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やるだけやったら、後悔なんてしない! 救難信号と禁則事項……!?

明日は予定があって手動で投稿できないので、予約投稿のテストがてら12時投稿です。

はじめて使うけど、ちゃんと投稿できるか……?

「ぐ、う……? げはっ」


 鋭い痛みに意識を取り戻す。

 自分の血にむせて、その動きが激痛を引き起こした。


 どれだけ、気を失っていたのか。


 俺はオトナシさんの部屋に倒れている。

 自分の流した血の海に沈んで……それでもまだ生きている。


 やっとの思いで、首を動かす。

 玄関のドアは閉まっている。


 トイレから物音は聞こえない。

 オトナシさんも、男の姿も見当たらない。


 ……誰もいない。部屋には俺だけだ。


 彼女は逃げきれたのか……? トイレの窓から外に出たとか?

 俺の部屋と同じだとしたら、窓なんてないはず……。


 くそ、まるで状況がわからない。


 傷口からは出血が続いている。

 ――これは、致命傷だ。遠からず俺は死ぬ。


 浮かぶのは後悔だ。


 なんてざまだ。

 こんな、よくわからない相手に殺されるなんて。

 もっとうまく……できなかったものか。

 どうすればよかったのか……。


 普通なら彼女を守って、ハッピーエンドって場面だろう。

 格好よく女の子を助けてヒーローになるのが筋だろう。


 ――こんなのって、ない。


 俺は、ヒーローなんかじゃなかった。

 ただの無力な……普通の男だ。


 彼女を助けたいと思った。力になりたいと思った。

 でも、助けるだけの力がなくては……格好もつかない。


 ダンジョンの外に敵……それもスキルを持った人間がいるなんて思いもしなかった。

 スキルはダンジョンの中だけのもの。そう思っていた。

 誤算ばかりだ。


 俺だけが特別なはずはない。

 俺だけがダンジョンを持っているワケではないと思っていた。

 その考えは間違いじゃあなかったわけだ。


 俺以外にも、ダンジョンやスキルを持つ人はいる。

 俺よりも強い力を持った奴がいるのも当然のことだ。


 ずっと前からダンジョンに潜って力をつけていたのかもしれない。


 俺は、十日ちょっと前にダンジョンが現れたばかり。

 何か月も、何年も前からダンジョンを持っている奴がいたとすれば、勝てる見込みはない。


 それでも、もっと必死にダンジョンを攻略していれば違ったのか?

 もっと強いスキルがあればよかったのか?


 ……いや、精一杯やったじゃないか。

 俺は毎日、用もないのにダンジョンへ潜っていたんだ。


 毎日、毎日潜っていたんだ。

 もしかしたら、無意識にこういう事態に備えていたのかもしれない。


 それでも、まるで足りなった。

 ストーカーには傷一つつけられなかった。

 空気の膜のような不思議な力に阻まれてしまった。


 熱い血が流れて、俺は冷たく冷えていく。


 意識はぐるぐると後悔を連ねる。


 ……このまま、結末もわからずに死ぬのか?

 なにもかも中途半端なままで?

 彼女を置きざりにして?


 いやだ。そんなのはイヤだ。

 俺は、まだ死ねない。このままじゃ死ねない!

 せめて、彼女の無事を確認するまでは!


 ……意味があったんだと思いたい。

 彼女を助けることができたんだと、やるだけやった価値があったんだと思いたい。


 「ぐっ……動け。なんとか、助けを……」


 あきらめるな!

 今、できることをしろ。動くんだ……!


 今すべきことは、助けを呼ぶことだ。警察でも、誰でもいい。

 連絡を……ああ、スマートフォンは自室か。


 ダンジョンに持って行っても使えないから、この頃は部屋に置きっぱなしだ。

 それがあだになってしまった。


 壊した壁の隙間は狭く、這っては通れない。

 自分の部屋に戻れれば……ダンジョンにさえ行くことができれば――

 ――治癒薬(ポーション)があるんだ!


