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守れ! 襲いくる狂人の凶刃! ……さよならルーシー!? その2

「僕が勝算もなく彼女のもとに来るわけがないだろう? 彼女の安全こそが第一なんだ……さて、それじゃあ君には退場してもらおう!」


 男の手元がきらりと光る。

 ナイフが照明を反射しているのがぼんやりと見えた。


「……おいおい。刃物は、ズルいだろう。そんなもの使ったら、冗談じゃすまないぞ」

「バットだって、十分な凶器じゃないか?」


 俺はじりじりと後ずさる。

 ストーカーは俺を追うように、距離を詰めてくる。


 ……よし、いいぞ。追ってこい。できればもう少し……。



 視界の端で、オトナシさんが立ち上がるのが見えた。


 どうするべきか、こちらをうかがっている。

 ストーカーは、気づいていない。


 背後から体当たりでもしかけようというのか。


 しかしストーカーは、全力で振るったバットすらあっさりと受け止める強靭さを持っている。

 気づかれて、反撃されるかもしれない。

 彼女を傷つけるつもりはないと言うが、狂人の言動など信じられない。


 オトナシさんが動き出す前に、叫ぶ。

 ストーカーが俺に釣られて前に出ている今なら、外へ逃げる余地がある!


「走るんだ、オトナシさん! 逃げるんだ、外へ!」

「……はいっ! ――でも、私が立ち向かわなければ! すぐに、なんとかします! 待っていてください!」


 オトナシさんが走り出す。その顔には決然とした表情が浮かんでいる。

 怯えて逃げ出すという態度ではない。

 目標に向かって走るという確固たる意志が見える。


 男はとっさに振り向いて、逃げるオトナシさんを追いかけようとする。


 ――気が逸れたせいか、チラチラと明滅するように、姿が見えている。


 その顔は狂気に歪み、血走った目で彼女を捉えている。


「どこへも行けやしない! 逃げたって無駄だ! 僕の【追跡者】はどこまでも追跡できるッ! この世界のどこにいたって君を探し当てる! いや、この世界の外までだって追いかけてみせるさ!」


 俺は男に掴みかかる。


「――させるか!」


 指先が男に触れ、なんとか後ろから服をつかむ。


「……ちっ。邪魔者め!」


 弧を描くような軌道で、刃がきらめく。

 俺の腕を刃物が切り裂く。血が噴き出す。


「ッああ!」


 腕から力が抜ける。だが、(はな)してなるものか!

 さらに振るわれる凶刃(きょうじん)


 見えない攻撃、それも刃物。

 短くなったバットで、それを防ぐ。


 ナイフが振るわれるたび、バットが削られる。

 急所を守るのが精いっぱいだ。

 俺の二の腕をナイフが深くえぐり、血が噴き出す。


「くうっ!」

「はなせっ! なんで手を放さない! 邪魔者め……頭がおかしいのか?」

「ははっ……お前に言われるとはね!」


 戦っても勝てない。それなら――


 ――今できることは時間を稼ぐことだ。


 オトナシさんが逃げ切るだけの数秒……ほんのわずかな時間でいい。


 その時間を稼ぐんだ!

 彼女が逃げ切れば、俺の勝ちだ!

 それが俺の勝利条件。戦って勝てなくても、目的は果たせる。


 ――彼女を守れるなら、俺は負けたってかまわない!


 やけに、時間が長く感じる。


 見えないナイフから身をかわし、致命傷を負わないよう被害を小さく抑える。

 意識をそらせば男の姿はすぐにぼんやりとかすんでしまう。

 極限の集中力が求められる中、一秒がどこまでも引き延ばされる。


 ダンジョンの中で感じる、あの感覚だ。

 戦いの中で意識が鋭く、早くなる。

 これは、スキルの力じゃない。


 ――刃の軌道が見える。


 屈みこむように、身をかわす。

 もう柄だけになったバットで、軌道をそらす。


 ――バットが……ルーシーが完全に破壊される。


 流れるような足運びで、俺は距離を詰める。

 【歩法】でおなじみの足運びだ。覚えたての【体術】の技術だ!


 突き出した拳が、ストーカーの腹を打つ。


 だが、手ごたえはない。

 まるで空気の膜でも殴ったみたいだ。


 ダメージはない。攻撃は通らない。

 何らかの防御系のスキルか!


