守れ! 襲いくる狂人の凶刃! ……さよならルーシー!?
「僕を……無視するなあっ!」
ストーカーが、苛立ったような声を上げる。
すると、わずかにその姿が視認できた。
無視していたわけじゃない。
見失っていただけ。
自分から気配を断って黙っていたくせに、とんだ言いがかりだ!
現れたストーカーは、俺のすぐそば。
拳が突き出される。
殴り掛かってきた――
「うおおっ!」
振るわれた拳を、なんとかガードする。
見えていれば、防げない攻撃じゃない。
「ちっ――」
ストーカーは舌打ちして、口を閉じる。
再び、姿が消える。
くそ、見えなくなった!
動きを捉えることができない。攻撃される動きも、男の姿も。
まるで透明になったかのように。
防ぎきれず、何発もの攻撃を受ける。
やはり、これは【隠密】か!?
もう、疑う余地はない。男はダンジョンの力を得ている。
しかも、スキルを現実世界に持ち込んで使っている!
【隠密】なら俺もダンジョンで使っている。だけど、使われたことはない。
こう感じるのか。こう見える――いや、見えないのか!
これは厄介だ。
どこから攻撃されるのか、まるでわからない。
だから、避けることもできない。
「く、くそっ! 姿を現せ! 卑怯だぞ!」
……小物じみたセリフを吐いてしまった。
しかし、本心だ。
姿を隠す能力がこれほど厄介だとは!
防御しようとしても、見えないものはどうしようもない。
混乱するな。痛みに気を取られるな。集中しろ!
ストーカーが、俺をあざ笑う。
その声も、どこから発せられているか聞き取れない。
「……お前には、彼女は守れない。僕が、お前のような奴らから彼女を守らなくっちゃあ……な!」
男は自分が彼女を襲っているという事実を無視して、よくわからないことを口走っている。
彼女を守っているつもりなんだ。
どこかへ連れ去れば安全になると思い込んでいるのか。
いや、今は余計なことを考えるな。
男からの攻撃は続く。
見えない拳が、蹴りが俺を襲う。
見えない攻撃は、実際以上のダメージを俺に与える。
「くっ……!」
こちらから攻撃することも難しい。
当てずっぽうに振っても、バットは空を切る。
俺はじりじりと後退して、壁を背にして立つ。
バットを振り回して牽制しながら、見えない男へ話しかける。
「――お前の使っているのは隠密スキルだ。特別な力じゃない。透明になってるわけでも無敵なわけでもない。姿を隠すスキルを使うってことは、力は強くないはずだ。……図星だろ? ほら、タネは割れたんだ。見逃してやるから帰れよ!」
そう言って、おとなしく帰ってくれるとは思っていない。
状況は不利なまま。
少しでも時間を稼いで、打開策を見つけたい。
だけど、ちょっと手詰まりだ。
それこそ、警察でも誰でもいいから何とかして欲しい。
普通なら、これだけ騒げば、下の階のシモダさんが怒鳴り込んくるはずなんだが。
くそ、なんで来ない。
いつもはちょっと騒いだだけで怒鳴り込んでくるのに!
しまった! 今日はいないんだ。くそ、まだ戻ってないのか。
「……わかったようなことを! なんなんだお前は!?」
ストーカーが話に乗ってくる。
特別な力だと思っていたスキルが見破られて、気に食わないんだろう。
「ただの、おせっかいな隣人だよ。ストーカーに襲われている大事な友人を守りに来たんだ」
オトナシさんは、拘束された腕でなんとか立ち上がろうとしている。
男がこちらに気を取られている間になんとか逃げてくれ!
そうすれば、ひとまず安心できる……。
「ふざけるな! 僕はストーカーなんかじゃない! 彼女を守りに来たんだ! だけど、どうしても邪魔をするって言うなら仕方がない! せっかく、手加減してやっていたのにな……。――お前はここで死んでもらう! そうだ、僕はもう法律なんかには縛られない。ダンジョンの中は安全なんだ! 誰にも邪魔されない! そこで彼女と二人で暮らすんだ!」
……ダンジョンの中で、彼女と暮らす?