「くうっ……だめだ……」


 もう、這って動くことすらできない。たどり着けない。


 人を呼ぼうにも、大きな声は出せそうにない。


「く、まだ……諦めるな」


 ――なんとか動く右腕を、床にたたきつける。


 びしゃり、と血がはねる。

 どん、と思ったよりも弱弱しい音が、静まり返った部屋に響いた。

 それだけの動作で、傷口がひきつれてひどく痛んだ。


「ぐ、ぐぅ」


 床を叩く。

 どん、どん――くり返し、床を叩く。


 力の限り、かぼそい救難信号を発し続ける。



 シモダさんが騒音を聞きつけて怒鳴り込んできてくれることに期待するしかない。

 ……なあ、いつもはちょっと騒げばすぐに怒鳴り込んでくるじゃないか。

 頼む。帰っていてくれ。俺を怒鳴りつけてくれ……。


 ……はあ、寒い。痛い。


 意識を保つのが難しくなってきた……。


 いよいよ、無理か。

 ……オトナシさんは逃げきれたかな。どうなったかな。


 ……意識が……もう。


 ――そのとき、トイレのドアが勢いよく開いた。


 トイレから、ストーカーが飛び出してくる。


「――ッッッ! あ、危ないところだった! 外だっ! これで僕の勝ちだ!」


 全身からぶすぶすと煙を上げ、体中にやけどを負っているのが見えた。

 隠密は解いているのか、姿がはっきりと見えている。

 表情は驚きと喜び――狂喜にゆがんでいる。


「ははっ! ()()()選ばれた者だった! やはり運命だ! ダンジョンの外で力を使いこなすのはまだのようだけど、僕が導いてやれる! 彼女となら僕は、どこまでも……ん、なんだ?」


 ぴんぽーん……と、間抜けな音が響く。来客を知らせるチャイムだ。


 背中からナイフを生やして横たわる俺と、体中から煙を上げている火傷男。

 平和な現代日本の安アパートの中、異様な密室となっているこの部屋。


 その殺伐とした空気を打ち砕くように、チャイムのぴんぽーん、という間の抜けた音が再び響き渡る。


「おい! さっきからうるさいぞ! ――何かあったのか?」


 ドアの外から聞こえるのは……この怒鳴り声は……!


 ――シモダさんの声だ!


 やっと来てくれた!

 これで、ほんのわずかに生き延びるチャンスが生まれたかもしれない。

 警察を呼ぶなり、人を呼ぶなりしてくれれば……。


「……また、邪魔者か――」


 愉悦の表情を浮かべていたストーカーの表情から温度が消える。

 能面のような無表情に変わる。


「――この建物には邪魔者が詰まっているのか? 面倒だ、こいつも消す。一人も二人も変わらない!」


 ストーカーはナイフを握り、玄関のドアを乱暴に開け放つ。

 ドアの外で、シモダさんが硬直している。


「な、なんだアンタ? ――焦げてる? いや、血……? そこに、誰か倒れているのか!?」


 焦げた服に火傷だらけの男。室内に血だらけで倒れている俺。

 混沌とした室内の惨状に目をやって、状況が理解できなくなっているのだろう。

 この状況が理解できるわけもない。俺にもわからないことばかりだ。


 ストーカーはナイフを構えて、狂った笑みを浮かべる。

 くそ、あいつ、シモダさんも始末するつもりだ!


 そのとき、トイレからオトナシさんが飛び出してくる。


「……逃がさない! させませんっ!」


 彼女の服は土埃(つちぼこり)で汚れている。

 所々、何かに引っ掛けたような穴があいている。

 頬のあたりに小さな切り傷があって、血が滲んでいる。


 ……なんだ? 状況がいよいよ理解できない。


 俺が意識を失っている間に……トイレの向こうで何があったんだ?


 オトナシさんは決意を秘めた厳しい表情で、ストーカーをにらみつける。

 そこには、さっきまでの弱弱しさはない。


 それをみて、ストーカーは大きな笑みを浮かべる。

 立ちすくむシモダさんへの攻撃を中止して、オトナシさんへ向き直る。


 俺もシモダさんも居ないかのように、優先順位を切り替えた。


「やはり、出てきたね。彼の息の根を止めてやる――そう言えば追ってくると思ったよ。――君は優しい。でも、考えなしだね。ダンジョンの外ではなにもできない。そして僕は……外でもスキルを使いこなせる!」


 そういうと、男の姿がにじむように消える。

 【隠密】を発動して、オトナシさんを室内に向けて突き飛ばす。


「あっ……きゃあ!」


 突き飛ばされたオトナシさんがよろめき、室内へ押し込まれて転倒する。


 玄関からもトイレからも遠ざかってしまう。

 姿は見えないが、ストーカーが退路を塞いでしまっている。


 玄関の外でそれを目撃していたシモダさんが混乱した声を上げる。


「え……? 消えた!? ダンジョン? スキル? アンタ、何を言っているんだ!?」


 当事者の俺でさえ、この状況についていけていない。

 目の前でふっと、人が消えれば驚きもするだろう。


 ダンジョンやスキルなどと言われても、困惑するしかない。

 ましてや、この非現実的(ファンタジー)な状況なんて、信じるのは難しい。


 ――シモダさんへ向けて、ストーカーがナイフが振り上げる。


 オトナシさんは体勢を崩していて動けず、俺は床から見上げていることしかできない。

 助けを呼ぶどころか、被害者を増やしてしまった。


 俺のせいだ。人が来たからってどうにかなるはずなかったんだ!

