思わぬ伏兵と思わぬインタラプト!
ホブゴブリンが塵となって消える。
魔石を回収し、俺は周囲を確認する。
通路で火の手が上がっている。
こちらまで熱気が伝わってくるほどの激しい炎だ。
これはリンの火魔法だな。
巻き込まれたゴブリンはひとたまりもない。
おそらく通路の敵は片付いたはずだ。
さらに視線を走らせる。
まだ、数匹のゴブリンが立っている。
しかし、既にトウコが動いている。
両手の短銃身ショットガンを構え、続けざまに引き金を絞る。
「ラストショットッ!」
轟音と共に、二つの銃口から散弾が放たれる。
散弾が残りのゴブリンを塵に変えた。
「ふーっ。
これで打ち止め! リロードっス!」
トウコが荒い息を吐き、片方のショットガンをホルスターに戻す。
そして、もう一方を装填しはじめる。
これで立っているゴブリンはいなくなった。
よし、戦闘終了……。
と言いかけたところでなにかが動いた。
なんだ?
ゴブリンだ!
床に伏せていたゴブリンが槍を手に身を起こしている!
狙いは俺ではない。
トウコでもない。
「ゲヒャッ!」
ゴブリンが獲物を見定めた獣のように、男と妻に向かって飛びかかる!
俺はとっさに【入れ替えの術】の狙いをつける。
集中しろ……急げ!
妻が悲鳴をあげる。
「ひっ! あ、あなたぁー!」
同時に男が立ち上がった。
震えながらも、妻を庇うように両手を広げる。
その表情には恐怖と決意がせめぎ合っている。
男が震える声で言う。
「今度こそ……君を……!」
無謀だ!
ゴブリンの突撃は思いのほか速い。
槍の穂先が炎を照り返してギラリと光る。
しかしそれでも、男は逃げなかった。
歯を食いしばり、両手を広げて叫ぶ。
「たのむ! たった一度……!
たった一度でいいから守らせてくれ!」
ゴブリンは邪悪な笑みを浮かべ、突進の勢いを乗せて槍を突き出す。
「グギィーッ!」
槍の先端が男を貫き、背後の嫁を串刺しに――
いや! そうはならない!
槍は届いていない。
俺が術を割り込ませる前に、既に防がれていた。
槍が男に届く寸前、何もない空間に波紋が広がり、半透明の壁となって槍を受け止めたのだ。
槍を受け止めた壁が、ぎぃん、と硬質な音を立てている。
なんだ!?
これは盾、か!?
盾にひびが入り、硬質な音を立てて砕け散る。
一瞬の膠着状態が解けた。
「ギィッ!?」
ゴブリンが驚きの声をあげ、弾き飛ばされる。
男はぽかんとした表情で固まっている。
俺は腰の鉈に手を伸ばす。
「――ていっ!」
すかさず、ゴブリンへと投擲。
命中。
ナタがゴブリンの頭部へ深々と突き刺さり、一撃で葬り去る。
男が信じられないという表情でへたり込む。
「な……生きて、る……?」
男は自らの体を手で触り、無事を確認している。
もちろん、槍はかすってもいない。
無傷だ。
「あ、あなた……!」
妻が男にすがりつき、胸に顔をうずめる。
男と妻はひしと抱き合って喜び合う。
「信じてたわ!
きっと来てくれると、あなた、うぅ……」
「遅れてごめん!
君が無事で……助けられてよかった……」
二人は顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしている。
トウコがそれを見て、クルっと振り返る。
何が起こったかわからない、と言いたげな顔だ。
「な、なんスか……?
店長が何かやったんスか?
バリアの術みたいなヤツ!」
そんな術はない。
あったら欲しいくらいだ。
俺は首を横に振る。
「いや、俺じゃない。
……男か奥さんのどちらかだよな」
まさか、今まで能力を隠していたのか?
いや、そんなはずはない……。
そんな力があるなら最初から使っているはずだ。
「じゃあ、新手の異能使いっスか!?」
トウコが表情を険しくして、装填を終えた銃を構え直す。
さすがに男に向けたりはしない。
俺も警戒は緩めていない。
だけど、彼らを疑う気にはなれなかった。
俺たちを欺いてもなんの得もないからだ。
わざと足を引っ張ろうとか、危険な場所に誘い込もうとした素振りはなかった。
表情や行動にも嘘はない。
演技で怯えていたのなら、たいしたものだ。
今も涙を流し、鼻水を啜り、妻と無事を喜びあっている。
そんな男が敵だなどとは考えられない。
「確認は後だ。今はそっとしておいてやろうぜ」
「そっスね!」
今度こそ、部屋に敵の姿はない。
通路からも戦闘音は聞こえない。
俺は通路に向けて声をかける。
「リン! そっちは無事か!?」
すぐにリンが叫び返してきた。
「はーい。
こちらは終わりましたー!」
「こっちも終わった。
戻ってきてくれ!」
「すぐいきまーす!」
声の調子からして、リンに負傷はなさそうだ。
うまくやってくれたらしい。
「よし。
今度こそ戦闘終了だ!」
「おつっス!」
とはいえ、まだダンジョンの奥である。
戦闘の後始末をして、脱出するまで気は抜けない。
ご意見ご感想お気軽に! 「いいね」も励みになります!




