水攻め、火攻め、鉛攻め! からの……!?
水浸しにした洞窟はもうすっかり乾いている。
【水噴射】で出した水はすぐに消えるからだ。
これで二セット目を始められる。
水で濡らしたせいで【火魔法】が弱まったりはしない。
ちゃんと仲間のスキルを邪魔しないように考えているのだ。
トウコが洞窟の入口で耳をそばだてる。
「奥からチューチュー聞こえるっス!
ははっ! あいつら、驚いてるっスよ!」
「そりゃ、鉛弾と火の玉と水流をぶち込まれりゃ驚くだろう」
俺の耳にもベアラットの鳴き声が聞こえてくる。
「うむ。俺にも聞こえた。
これはチューチューなんてかわいい声じゃないぞ……!」
なにやら、ざわざわとうごめくような……。
「それに、どんどん音が大きくなってきてないか!?」
リンが不安げに俺を見る。
「はい……。
ずいぶんたくさんネズミさんの声が聞こえます……」
「やっぱりそうだよな……」
入口のサイズから、小規模な洞窟を想像していたのだが。
この反応は……。
もしかして奥は広くなっているのか?
もはや鳴き声は怒号のようだ。
「足音もやばいっス!
どんどん近づいてくるっス!」
ドドドドドドドドド……。
地鳴りのような足音が響いている。
洞窟で反響しているからか、音がぼやけて聞こえる。
「道中の敵が少ないと思ってたんだが……まさかな?」
「ネズミさんたちは、ここに集まっていたのかもしれませんねー?」
洞窟の前にいても敵はほとんど襲ってこなかった。
その分、巣の中でひしめいていたのか。
「うえぇ!?
スゴい数の足音っス!
でも聞こえ方がヘンでわかんないっス!」
「反響しているせいか……?」
トウコの言う通り、足音や鳴き声は聞き取りにくい。
わかりにくいが十や二十ではすまないだろう。
リンが顔を青ざめさせる。
「不気味ですねー」
トウコが頭をかきむしる。
「あー! だからネズミは嫌いっス!」
ここで迷っていてもしかたがない。
見えないから不安になるのだ。
俺は洞窟の入口を指差しながら言う。
「リン、奥に向けてファイアボールだ!」
「はいっ!」
「トウコは射撃準備!」
「リョーカイっス!」
動いていれば不安はまぎれる。
リンが火球を放ち、トウコは銃を構えなおす。
リンが火球を放つ。
その灯りが洞窟内を照らして、内部が見えてくる。
入り口付近に敵はいない。
さらに奥――なにかが蠢いている。
ベアラットだ。
一体ではなく群れ。
それが目をらんらんと輝かせながら走ってくる。
火球が先頭の個体に着弾する。
炎に包まれたベアラットがもがく。
これは致命的な一撃だ。
だが、群れは止まらない。
炎上した個体が、別の個体に押しのけられる。
そのまま次々とやってくる後続に踏みつぶされてしまう。
燃えているのにおかまいなしか!?
仲間の体を踏み越え、踏みつぶされたベアラットが塵になる。
炎が消えて、洞窟が闇に沈む。
暗くなった洞窟から大群が突き進む音だけが響いてくる。
まるで一体の巨大な獣の唸り声みたいだ。
入り口付近まで、それはやってきた。
日の光が差し込み、その姿を俺たちの前にさらす。
「おいおい。こりゃ大軍のお出ましだぞ!」
狭い通路の床を、天井を、壁を……ベアラットが埋め尽くしている!
「ヂュォォ!」
「ギィィッ!」
ベアラットの群れが口々に奇怪な叫び声をあげ、突進してくる!
我先に争うように俺たちめがけて走ってくる。
ぞっとする光景だ。
それを見てトウコが目をむく。
「き、きたーっ!?
デカくてたくさんはズルっス!」
見とれている場合じゃない。
黙って見ていたら踏みつぶされてしまう!
「トウコ、撃て! 撃ちまくれ!」
トウコがあわてて引き金を引く。
「っと、ピアスショットーっ! うらうらっ!」
貫通弾が先頭集団を吹き飛ばす。
さらに二射目、三射目が放たれる。
その度にベアラットが倒れる。
だが、それでも群れの行進は止まらない。
洞窟は狭いが、死体が積み上がって塞がれはしない。
ダンジョンでは死体が残らずに消えてしまうからだ。
倒しきれなかった敵も、踏みつぶされて塵になる。
勢いが落ちない!
リンが手をつき出して叫ぶ。
「とまってー!
ファイアウォール!」
ごうっ、と炎の壁が洞窟の幅いっぱいに広がる。
これなら……。
いや……ダメか!
焼け焦げたベアラットが炎を突っ切ってくる!
炎が効かないわけじゃない。
力尽きた敵は踏みつぶされ、先頭の個体が次々に入れ替わっているのだ。
後続に押しだされるように、怒り狂ったベアラットの大群が前へ前へと突き進んでくる。
おいおい……!
この数に近づかれたら、ちょっと捌ききれないぞ!?
トウコがばっと俺を見る。
「ちょっ!?
店長、どうするんスかっ!?」
それを今考えているところだ!
だが俺は冷静を装ってうなずく。
あの数と戦えば無事ではすまない。
弱い敵でも、数が増えれば油断はできない強敵となる。
もう洞窟の入口近くまでベアラットは来ている。
すぐに外に出てくるぞ。
あふれ出して、バラバラに動かれては厄介だ。
なら、洞窟から出さなければいい!
ここで押し戻す!
背中を分身に支えさせ、洞窟に両手を向けて集中する。
「俺が時間を稼ぐ!
その間にチャージしてくれ!」
「りょっ!」
「はいっ!」
先頭の一匹が洞窟の外に出る。
後続もすぐに出てくる。
俺たちを見つけたベアラットが大口を開けて叫ぶ。
「ヂュァァ!」
そこで、俺の術が完成する。
手のひらに魔力が集まり、水流へと変わっていく。
「くらえ! 水噴射ーっ!」
俺の手から洞窟へと一直線に水流が伸びていく。
洞窟から躍り出たベアラットの鼻面に水流をぶち当たる。
激しい水しぶきが上がり、日の光を受けてキラキラと輝く。
ベアラットは耐えきれない。
たまらずに転倒して水に押し流される。
水流は一匹に当てただけでは衰えない。
そのまま後続の群れをまとめて洞窟内へと押し戻していく!
「いまだ!」
「チャージショットー!」
「ファイアラーンス!」
放水を止めたところに【チャージショット】と【ファイアランス】が撃ち込まれる。
敵集団が吹き飛ぶ。
これで倒せてなければもう一セットやるまでだ!
魔力が尽きる前に倒せるかの勝負になるだろう。
トウコが叫ぶ。
「やったっスね!」
リンが指を洞窟に向ける。
「いえっ……まだです!」
リンの指は、洞窟の少し上の壁面に向いている。
そこには小さな穴……洞窟が見える。
よく見れば、他にも小さな穴がいくつもある……!
おいおいおい……!?
「べ、別の出入り口っス!」
「ゼンジさん!
ど、どうしましょう!?」
足音はこの穴から聞こえていたのか!
「とりあえず……逃げるぞ!」
ここで戦うのは不利だ!
逃げるが勝ちってね!




