生存者を救出せよ! その2
トウコが男に包帯で応急処置を施す。
包帯で手をぐるぐる巻きにしただけの雑な手当だ。
これでも【応急処置】によって、少しは治るはずだ。
「妻が連れ去られた場所は、こちらです!」
男が先に立って歩こうとする。
俺はその肩に手を置いて言う。
「じゃあ、俺たちが見てきます。
リン。彼を出口まで連れていってくれ」
すると男があわてたように言う。
「ま、待ってください!
僕も妻を探します!」
「といっても、ここは危険です」
「妻を置いていくなんてできません!
僕も連れて行って下さい!」
「しかしだな……」
どう言ったものか。
説得してる暇はないんだよな……。
時間をかけていては本末転倒だ。
とにかく今は時間が惜しい。
トウコが口を開く。
「ハッキリ言わなきゃわかんないっスよ、店長。
正直言って、足手まといっス!」
リンがなにか言いたげな顔をする。
言い方! というやつだ。
だが、これは正論だ。
男を連れていけば、それだけ危険が増す。
守りながら進むとなれば、時間もかかる。
男が懇願するように続ける。
「そ、それはわかっています!
ですが、こんな気持ちで待つだけなんてできません。
僕一人だけ逃げて、隠れて……」
「オッサンがついてきてもジャマなだけっス。
命があるうちに逃げたほうがいいっスよ!」
言い方は良くないが、トウコなりに男を心配しているのだ。
しかし男も食い下がる。
「すみません。それでも、妻を置いて逃げるなんて……。
そんなの、死んだほうがましです。
もしダメなら、一人でも探しに行きます!」
男の目には決意が見て取れる。
トウコはなにかを察したように口を閉じる。
リンはさっきから黙って俺を見ている。
男の気持ちもわかる。
大切な人を守れなかったことが辛いのだ。
他人に任せて逃げる自分を許せないのだ。
無理やりにでも男を外に放り出してしまえば済む話だ。
認識阻害によって、ここでの記憶は消えてしまう。
だが、そうすると後味の良くないものが男の心に残るだろう。
心の奥底に沈んだその思いは、彼の今後の人生を暗く染めるかもしれない。
男を連れていけば、確実に足手まといになる。
それはわかっている。
だが……。
無理だとしても、無駄だとしても、やらなければならないことがあるのだ。
俺もストーカーに刺されて血の海に沈んでいる間、こういう気持ちだったのではないか。
トウコを飲み込もうとする冷蔵庫に挑むたび、こういう気持ちだったのではないか。
勝てなくても、危険でも、逃げてはいけないこともあるのだ。
俺はやれやれと首を振る。
「わかった。連れていこう」
「い、いんですか!?」
男の表情が感謝に満ちる。
「くれぐれも俺たちから離れないでくれ。
勝手な行動をすると、それだけ救出が遅れるからな」
男がこくこくとうなずく。
「わ、わかりました!
ありがとうございます!」
トウコが肩をすくめ、仕方ないというような苦笑を浮かべる。
「はぁ。あいかわらず店長はお人よしっスねえ!」
リンは俺の判断を確信していたような顔で、うれしそうにほほ笑む。
「そこがゼンジさんのいいところの一つですよ!」
「しゃーないっ!
あたしもバッチリフォローするっス!」
「よ、よろしくお願いします!」
男は何度も俺たちに頭を下げた。
男の案内で、妻が連れ去られた場所へ向かう。
まだ俺たちが調べていない場所だ。
出くわしたゴブリンを倒しつつ進んでいく。
客室で転送門を見つけた。
黒々とした転送門が、俺たちを誘うように揺らめいている。
男がそれを見て絶句する。
「な、なんです、これ……」
説明している暇はない。
「多分、奥さんはこの中だ。
かなり危険だし、命の保証はできない。
それでも行くか?」
「は、はい。覚悟はできています!」
その意気やよし!
俺は男の手を取る。
リンとトウコも手をつなぐ。
「よし! ではいくぞ!」
俺たちは転送門に飛び込んだ。