こいつもダンジョンを持っていて、そこに彼女を連れ去ろうというのか。
それが、目的か!
それを聞いて、オトナシさんはいやいやと首を振りながら叫ぶ。
彼女の顔色は真っ青だ。それでも、しっかりと自分の意思を叫ぶ。
「いやです! 私はどこにもいきません! ここに、クロウさんの隣にいたいんです!」
「……ほら、本人も嫌がってるぞ。お前の勝手な願望に人を巻き込むな!」
それを聞いたストーカーは、頭をかきむしっている。
動揺してスキルの集中が乱れたのか、姿が明滅して見える。
「……黙れ。黙れ黙れ黙れッ! お前のせいだッ! お前がいるから計画が狂ったんだ! 消えろ消えろ消えろッ!」
ストーカーが、わめきたてる。
そして、不意に口を閉じて気配を消す。
俺は男を完全に見失う。
くそ、冷静さを失って怒鳴り散らしていてくれたほうが対処のしようはあるんだ。
いまや奴は息をひそめ、完全に俺を始末しにきている。
それでも、対策はある。
俺は目を閉じて、五感を研ぎ澄ます。
俺はダンジョンで何度か隠密を破られている。
それは音であったり、匂いであったり、超音波であったりした。
匂いで人の位置を判別するなんて芸当はできそうもない。耳に意識を集中する。
男を認識するのが無理なら、周囲の変化を感じ取れ!
空気の流れでも、舞い上がるホコリでもいい。
ざりっ、と床がこすれる音。ほとんど聞こえないその音を、なんとか聞き取る。
俺が壊した壁の残骸を踏んだ音だ。
「――そこだああああッ!」
俺は全力でバットを横なぎに振るう。
――【フルスイング】は、発動しない。
それでも、十分な威力があるはずだ。
もしかしたら大けがをさせてしまうかもしれないが、手加減をする余裕なんてない。
そんなこと、かまっていられない!
バットに手ごたえがある。
やったか!?
だが、その手ごたえは……肉や骨を打った感覚ではない。
ふわりと、まるでゴムでも殴ったかのような不思議な手ごたえだ。
くそ、やれてない!
俺は、再び耳を澄ます。
――小さな、風を切るような音。
これは、攻撃だ。おそらく、刃物!
鋭い刃が、照明を受けてきらりと輝く。
――見えた!
俺はとっさに、バットを掲げて防御する。
ギィン、と鋭い音を立てる。火花が散る。
なんとか、防いだ。
だが――
「くっ!」
――バットの先端が、クルクルと宙を舞う。
半ばから斬り飛ばされ、天井にぶつかって落ちる。
俺は短くなってしまったバットを構えて後ずさる。
くそっ……なんて切れ味だ。
今の攻撃は完全に、俺を殺すつもりだった。
さっきまでは、手加減していたってことか。
……ちょっと煽りすぎたか?
いや、どちらにしろジリ貧だった。
素手でもいずれはやられていただろう。
「隠密状態の僕に攻撃を当ててくるとは、ね。すごいよ君は」
「そりゃどうも――」
返事をしかけた俺を遮るようにストーカーが続ける。
会話が成立しないな、こいつ……。
「――でも、隠れるスキルがあるから力が弱いだって? バカだね君は! 【追跡者】だけじゃ彼女を守れないからね。ちゃんと戦う準備もしてきているのさ!」
【追跡者】というのはスキルか、職業か。
それ以外の戦闘用の能力を持ってるっていうことか。
――くそ、当てが外れた!
こいつはか弱いストーカーじゃない。
ダンジョンの中でレベルを上げたのか、戦うためのスキルも準備してきている。
それをダンジョンの外へ持ち出し、使う方法まで知っている!
……おそらくレベルもスキルも俺よりも上。格上だ!
これはゲームじゃない。ダンジョンの中でもない。
だから、弱い敵から順番に現れてくれるような親切設計じゃない。
現実世界に、適正レベルなんてものはないんだ!
戦っても……どうやっても勝ち目のない相手だというのか!?
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