高層ホテルの悪性ダンジョン攻略!
「クロウ君。
今回の件は、情報の動きがおかしい。
まるで握りつぶされているような感じだ。
よく注意して欲しい」
何者かが情報を操作している?
うーむ。
組織間の権力闘争でもあるんだろうか?
公儀隠密は組織内での地位が低いらしい。
前に御庭が言っていた。
実力が低いわけではないが、あまり評価されていないのだ。
公儀隠密は異能とダンジョン関連の事件を担当する。
この頃増えているとはいえ、ダンジョンが関わった事件はそれほど多くない。
さらに、事件は認識されずにひっそりと終わることが多い。
大活躍して認められる、ということがないのだ。
認識阻害や異能について理解している組織なら、俺たちの活動をもっと評価していいと思うけどな。
まあ、それはどうでもいい。
そういうのは俺の管轄外だ。
組織の地位向上とかは御庭に任せておこう。
「気に留めておくよ、御庭。
まあ、俺がやることは変わらない。
現場に行ってダンジョンに巻き込まれた人を助ける。
ついでにトクメツに手を貸してやるだけだ」
御庭がうなずく。
「うん。さすがクロウ君だ。
状況がわかり次第、情報端末に送らせてもらう。
現場での判断はクロウ君に任せるよ。
責任は全部、僕が取るからね!」
「おう。任された!」
「いつも通り、生きて帰ってくることが最優先だ。
頼んだよ!」
そう言うと御庭はさわやかな笑顔を浮かべ、俺を送り出した。
一度自室に戻る。
リンに声をかけて経緯を説明した。
トウコはまだ帰ってきていない。
現場に向かいながら車で拾うことになった。
手早く装備を整える。
収納には忍者刀、ポーション手拭い、トンファー盾、リカバリーポーション手拭いを入れる。
目的地は市街地だ。
目立つ防具を身につけることはできない。
一見して忍者とはわからない現代的な装備を選ぶ。
オシャレな作業服のような、防刃素材の服である。
腰袋を下げ、クギ少々と投げナイフを入れる。
ベルトにナタを吊る。
これは上着である程度隠れる。
おっと、水入りペットボトルも持っていかねば。
準備を整えた姿を鏡に映してみる。
うむ。まあ悪くない。
ホテルの宿泊客としてはそぐわないかもしれないが、見とがめられるほどではないだろう。
――トウコと合流し、現場に到着した。
車を降りて、ホテルを仰ぎ見る。
立派な高層ホテルだ。
一昔前の俺なら、泊まることなどできそうもない高級ホテルだ。
ホテルの外観に異常はない。
道行く人々にも混乱は起きていない。
ハルコさんが手を振りながら駆け寄ってきた。
「ゼンゾウさーん。
こっちですよぉー!」
「ハルコさん。
状況はどうですか?」
話しながらホテルに入る。
エントランスも豪華で、広々としている。
「今、サタケさんがホテル側と話していますぅ」
「まだ交渉中か」
サタケさんの姿は見えない。
どこか別の場所で交渉を行っているのだろう。
「はい。
避難を始めるよう交渉中ですぅ」
ホテルのエントランスには人が多い。
低層階にはショップやレストランもあって賑わっている。
従業員も客も、ごく普通の日常を生きている。
観光客らしき子供連れが、大きな荷物を引いて受付に向かっている。
従業員が笑顔でそれを迎えている。
まだ、避難を促すアナウンスは流れていない。
だがこのホテルの中で、異常事態が起きている。
目立つ活躍をして評価されることなど、どうでもいい。
誰にも気づかれなくたっていい。
俺はこの平和な日常を、人々の普通の生活を守るのだ!
リンが心配そうに眉をひそめる。
「人が多いですねー。
早く避難してもらわないと……」
「領域が広がってきたらヤバいっス!」
俺は二人にうなずき、ハルコさんに聞く。
「そうだな。
ハルコさん。
現場は上層階と聞いたが、状況はどうだ?」
移動中にハカセから送られた情報に目は通した。
ある程度の状況は把握しているが、もう情報は古くなっているだろう。
欲しいのは今の状況だ。
先に到着したハルコさんから、現場の声を聞きたい。
「上層階の監視カメラの映像が映らないみたいですぅ。
でも、ホテルの人たちは疑問に思っていないみたいですねぇ。
これって、認識阻害のせいなんですかぁ?」
「ああ。そうだと思うぞ」
ダンジョンがらみの問題には認識阻害が働く。
多少の違和感は無視されてしまう。
「ですよねぇ。
サタケさんの説得も、あんまり伝わらないみたいですぅ」
ダンジョンが発生したから逃げろ!
などと一般人に説明することはできない。
ダンジョンについて説明せずに避難を呼びかけるのは難しい。
公儀隠密は国のために動く秘密組織だが、公の組織ではない。
公権力を直接使うことはできない。
警察などに手を回すのには、もう少し時間がかかる。
そちらは御庭が手配しているはずだ。
俺は声をひそめ、ハルコさんにたずねる。
他人には聞こえないよう注意する。
「悪性ダンジョンの状況は?
場所や数はわかったか?」
「いいえぇ。
まだわかっていません。
上層階行きのエレベーターが動かないみたいですぅ」
「ふむ。上層が領域にのまれて、電源が使えなくなったのかもな」
このホテルのエレベーターは二種類。
上層階行きと中層階行きだ。
「いま、トオル君が上層階の確認に向かっています。
二十階までエレベーターで昇って、そこからは階段みたいですよぉ」
低層階にはレストランやショップが集まった商業エリアだ。
二十階までの中層階はオフィスや会議室が入っている。
ハカセの調べでは、ここまでに異常はない。
異常があるのは上層階だ。
二十階より上は宿泊スペースだ。
展望スパやプールなども備えているらしいが……。
「このホテルは四十階建てだったよな?
となると階段で登らなきゃならないのか」
「うえぇ。めんどいっスね!」
ハルコさんが腕のスマートウォッチを見る。
「あっ!
トオル君から通話がきましたぁ。
もしもし、トオル君?
ゼンゾウさんたちが来てくれましたぁ!
通話を繋ぎますねぇ」
俺たちの端末に多人数通話への招待メッセージが表示される。
承諾の操作をすると、エドガワ君の声が聞こえてくる。
エドガワ君の声には危機感がにじんでいる。
「クロウさん!
こちらエドガワです!
三十五階の階段部分に異常がありました。
ダンジョン領域です!」
場所は三十五階か!
まずはエドガワ君に合流しよう!