「――なにっ!?」


 それでも、ストーカーは驚きの声をあげる。

 続けて振るわれた攻撃を、俺は何とか回避する。


 ストーカーの攻撃は単調だ。

 ただ、刃物を振るっているだけ。

 スキルのせいか、切れ味はバットを切り飛ばすほどに鋭い。

 だが、その技は未熟。戦い慣れしていない。


 縦横無尽に飛び回るコウモリに比べれば、たいしたことはない!

 ナイフにえぐられた傷の痛みも、ボスコウモリの攻撃に比べればかすり傷だ!


 姿が見えないといっても、そこに居ることには変わりがない。

 空を飛んでいるわけではない。

 攻撃してくる今、男はすぐ近くにいる。

 手は届く!


 前へと踏み込み、両腕を広げて飛びかかる。

 なんとか男の身体に触れ、腰のあたりに組み付く。


 打撃が無理なら……組み技だ!

 このまま引き倒して――!


「――こいつ、どこまでも邪魔を!」


 ストーカーは苛立たしげな声を上げる。


 ――刃物が風を切る音が、すぐそばで聞こえる。


 とん、と背中に衝撃を感じる。そして、鋭い痛み。

 

「ぐっ……」


 俺の意志に反して、つかんだ手の力が抜ける。

 おい、なんで手を放す……。


「あ……え?」


 刺された、ようだ。


 激しい痛みに、手足に力が入らない。

 俺は立っていることができずに膝をつく。


「は、はは。邪魔をするからそうなる! ――僕は……そう、正当防衛だ。僕は悪くない!」


 言い訳をするようにストーカーがひとりごちる。

 まるで一人芝居をしているかのようだ。


 つかもうとする俺の手は、力なく空を切る。

 くそ、力が入らない……。

 自分の身体を支えることができず、ゆっくりとうつぶせに倒れる。


 オトナシさんが走っていく。

 ストーカーがそれを追いかけていく。


 ……だめだ。追いつかれる。あと少し……時間を稼げ……!

 体はもう、動かない。


 できることを……いつも、やっていることを……!

 やるんだ!

 毎日毎日積み上げてきた、俺の得意技を……!


 意志の力を振り絞る。途切れそうな意識を集中させる。

 思い描くのは理想の自分だ。床に血だらけで倒れている姿じゃあない。


 【忍具作成】にイメージを伝えるときのように、強く、明確なビジョンを思い描く。


 ――いつもの忍び装束。相棒のルーシー(バット)


 素早く、身軽で……誰にも気づかれない。

 そんな忍者の姿をイメージする。

 不甲斐なく床に倒れている俺ではなく、助けを求めている彼女を救えるヒーローの姿を!


 ストーカーの伸ばした手が、オトナシさんを掴む――その寸前。


「……ぶ、分身の術……!」


 俺の体の中で、何かがはじけた。

 何かが噴き出す感覚。……これは、魔力だ!

 放たれた魔力が像を結ぶ。

 それはノイズ交じりの……実体化もしていないおぼろげな姿だ。


 ――【分身の術】が発動する。


 ストーカーの目の前に立ちふさがるように、黒装束の忍者が現れる。

 その手にはバットが握りしめられ、いまにも振り抜かれようとしている。


「なっ……!?」


 ストーカーは目の前に現れた謎の忍者(分身)に驚いて足を止める。

 

「ちっ――!」


 ストーカーは舌打ちとともに、ナイフを振るう。

 薙ぎ払われた分身はデコイとしての役目を終え、霧散する。


 ――その隙に、彼女はストーカーの手を逃れる。


 薄れゆく意識の中で、オトナシさんがトイレへ駆けこんでドアを閉めるのが見えた。


 ……なんで、トイレへ……?


 逃げる先は玄関だ。アパートの部屋の外だ。

 誰か人を呼んで……助けを求めるんだ!


 トイレに立てこもっても、どうにもならないじゃあないか……。

 俺は不思議に思いながら、意識を失った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで主人公を支えていた、ルーシー(バット)ついに逝ってしまったか…彼女?の勇士を称えます。 発動したスキル。自律分身来たあー!と勝手に盛り上がってしまったWW でも、普通の分身も十分に役…
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