だ。
トマト、ピーマン、ニンジン……。
俺は野菜に詳しくないが、季節とか旬とか関係ないんだろうか。
どの野菜も立派な実をつけている。
花も植えられている。
どの花も、降り注ぐ陽光を受けて鮮やかだ。
「野菜がよく育つんですよ! すごい早さで! それで、いろいろ植えてみました。そうしたら、この近くにはモンスターが寄らなくなったんです!」
野菜が成長促進されるのか?
肥料がいいんだろうか。ダンジョンの環境だろうか。
それもすごいが、気になるのはモンスターのほうだ。
「モンスターが寄らなくなった……?」
「そうなんです! 最初のころはトイレのたびにモンスターが――あっ!」
言いかけて、はっと口元をおさえるオトナシさん。
「モンスターが……?」
「……ダンジョンに来るたびに、モンスターに襲われていて大変だったん……です……」
言い直すオトナシさんの顔は赤い。
声はだんだんとしぼんでいく。
うん? どうしたんだ?
そういえば、このダンジョンの入り口はトイレのドアだ。
俺の場合はクローゼットの中身がすっかり消えてしまった。
つまり……?
「ここってトイレのドアがダンジョン――」
「わああぁぁ!」
俺が先を続けようとすると、顔を真っ赤にして口をふさいでくる。
涙目だ。
何かを必死に訴えかけるような表情で首を振っている。
……触れてはいけない話題だった。
まあ、わざと言った感はある。
最近、デリカシーが仕事をしない。
一歩踏み込んで、距離感が縮まったせいだろうか。
オトナシさんに関しては忍ぶとか自重するのをやめようとか思ったせいか。
正面から向き合おうと思ったけど、デリカシーやプライバシーは別問題だ。
あんまり調子に乗ってはダメな気がする。
うん、ちゃんと忍んでいこう。
それに、俺はトイレや排泄に欲情する変態ではないのだ。
興味があるのは中身……じゃなくて!
チガウ、そういう意味じゃない!
働け、デリカシーッ!
「……いえ、なんでも。モンスターに襲われてたんですね。でも今は、寄ってこない?」
俺はトイレの話題をなかったことにして、話を戻す。
「そそ、そうなんです! 畑を作ったころから、だんだん近寄ってこなくなりました。少し離れればモンスターはいますよ。ほら、あのへんとか! ちょっと行ってみましょう!」
オトナシさんがやや強引に話題を変える。
少し先の茂みに向かって、オトナシさんがぎこちなく歩き出す。
……右手と右足が同時に出てますよ。
もはや話の腰は粉々に砕けて原型もない。
ストーカーと戦った話を聞こうと思ったんだけど……まあいいか。
植物を植えるとモンスターが寄ってこない話も気になるが……。
とりあえず今は、オトナシさんの後についていこう。
俺のダンジョンとは違うモンスターが見られるかもしれない。
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