避難誘導は非常出口で!? その2
「電話が通じない! 電波がぜんぜんないぞ!?」
その言葉に、俺も携帯端末を確認する。
ふむ。電源は入っている。
だが電波なし。通信状況が悪いようだ。
この階層は領域内ではない。
通信できてもいいはずだが……。
上下を領域に挟まれているせいかな。
俺も原理などわからないが……。
なんにしろ、この場に留まっていてもしかたがない。
上の階はダンジョン領域に入っている。
いつ、ここまで広がってくるかわからない。
とにかく、ここは危険だ。
俺はエレベーター前の人々に声をかける。
「エレベーターが動かないみたいですね。
あちらに非常階段がありました。
そこから避難しましょう!」
不安そうな人々が安心したような顔を俺に向ける。
「非常階段だって?」
「助かった!」
スーツケースを引いた男が不満げに言う。
「おいっ!
荷物はどうすればいいんだ!?」
そう言われても困る。
俺はホテルのスタッフでも引率係でもない。
とはいえ、置き去りにはできない。
「階段なので、大きな荷物だと大変じゃ――」
「それじゃあ困るんだよ!」
俺の言葉をさえぎって男が怒鳴る。
知らんがな!
いや……落ち着け俺。
忍ぶのだ。
苛立ちをぶつけても意味がない。
怒鳴りつけたところで動きが良くなるとは思えない。
不安そうな顔でこちらのやり取りを見ている人もいるのだ。
強く避難を促すことで、パニックが起きるかもしれない。
俺は何気ない口調で言う。
「後でエレベーターが直ったら取りにくればいいんじゃないですか?」
「そ、それもそうだな!」
そう言うと男はスーツケースを部屋に戻した。
後で戻れるかはわからないけどね。
まあ、それを言う必要はないな。
荷物より、命が大切だ。
「じゃ、階段はこっちです。
行きましょう!」
俺は人々を引き連れて廊下を進む。
念のため、逃げ遅れる人が少なくなるように、個室のドアを叩いて声をかけていく。
さすがに全部の部屋をチェックするのは無理だ。
もうすぐ非常階段へ続くドアがある。
次の階も同じように避難誘導をするべきか。
先に合流してから手分けするべきか……。
スーツケースの男が言う。
「なあ、あんた。
本当にこっちでいいのか?
逆じゃないか?」
逆……?
なんでそう思うんだ?
「俺は別の階から非常階段で来たんです。
こっちであってますよ?」
なんで別の階から来たのか、と聞かれると面倒だ。
しかし他に言いようもない。
男が不審感をあらわにして言う。
「じゃあ、この案内はなんだ?
矢印が逆を向いているだろ!?」
男は天井を指差している。
そこには緑色の案内看板があった。
非常口へ誘導する標識だ。
この階層には電力が通っているので、ちゃんと光っている。
棒人間がドアに駆け込む、おなじみの図記号だ。
避難方向を示す矢印は、俺が向かっているのとは逆方向を指し示している。
そのやりとりを聞いて、人々がざわざわと不安げに言葉を交わしはじめた。
「ど、どういうことなの!?」
「大丈夫なのか?」
ふむ……。
たしかに変だな。
看板の誤設置か?
だが、一流ホテルがそんなミスをするか?
いや、そんなことはどうでもいい。
実際に非常階段はあるのだ。
すぐそこに……。
さっき通ってきたばかりだ。
――だが、ドアはどこにも存在しなかった。
いったい、どういうことだ!?




