せーので、思いを伝えよう! 今すぐに!
ふと、俺は思い至る。
なんとなく会話が成立しているけど、俺は彼女の前で一度もスキルやステータスも発揮していない。
ストーカー戦の最後で【分身の術】を発動した。
だけど彼女はトイレに駆け込む直前だったので、目にしていないはずだ。
ダンジョンを持っていることや、忍者の職業を持っていることは伝えていない。
ストーカーと戦ったときも、現実世界では力が発揮できなかったので素の力でバットを振るっていただけだ。
オトナシさんは俺がスキル持ち、ダンジョン持ちであることを知らないままなんだ。
わざわざダンジョンやポーションを説明してくれようとしていた。
今でも、気付かれていない。
この際、俺がダンジョンを持っていることを伝えるのが筋だろう。
オトナシさんになら、打ち明けても大丈夫だ。
彼女が打ち明けてくれているのに、俺がそれを伝えないでいるのは不公平だ。
居住まいを正して、オトナシさんへ向き直る。
陽光が降り注ぐ草原の中、大きな木の下で、二人して正座して向かい合う奇妙な絵面になっている。
「そういえば、俺も言わなければいけないことがあります。せっかくなのでこの機会に」
「――えっ。は、はい!」
急に真面目な顔で切り出した俺を不審に思ったのか、オトナシさんの声がうわずる。
オトナシさんは胸に手を当てて、すーはーと深呼吸をしている。
なんだか落ち着きを失っているようにも見える。
スキルやダンジョンの話を伝えるだけだし、もったいぶってもしかたがない。
俺は先を続ける。
「ずっと言おうと思っていたんですが……」
「えっ。ま、待ってください! というか、私も伝えたいことが!」
「あ、じゃあお先にどうぞ」
別に急ぐ話ではないので、先にオトナシさんの話を聞こう。
というか、オトナシさんはどれだけ言いそびれてることがあるんだよ!
ストーカーに困らされていたこと。
俺をストーカーして引っ越してきたこと。
魔法使いであること。
この上まだ、何かあるのか……!?
オトナシさんは妙に熱のこもった表情でこちらを見ている。
意を決したという様子で口を開く。
「いえ、心の準備があるので……。では、せーので発表しましょう! ……せーのっ!」
「――は、はあ? ……せーの」
ちょっと意図が分からなかったが、とりあえずタイミングを合わせる。
「――実は俺もスキルやダンジョンを……え?」
「――ず、ずっと前からスキでした! ……え?」
……んん?
なにか、噛みあっていない感じ。
お互いに向き合ったまま、動きを止める。
脳が言葉を受け入れられない。
混乱から来る精神的な難聴状態が俺を襲う。
よく、聞き取れなかったな。
――ずっと前からスキルを使ってました?
まあ、魔法使いってことだし、そうだろう。
あらためて発表するようなことじゃないよね、うん。
いや、びっくりしたなあ。同時に発表とか言うから何かと思ったよ。
そんなわけないよね。
「あっ! そういう……ああ……ち、ちがうの! 流れ的に告白の空気かと思って……!」
オトナシさんの顔面が大変なことになっている。
耳まで朱色に染まって、表情はめまぐるしく変わっている。
目に涙を浮かべて視線は定まらない。
これはまさか、これはまさか!
――いかに鈍感な俺でも気づかざるを得ない。
いや、こうまでストレートに言われてしまえば鈍感ではいられない。
そもそも俺の住むアパートを探し当てて引っ越してくるほどのオトナシさんだ。
ちょっと、いや、かなりのストーカーなんだ。
この流れで、この雰囲気。
ズレているのは俺のほうだ!
バカなの!? 鈍感野郎なの!?
ダンジョンの話なんてしてる場合か!
「あう……その……今のはなかったことに」
オトナシさんはあいまいな笑みを浮かべて、なんとか誤魔化そうとしている。
俺も聞かなかったことにすれば、これまでの関係……ほどよい距離感を保つことができる。
これからも、もう少し今のまま。この心地よい関係を続ける。
後で考えることもできる。
――でも、後回しになんかできない。
俺はさっき、刺されて転がっているとき……本気で死を意識した。
ダンジョンでは、覚悟を決めて戦っている。
でも、現実世界……ダンジョンの外では違う。
平和な毎日がずっと続くと考えていた。
変わらない明日が、ずっと来るんだと思っていた。
だけど、そうじゃない。
ある日突然、崩れてしまうかもしれないんだ。
明日なんて来ないかもしれない。
いつだって、今しかない。
大切なのは今この瞬間にどうするか、なんだ!
それに……俺はとっくに自分の気持ちには気づいている。
とっくの昔から、俺はオトナシさんのことを大切に思っている。
大切。大事な存在。
もっと簡単な言葉だ。
それをちゃんと伝えないといけない。
「――オトナシさん。なかったことになんてしません! 俺のさっきの発言をなかったことにさせてください。そして、改めて……せーの!」
改めて、居住まいを正す。
深呼吸をして、空気を胸いっぱいに吸い込む。
息を整えて、じっと目を見る。
潤んだオトナシさんの瞳が揺れる。
彼女は固唾をのんで俺の言葉を待っている。
いうべき言葉はシンプルだ。飾りは要らない。
「好きです。ずっと、俺の隣に……一緒に居てください!」
「――ッ! はい! はいっ!」
何度も大きくうなずくオトナシさんの瞳から、大粒の涙がこぼれる。
草原の柔らかな光が、頬を伝う涙をきらきらと輝かせる。
俺の差し出した手を、オトナシさんが掴む。
その体温は高い。あたたかい。
幸せな笑顔を浮かべて、二人で笑いあう。
二人を祝福するように、風が草木を揺らす。彼女の長い黒髪をなびかせる。
天国があるとするならば、それはこんな場所で。
こんなふうに優しい時間が流れているのだろう。
連続ご褒美回……!