 シモダさん――逃げろ、逃げてくれ!


「さて、これで邪魔者が一人減る――。ぐっ!? ……なんだ!? 頭が!?」


 ――だが、ナイフは振り下ろされなかった。

 からん、と音を立ててナイフが落ちる。


 ストーカーの姿が現れ、またノイズがかかったように消える。

 頭を抱え、苦し気に表情を歪める男の姿がちらりと見える。


「ぐ、頭の中に声が……システムメッセージか!?」


 息を乱して苦しむ様子を見せる男。

 壊れた動画のように――ノイズの走った姿が現れては消える。


「……禁則事項(きんそくじこう)? ダンジョンのことを人に知られてはいけない……だと? なんのことだ? くそ、頭が痛い! 割れるようだ!」


 男の足元に黒い闇がざわざわと湧き出す。


 湧き出した闇は粘度を持った水のようにうごめいている。

 まるで黒い水面のように、ストーカーの足元にどこからともなく湧き出してくる。


 ……似ている。俺はこれに似たものを知っている。

 黒い液体、水面のようなそれは、ダンジョンの入り口に似ているんだ。


「な、なに……。世界から追放……? なんでそんな……! ――待ってくれ。い、いやだ!」


 ぞわぞわと、黒い水面が男の身体を這い上がる。

 おぞましい黒い物体は、軟体動物かアメーバーのように男の全身を飲み込んでいく。


「僕は……僕はただ彼女を守りたかっ――」


 セリフを言い終える前に、頭まで黒い何かに飲み込まれる。


 そして、ストーカーは床に広がった黒い水面の中に引き込まれていく。

 まるで底のない沼に沈んでいくみたいに。


 俺もオトナシさんも、シモダさんも動けない。

 ただそれを見送ることしかできなかった。


 ストーカーを完全に飲み込むと、黒い水面も消えてしまう。

 ――後には何も残らない。


「な、何が起こったの? 居なくなった……?」


 最初に口を開いたのはオトナシさんだった。

 その表情には困惑の色が濃い。


 俺は口を開こうとしたが、血が泡となって湿った音を立てるだけに終わる。

 声を発することはできなかった。


 シモダさんは――なんだ?

 様子がおかしい。


 うつろな目で、ぼんやりとした表情を浮かべている。

 声も上げず、今見たはずの光景に何の反応も見せていない。


 ……ショックが強すぎたのか?


「ええと……俺は何をしていたんだっけ? そう、晩飯を食べるんだった……」


 シモダさんの表情は夢でも見ているようにうつろだ。


 ぶつぶつとつぶやくと、シモダさんは夢遊病者のような足取りで部屋の入り口から姿を消す。

 そのままとんとんと、階段を下りる音が聞こえる。


 ……どうしたんだ?

 あまりの出来事に現実逃避しているのか?


 それを見送っていたオトナシさんが、はっと我に返ったように俺のもとへ駆け寄る。


「――クロウさん! 大丈夫ですか! ああっ! ち、血がこんなに……! そんなっ!」


 彼女は顔をくしゃくしゃにしている。

 心配というよりは、恐怖に近いかもしれない。

 俺は、安心させようと、なんとか口を開く。


「……無事で、よかった……ぐっ」


 聞こえたかどうか不安になるようなか細い声しか出ない。

 もっと他に言うべきことがある気もする。


 俺は弱弱しい笑みを浮かべる。

 オトナシさんは涙を流して俺にすがりつく。


 ……ああ、そんなに泣かなくてもいいのに。

 ……もう、大丈夫だ。もう、危機は去ったんだ。


「ああっ! クロウさん!? おねがい、目を開けて! ……なんとか……なんとかしないと!」


 俺はもう、返事をする余力もない。


 身体は冷え切って、もう流れ出る血もないありさまだ。

 もう指一本も動かせそうにない。

 目も、見えなくなってきた。暗い……。


 このまま、俺は死ぬのだろう。

 それでも最後に、オトナシさんの無事は確認できた。

 ちゃんと、俺は彼女を助けたんだ。


 だから俺に後悔はない。


 本当なら格好よく助けたかったけど。

 明日も無事に二人で笑いあいたかったけど。

 ずっとずっと、彼女の隣に居たかったけど。


 それはぜいたくってものだ。

 彼女が助かっただけでも十分じゃないか。


 これでいいんだ。

 満足げな笑みを浮かべる。俺の意識はぷつりと途絶えた。

没題名シリーズ

 狂気と狂喜。救難信号と禁則事項……!?


明日は予約投稿で12時になる予定です。

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